第10話 風の妖精シルフ②

 その後も、ジェット気流に乗った絨毯は順調に飛んで、予定より早くソロモンの街に着いた。


「ふぁー、良く寝た」


 到着と同時に目を覚ましたシルフは、


「リアン、驚いたか? 本当に落ちると思ったじゃろ?」


 と、悪戯っぽい笑みを浮かべた。 


「えっ、僕を試すためにあんなことをしたんですか? ひどいなあ」


 落下しそうになって慌てふためいたことを思い出したリアンは、ムッとしてシルフを睨む。


「リアン、からかった訳ではないんだぞ。これが、実践の修業なんだ。これからは、何が起こるか分からん。自分の命は自分で守るくらいの心つもりは、常にしておくことだ」


 ルークの言うように、リアンには、魔法の修業を終えた達成感や安堵感はあったが、これから起こるであろう苦難への現実的な覚悟が欠落していたのだ。

 リアンは、〝もうアーロンとの戦いは始まっているんだ〟と、気を引き締めるのだった。




 街は、露店の店が立ち並び、多くの人で賑わっていた。


「まあ、可愛い!」


 擦れ違う若い女性たちが、絨毯の上にちょこんと乗って進むシルフに、笑顔を向ける。

だが、シルフは、店頭に並ぶ食べ物にしか興味は無さそうだ。

 三人は、大通りを横切って、静かな公園へと入っていった。いつの間にやら、シルフは両手に大きな肉まんを持って、かぶりついていた。


「シルフ、この国一番の魔法具師を探してくれんか」


 ルークが、シルフの肩をポンと叩いて言った。


「あいよ、人探しなら儂に任せてもらおう」


 風の妖精であるシルフは、世界中を吹き渡っている風の精霊たちから情報を聞くことができるのだ。彼らは、人々のヒソヒソ話までも知っているから、これ以上の情報網はない。

 シルフは、持っていた肉まんを口に放り込むと、座布団くらいに縮めた絨毯に乗って空に上がり、上空をゆっくりと旋回しながら妖精たちから情報を集めた。


「分かったぞ。彼らの話では、最北の街に腕の良い魔法具師が住んでいるそうじゃ」


「行ってみよう。今からなら、日が落ちる前に着けるだろう」


 日の傾きを確認したルークは、二人を急かして最北の街へと出立した。



 シルフは、今度こそ眠る事無く絨毯を飛ばして――と思いきや、リアンが顔を覗き込むと、座ったまま寝ているではないか。だが、絨毯は落ちること無く順調に飛んでいる。風の精霊たちは、シルフが寝ていても、彼の意志に従っているようである。


 数時間飛んで下り立ったところは、雪こそ降っていないが空気は冷たく、人影もまばらな寂れた街だった。彼らは、「魔法具」の看板を見つけると、その店に入っていった。

 店の中は意外と広く、乱雑に積まれた分厚い本や魔法具が、所狭しと置かれていたが、客の姿は見えなかった。


「探し物は何じゃな?」


 奥から出て来たのは、白い顎ひげを蓄えた老人である。


「少し尋ねたい事があってお邪魔したのだ。十五年も前の事なのだが、アーロンという魔法使いが、訪ねて来なかっただろうか?」


 ルークは、どうか知っていてくれ――と、祈るような気持ちで聞いた。


「アーロンねぇ? いちいち客の名前は覚えとらんでのう。それに、そんな昔の事なら猶更じゃ」


 ルークは、今度もダメかと落胆しつつ、猶も尋ねた。


「名前を偽っていたかも知れん。強力な魔法具を探しに来たはずなんだが……」


「……強力な魔法具ねえ……。あぁ、そう言えば魔法具師ローマンを訪ねて来た者が居ったな。目つきの悪い男じゃった。ローマンは、とうの昔に死んだと言ったのだが、場所を教えてくれと聞かなかった」


「そのローマンとは何者なんです?」


「今はあまり知られていないが、この世界でも指折りの闇魔法具師じゃよ」


「間違いない、その男がアーロンだ! そのローマンの居場所はどこです!?」


 ルークが勢い込んで顔を突き出すと、主は驚いて仰け反った。


「この北の果てじゃ。雪と氷の世界だから誰も近付かん。それに、ローマンは儂が小さい時に七十歳は越えていたから、もう生きているはずもなかろう。そやつにもそう言ったんじゃがのう」


 主は、昔のことを思い出すように目を細めた。


「その場所の地図はありませんか?」


 リアンも、詳しい情報が知りたいと顔を寄せる。


「地図など無い。北の果ての山に住んで居るとしか分からんのだ。最初に訪れてから数年は時々物資を買いに顔を見せていたが、その内、来んようになった。きっと、死んだのじゃろうよ」


「御亭主、それだけ分かれば十分だ。造作をおかけした」


 アーロンの手掛かりが掴めたと確信したルークは、満足げに礼を言った。


「気を付けなされ、北の果てはこの世の果て、魔物が棲むという噂もあるでな」


 魔法具店の主に送られて外に出ると、日は既に落ちていた。


 彼らは、その街の安宿に一泊して、翌朝、北の果ての山へと向かった。

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