第16話 クロノス


 感動に震える、リアンの只ならぬ様子を見ていたルークたちは、彼自身が全てを理解したのだと知った。

 そしてもう一人、別の意味で衝撃を受けている人物がいた。ローマンである。


(やはりそうじゃったか。人間を魔法具とするような芸当のできるのは、ノアしかおるまい。儂は、まだ、彼の足元にも及ばぬのか……)


 ノアに憧れ、魔法具師となったローマンである。彼は、ノアの背中はまだ遠いと、肩を落とした。



その一方で、「……でもね、リアン」感動冷めやらぬリアンに、ステラが申し訳なさそうな顔を向けた。


「残念だけど、過去に戻って歴史を変えることは禁止されているの。それは、タイムリングのようなものが悪用されて、歴史を変え続けられたら、この世界自体が、成り立たなくなってしまうからなの。だから、掟を破った者は、クロノス様によって、全ての時間軸から抹殺されてしまう」


「……」


「そんなこと最初に言ってくれ」と、リアンの目が訴えている。ステラも、「御免なさい」と、目で返す。


「それでは、アーロンに非業に殺された多くの人々を、救う事が出来ないではないですか。タイムリングの存在意義は、どこにあるんです!?」


 リアンは、納得いかないと彼女に詰め寄った。それは、彼自身の存在を否定することでもあったからだ。


「リアン、聞いて! 本来、過ぎ去った過去を変えることなど、あってはいけないのよ。人の人生は一度きりだから価値があるの。それが、簡単に人生をやり直せるようになれば、誰も真剣に生きようとは思わなくなるんじゃない。そういう意味では――貴方には悪いけど――タイムリングの存在自体が罪だと私は思う。

 でもね……、どんな事をしてでも、愛する人を救いたいと言う貴方の気持ちは痛いほど分かるし、どんな因縁にしたって、貴方自身がタイムリングを起動できる唯一の人間であるなら、それをどう使うかは貴方次第だとも思うのよ。

 どうなの? 神の掟を破ってでも、イベリスや彼らを救おうという覚悟が、貴方にはあるの!?」


 ステラの澄み切った青い瞳が、リアンを見据えた。この時、リアンの心は、怒りから感謝へ、そして、決意にと変わっていった。


「一度は捨てたこの命です。アーロンに殺された、イベリスや多くの人々を救えるなら、死など恐れません!」


「全ての時間軸からあなたの存在が消えるのよ。イベリスの心から、あなたが消えてもいいのね!?」


「も、勿論です!」


 リアンは一瞬口籠るも、イベリスが生き返るなら悔いは無いと、気合で答えた。


「わかったわ。そこまでの覚悟があるなら、星の女神として、最後まで付き合うしかなさそうね」


「ステラ様、ありがとうございます!」


 リアンが跪こうとしたその時である、不意に、彼の動きが止まった。



『ステラ、神が神の掟を破っても良いのか?』


 突然聞こえて来た、若いが重みのある声。それは、リアンの口から出てはいたが、彼の声では無かった。そして、鋭い眼は異様な光を纏い、全く別人のオーラを放っていたのである。


「その声は……、クロノス様?」


 聞き覚えのある声、それは、時の神クロノスだった。ステラは、戸惑いながらも、彼の前に跪いた。


『久しぶりだねステラ。我が掟を破ろうとは聞き捨てならないな。女神のお前とて容赦はしないよ』


 クロノスの声は落ち着いていたが、何処か凄みを帯びていた。


「申し訳ありませんクロノス様。……ですが、私は星の剣の女神として既にリアンを同志と認めました。認めた以上は、彼の意思を尊重するのが私の務め。これは、星の剣としての私の掟なのです!」


『ふん、そう言う理屈か……』


 少し見下したような態度のクロノスに、ステラが続ける。


「お聞きください! アーロンが悪の限りを尽くし、罪なき人々を殺戮している事は、リアンを見守って来たクロノス様ならご存じのはず。サタンハートによって不死身となり、無限の魔力を持つアーロンは、私達、神の力をもってしても、倒せるかどうか分からないほどなのです。このまま彼を放置すれば、天上界にも害が及ぶかもしれません。ここはリアンを助けて、今までにアーロンが犯した罪を一掃すべきではないでしょうか。是非、過去に戻ってアーロンを倒す事をお許しください!」


 ステラは、上目遣いにクロノスの鋭い眼を見据えて訴え、頭を垂れた。


『ふーん、アーロンの力はそれほどなのか……。それが事実なら話は違ってくるな。この件は、私の一存では決めかねる故、直ぐにでも、天帝様に指示を仰ぐとしよう』


 必死の説得で、クロノスの心を動かしたステラは、心の中でガッツポーズを作っていた。


「よろしくお願いします!」


『うむ。取りあえず、ノアの居場所をリアンの記憶の中に入れておこう。全ては天帝様の判断次第だが、お前達は早急にノアに会って、何時でもタイムリングを起動できるように準備を頼む。

 タイムリングの核を持っているリアンと私は、常に繋がってはいるが、今後は、お前が彼を守ってやってくれ、頼んだよステラ』


「承知しました、クロノス様!」


 クロノスの声が途切れ、リアンが我に返ると、掌の黄金の魔法陣は、いつの間にか消えていた。彼は、クロノスのことは覚えていなかったが、ノアの居場所は、記憶に刻まれていた。



「さあ、ノアに会いに行きましょう!」


 彼らは、リアンを先頭に、シルフの空飛ぶ絨毯に乗って一気に空へと舞い上がった。

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