第12話 魔法具師ローマン②
リアンが窮地に陥ると、必ず助けてくれる心の声、それは、紛れもないイベリスの声だった。だから、リアンは、死んだイベリスの思念が自分を護ってくれているんだと、疑わなかったのだ。だが、ルークは、死人にそんな力は無いと、非情に断言する。
人は死ねば、遺された者の心の中でしか生きられない――その理を、今のリアンは思い出したくなかった。
愛する者が死んだ時、どんな形であれ、繋がっていたいと願うのは人の心情である。
(では、あの声は誰なんだ?)
リアンが落胆しながらも、更に思索に入ろうとした時、
「ともかく、洞窟の中に入ってみよう!」
ルークの声が響いて、彼は我に返った。
三人は、ルークを先頭に洞窟の中へと足を踏み入れた。リアンが魔法で出した炎の明かりを頼りに、二人は歩き、シルフは絨毯に乗って進む。
洞窟は、自然にできたものに人の手が加えられた形跡があった。穴は、幾つにも枝分かれして迷路のようになっていたが、シルフと風の精霊のお陰で、迷うことなく進むことができた。ところが、暫く進んだ所で、洞窟はぷっつりと途切れていた。
「ルーク様、行き止まりのようです!」
リアンの声が洞窟内に木霊した。
「シルフ、この道で間違いないのか?」
「何じゃと? 儂を誰だと思っとる、間違いなどあるものか!」
ムッとしたシルフが、ルークを睨んだ。
「すまんすまん、風の精霊たちが間違えるはずもなかったな。ならば、何処かに隠し扉があるはずだ。リアン、もう少し明るく照らしてくれ」
リアンが炎の照度を上げて、ルークと共に辺りを隈なく探ってみたが、隠し扉らしきものは何も無かった。二人が無念の顔を見合わせたその時、風の精霊たちの話を聞いていたシルフが声を上げた。
「分かったぞ!」
彼女は、リアンたちを絨毯に乗せると、天井を見上げた。次の瞬間、シルフは何を思ったのか、絨毯を天井の岩壁に向かって急上昇させた。
「シルフさん何を? あ、危ない!」
天井の岩壁に激突すると思ったリアンが、両手を突っ張るように上げて、目を瞑った刹那、
彼らの乗った絨毯は、天井と思しきところを何事も無く通り抜けて、縦穴を静に上昇していたのだ。
「今のは何だったんです?」
リアンには、何が起こったのか分からなかった。
「あれは、天井があるように見せる魔法がかけられていたんじゃよ。他人を寄せつけぬ為の、簡単な仕掛けじゃ」
少し青ざめて、ふうと息を吐くリアンに、シルフがニッと笑った。
彼らを乗せた絨毯が、その縦穴を更に上昇して行くと、上の方に横穴があるらしく、光が漏れていた。
その横穴に入った所で、ルークとリアンは絨毯から下りて歩いた。岩肌が光って洞窟内を照らしているから、炎で照らす必要はもう無かった。少し進むと、その奥に扉らしきものが見えて来た。
「どうやら、ここが入口らしいな」
「いよいよですね」
此処にローマンの手掛かりがあるはずと、ルークとリアンは力を合わせて、重々しい石の扉を押し開けた。
「なんと!」
「こ、これは!」
彼らは、目の前に広がる光景に、驚きの声を上げずにはいられなかった。
そこには、途轍もなく大きな空間が広がっていて、髙い天井は青空を模した発光体で覆われ、その中央では、太陽と輝く光体がこの世界を照らしていた。
地上には、繁茂する草や木や花などが風にそよぎ、小さな川には小魚さえ泳いでいて、小鳥たちは声を揃えて歓迎の歌を歌っている。そして、その奥には、ツタに覆われた緑の館が姿を見せていた。
「凄い! 北の果ての洞窟の中にこんな空間があるなんて、まるで楽園だ!」
リアンも、感心する事しきりである。
「ローマンが魔法を駆使して創ったのだろう、この楽園自体が魔法具なのだ。ともかく、館の中に入ってみよう」
ルークが、最近開けられた様子のない苔生したドアを、ギーッと開けて中に入ると、彼らを歓迎するように、真っ暗だった館の、燭台の蝋燭にポッと火が灯った。
「ローマン! 居るなら返事をしてくれ!」
誰かの意志を感じたルークが、大きな声で呼んでみるが、返事は無かった。すると、廊下に取り付けられた燭台の蝋燭が、一つまた一つと彼らを導く様に点灯していったのだ。
三人は、その蝋燭の灯を追いかけて広い階段を上り、二階の大きな部屋の前までやって来た。
彼らが、恐る恐る入った部屋の中には既に灯りが点いており、客人をもてなす用意ができていた。
「よう来られた、儂がローマンじゃ。十六年ぶりのお客様じゃで、先ずは寛がれよ」
何処からともなく、しわがれ声が聞こえて来たが、部屋に人の気配は無かった。テーブルの上には、素朴な風景模様の三つのカップに紅茶が入れられ、湯気を上げていた。
「あの鏡の中じゃ!」
シルフが指差す方に大きな四角い鏡があり、その中に人影はあった。リアンが近付いてみると、そこに映っていたのは自分の姿ではなく、髪や長い顎髭が真っ白な老人だった。
(何で鏡の中に人が……。彼がローマンなのだろうか)
リアンは、そっと鏡に触れてみるが、冷たい感触の普通の鏡面があるだけだった。
「よう来られた、この時をどれだけ待ちわびたか……。
そちらから見れば鏡の中に居るように見えるだろうが、儂は異空間に閉じ込められているのじゃ。もう十六年も前になるが、アーロンという男がやって来て、こんな風にされてしもうた。この洞窟の中の世界は、一つの魔法具となっておるので、今の儂でも何とか動かせるのじゃが、この鏡から出る事はできんのだ。お若いの、見たところかなりの魔力を持っておるようじゃ、この呪いを解いてもらえまいか」
「……私にそのような力は無いと思うのですが」
ローマンに懇願されたリアンは、戸惑うしかなかった。彼は、呪いについての知識など持ち合わせていないし、洞窟の入り口の呪いを解くことができたのも、心の中のイベリスの助言に従ったに過ぎなかったのだ。
リアンが、どうしたものかとルークを振り返ると、彼は、「やってみろ」と小さく頷いた。
腹を決めたリアンは、目を閉じ、深呼吸して心を落ち着かせてから、冷たい鏡面に右手を置いた。そして、心を集中して鏡の奥を探っていくと、ローマンの居る世界と此方の世界の間に、見えない壁がある事が分かった。
(イベリス、どうすればいいんだ?)
リアンは、迷わず心の中のイベリスに聞いた。
『今度は簡単よ。自分の腕に魔力を集中させて、彼を引っ張り出せばいいわ』
愛するイベリスの声が心に沁みるが、今は、イベリスの声の正体が誰だろうとどうでもいいと、リアンは気持ちを切り替えた。
「ローマンさん、僕の手を握って離さないでください!」
鏡の中のローマンは、目を輝かせて頷く。
リアンが、再び心を集中させて、最大の魔力を込めた右手を鏡に押し当てると、その手がズブリと鏡の中に入っていき、直後に、電撃のような衝撃に襲われた。
(ウッ、洞窟の入り口の呪いと同じ感覚だ!)
リアンが衝撃に耐えて腕を押し込んでいくと、今度は、滝に打たれるような凄まじい圧が腕に掛かかり、叩き落されそうになった。
足を踏ん張り、歯を食いしばったリアンが、一気に右腕を奥に差し込むと、ローマンの手が絡まってきた。
リアンがその手首を掴み、ローマンも彼の手首をしっかと掴んだ刹那、
「ふん!」
リアンは、その腕を力任せに引っ張った。
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