第11話 魔法具師ローマン①


 シルフの魔法の絨毯に乗って、リアンたちは北の果ての山を目指していた。赤茶けた大地を暫く行くと、更に空気は冷たくなり、白いものが降って来た。


「雪か、ここからは寒くなるぞ。リアン、火を起こしてくれ」


 ルークに言われ、リアンは魔法で焚き火ほどの炎を出した。絨毯はかなりのスピードで飛んでいるのだが、風はシルフが操っているから炎を揺らすことはない。宙に浮かせた炎は、丁度良い塩梅の暖が取れた。


 更に進むと、白一色の雪の世界となった。リアンは、見た事も無い銀世界に、感嘆の声を上げて見とれていた。

 一方、シルフは、ローマンの居場所を風に聞きながら探し進まねばならない為か、眠る暇は無いようだ。


「どうやら、ローマンはこの辺りに住んでいたらしいぞ。精霊たちが言うには、もう十年以上も姿は見とらんそうじゃ」


 シルフが下り立ったのは、岩山の斜面に大きな瘤のように突き出た場所だったが、深い雪以外何も見えなかった。


「少し下がっておれ!」


 シルフは小さな竜巻を起こして、その辺りに積もっている全ての雪を吹き飛ばした。すると、山の斜面に、高さ三メートルほどの洞窟がポッカリ口を開けていたのである。


「おお!」


 喜びの声を上げたリアンが、洞窟の方に駆け寄ろうとするのを、ルークが止めた。


「待てリアン、その洞窟には呪いがかけられているようだ。近付けば何が起こるか分からんぞ」


「呪い?」


 リアンが足を止めて二人を振り返ってみると、苦しそうな息をしているシルフの前に、ルークが絨毯で壁を作っていた。シルフの絨毯には、魔力や呪いを撥ね返す力があるのだ。


「シルフさん! 大丈夫ですか?」


 リアンが駆け寄ると、


「ふー、強力な呪いじゃ。お前は何ともないのか?」


 シルフが、冷や汗を流しながら上目使いに訊いた。


「はい、特に何も感じませんが……」


「儂でも立っているのが辛いというのに、どういうことだ?」 


 ルークも、青ざめた顔で言う。


「やはり、リアンの中には途轍もない力が宿っているようじゃな」


 シルフの円らな瞳が光った。


「ルーク様、私は呪いの影響を受けていませんから、洞窟の中の様子を見て来ましょうか?」


「馬鹿なことを言うな。いくらお前に力があっても、呪いは力だけでは解けぬのだ。弾かれるだけだ」


「それはやってみなければ分からないのではありませんか? 私達はこんな所で立ち往生している暇は無いはずです」


「それはそうだが、……シルフはどう思う」


 ルークにとってリアンは最愛の弟子であり、最後の希望でもあった。できることなら、危険なことはさせたくなかったのだ。


「そうじゃな。リアンの言うことも最もじゃ。ここは、一か八かやってみるしかあるまい。すぐに死ぬような事は無いじゃろう」


 シルフの言葉が終わらない内に、リアンは洞窟に向かって突進していた。


「リアン、待たんか!」


 ルークが止めたが、リアンの耳には入らなかった。彼が、洞窟の入り口に差し掛かった、その途端。


「あう!!」


 リアンは、電撃のような衝撃に打たれて、数メートルも弾き飛ばされてしまったのだ。彼は「なにくそ!」と、今度は身体に防御魔力を纏って突進したが、身体へのダメージは少なくなったものの、やはり弾かれた。

 意地になったリアンは、習いたての雷撃をも試した。次々と稲妻を洞窟の入り口に落としたが、呪いは破れなかった。


「無理です、私の力では破れません!」


 諦めて座り込んだリアンが振り向くと、ルークが絨毯の壁から顔をのぞかせた。


「良いかリアン、呪いは錠前のようなものだ。闇雲に攻撃したところで解除はできん。その呪いの構造を把握して、解除する為の鍵を見つけなければならんのだ。それには、その呪いに触れて、心で探るしかない」


(……ルーク様、そんなこと最初に行ってくださいよ)


 リアンは恨めしそうにルークを見たが、話を聞かずに飛び出した自分がいけなかったのだと思い直した。


「ルーク様、呪いに触れれば身体を弾かれてしまいます。どうすればいいんですか?」


 今一理解できないリアンが、更に訊いた。


「軽く触れるだけでいいんだ。それで心を落ち着けることができれば、何かが見えてくるはずだ。問題は、お前の身体がそこまで耐えられるかどうかだ……」


 ルークは説明しながら、リアンに分かってもらえるか半信半疑だった。呪いを解く方法が、口で言って理解できるほど簡単ではないことを、彼は知悉していたからだ。


「やってみます!」


 リアンは、決意の瞳を輝かせて洞窟の前まで戻ると、恐る恐る手を伸ばしていった。すると、電流で体が痺れるような感覚が段々強まって、もう少し押し込むと撥ね返されそうになる少し手前で、腕を止めた。

 彼は、神経を逆なでされるような嫌な気分に耐えながら、目を瞑り心を集中させようとしたが、なかなか集中できなかった。


(イベリス、僕に力をくれ!)


 困った時のイベリス頼みと、リアンが心の中でイベリスに語り掛けた。すると、


『リアン、自分の力を信じるのよ。あなたにできない事は無いわ。私を想うように、この呪いの本性を見ようと集中してごらんなさい』


 驚いたことに、リアンの中のイベリスが話しかけて来たのだ。彼は、戸惑いながらも、その言葉に従った。


 精神を集中すると、嫌な感覚は次第に消えて、頭の中に朧気ながら何かが見えて来た。それは、八つの青い光で、洞窟の入り口に合わせて円形に配置されていた。その八つの光から魔力が噴き出して、人を寄せ付けぬ呪いを形成していたのだ。


(見えた!)


 リアンは心で叫んだが、それからどうすればいいかが分からない。すると、再びイベリスの声が聞こえた。


『その光の中の最も輝いているのが本体よ。その本体に向かって、あなたの力を注ぎ込んでごらんなさい』


 最も光を放つ本体は、洞窟の真上に当たるところにあった。彼は、自分の心の中のエネルギーをその光源に向かって注ぎ始めた。いや、そうイメージした。

 すると、煌々と輝いていた青い光源が揺らぎ始めたのである。


(いける!)


 リアンは、自分の力がその光源に流れ込むのが実感として分かると、更に力を込めていった。

 そして、彼の心のエネルギーが呪いの力を凌駕した刹那、本体の光源が、激しく点滅しながら大きく光り輝いたかと思うと、一気に雲散霧消して、洞窟を塞いでいた呪いは全て解除されたのである。


 リアンは、ふーと息を吐いて振り返った。


「ルーク様、呪いは解けたようです!」


「何だと、本当か!?」


 絨毯の端から、シルフが驚きの顔を見せた。


「本当です。ほら」


 リアンが、数歩洞窟の中に入って見せたが、何も起こらなかった。


(あれだけの説明だけで、この強力な呪いを解いてしまうとは……)


 ルークも、信じられないと言った面持ちである。


「どうやったのだ?」


「それが不思議なんです。分かりたいと思ったら、イベリスが教えてくれたんです」


「イベリスが? そんな馬鹿な、死んだ者が呪いの解き方を教えるなど聞いたことが無い。きっと、お前の中に居る何かが教えたのだ」


「私の中の何かがですか……」


 リアンは、自分の胸に手を当てながら、首を傾げた。

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