第7話 魔法の修業①
最強の魔法使いとなって、必ずアーロンを倒してみせる――と、天国のイベリスに誓ったリアンだったが、背中の傷は意外と深くて、ルークの治癒魔法をもってしてもすぐには治らなかった。
彼は、焦る心を押さえながら、ともかく、魔法のことを学ぼうと、ルークから借りた魔法の本に齧りつき、知識を吸収していった。
リアンの背中の傷が完治したのは、それから一月後の事である。ある日の早朝、ルークから話があった。
「リアン、今日から魔法の修行を始めようと思うが、いけるか?」
「大丈夫です!」
魔法の知識を十分に詰め込んで、この日を待ち侘びていたリアンは即答した。
支度が終わって山小屋を出ると、ルークは、自分とリアンの足に何かの魔法を施した。
「付いて来い!」
「はい!」
走り出したルークの後を、リアンは懸命に追いかける。先ほどの魔法のお陰で、リアンの足は軽く、飛ぶように走ることができた。左右の森の景色がピュンピュンと過ぎ去っていく。リアンは、前を疾走するルークの背中を懸命に追いかけた。
二人が風のように森の中を突っ切っていくと、突然視界がパッと開けた。その一帯には木が生えておらず、直径百メートル位の円形の広場のようになっている。
リアンは、久しぶりの激しい動きに息が切れていたが、ルークは涼しい顔で笑っていた。二人は、広場の中央付近で足を止めた。
「ここは、儂が若い時に修行した場所だ。今日から魔法を教えるが、ソロモン国へ早めに行かねばならんので、期間は一月としよう。
まず、魔法使いとしての大事なことを教えておこう。それは、魔法は人を幸福にする為にあるということだ。その根本を見失えば、私利私欲に走り、アーロンのような悪魔になってしまうのだ。そのことを肝に銘じておけ。
では、始めよう。本でも学んだと思うが、魔法を使う為に必要なものはなんだ?」
「精霊を動かす呪文と、杖と、心です」
「そうだ。言い換えれば、言葉に備わった霊力と、魔法具と、強い一念だ。こちらの心の強さによって精霊の働きも変わってくる。だから、強い魔法使いというのは、強い心を持つ者と言っても過言ではないのだ。魔法具は、それを手助けするだけだ」
「しかしルーク様、私が読んだ本には、強い魔法具を持った者が天下を制すると書いてありましたが……」
真剣に聞いていたリアンが、口を挟んだ。
「それも間違いではない。魔法具には、魔力を増幅するものや転移や召喚など、強力なものも多いからな。儂が言いたいのは、勝負を決する最後の決め手は、自分の一念の強さだという事だ。人間の心には無限の力が備わっているのだからな」
「分かるような気がします」
「では、早速、実践に移るとしよう。魔法具はこれを使うと良い」
ルークから渡されたのは、指揮棒のような短い杖で、持ち手の所にエメラルドの魔法石が埋め込まれていた。リアンは、陽の光に輝く魔法石に見惚れた。
(イベリスの瞳の色だ。綺麗だ……)
「リアン、何をボーっとしておる、始めるぞ。最初は、炎を出してみろ!」
いつの間にか距離を取っていたルークから、声がかかる。
「あ、はい!」
リアンは頷き、深呼吸をしてから右手で杖を突き出し、呪文を唱えた。
「火の精霊よ、我が前に現れ出でよ!」
杖の先に重力を感じた刹那、目の前の空間に、赤い炎がボッと現れた。何かが燃えている訳では無いのに炎が上がる光景に、リアンは不思議な感覚に襲われた。
「いいぞ、その調子だ。次は、その炎を思うように操って見ろ!」
返事をする余裕もないリアンが、言われるままに詠唱する。
「火の精霊よ、火柱となって燃え盛れ!」
すると、炎は一気に膨張して燃え盛り、直径五メートルほどの巨大な火柱となって辺りを焦がしだした。杖への重力も増して、身体ごと持って行かれそうになる。
「ううっ!」
「杖を離すな! しっかり炎を制御せんか!」
迷走する火柱が、勢いを増しながらリアンの方に迫って来る。炎が発する熱で、晒されている顔や手がピリピリと痛い。
(落ち着け、落ち着け! これくらいの炎を操れないでどうする。イベリスに笑われるぞ)
リアンが、懸命に心を落ち着かせようとしていると、
『リアン、頑張って!』
彼の頭の中で、懐かしいイベリスの声が響いて、それが、彼の心を一瞬で鎮めたのだ。
「火の精霊よ、我の思いに従え!」
リアンが唱えると、暴走していた火柱は、十メートルほど前でピタリと止まり、彼の思い通りに動き始めたのである。不思議にも、杖に重力は殆ど感じなかった。
(初めて火の精霊を呼び出したというのに、こんなに早く精霊を従えるとは……)
この魔法は、火の精霊との信頼関係がなくては操れない。それを初対面で従わせたのだからルークが驚くのも無理はなかった。
一方、初めて魔法を使えたリアンは、小躍りしたい気分になっていた。
(できた! イベリスのお陰だ。僕の心には、何時もイベリスが居るんだ)
リアンにとって、イベリスの存在は希望であり、力だった。それは、彼女が死んだ今も変わりはしないと、彼は実感していた。
「ルーク様、できました!」
「うむ、最初にしては上できだ。……お前には精霊を従わせる不思議な力が備わっているようだ。その原因は儂にも分からんが、魔法使いの資質としては、良いものを持っていると言えよう」
「ありがとうございます。僕の力は、心の中にイベリスが居るからだと思います。先ほども、彼女のお陰で心を落ち着かせることができました」
「うむ、それもあろうが、精霊を従わせる力は別物だ。まあ良い、次は風だ」
「はい!」
炎を操った事で自信を持ったリアンは、両足を踏ん張って杖を天に向けた。
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