第6話 魔法使いルーク


 それからどれくらいの時間が経ったか――。リアンは、うるさいほどの小鳥のさえずりで目が覚めた。窓から差し込む陽の光が眩しい。


 ぼやけていた意識がはっきりして来ると、丸太を組んだ山小屋のベッドに寝かされていることが、何となく分かった。背中の傷は痛んだが、身体には包帯が巻かれてあった。


(あの時、僕の首を斬ろうとした黒騎士が、急に燃え上がって……)


 リアンは、アーロン王を襲った時の事を、頻りに思い起こそうとしたが、背中を斬られてからの記憶はぼやけていた。


「気が付いたか?」


 不意に、太い声のした方に目をやると、がっしりした身体つきの、顎髭を生やした中年男が笑顔を向けていた。


「貴方が僕を助けてくれたのですか?」


「ああ。思い詰めた顔で、似合わぬ剣を下げて急いでいたので、気になって後をつけたのだ。まさかアーロン王を襲うとはな。

 それにしても、あの時、背後の黒騎士の刃を、絶妙に躱したのは見事だった。剣の心得があるのか?」


「何のことです? 私は剣など使った事はありませんから、そんな芸当はできません。貴方の勘違いだと思いますが……」


 リアンが斬られる直前、背後にいた黒騎士は、彼の頭を打ち砕くべく太刀を振り下ろしていた。ところが、刀がリアンの頭に到達する寸前、彼は何かに押されたように前に踏み出したのだ。結果、リアンは背中は斬られたが、頭を割られずに済んだのである。だが、それはリアンが意識的にした事ではなかった。


「そうなのか。儂には、背後に殺気を感じて、意識的に刃を躱したように見えたのだが……」


 男は、顎鬚を撫でながら、首をひねった。


「助けて貰って悪いんですが、私は死にたかったのです。放っておいてくれれば良かったのに……」


 リアンは、そう言って彼から視線を逸らした。


「一体何があったというのだ。良ければこの儂に聞かせてくれんか」


 彼の優しい声には、何とも言えぬ温かみがあって、心から心配してくれていることが、リアンにも伝わって来た。


「……」


 自暴自棄になっていたリアンだったが、誰かに自分の気持ちを聞いてほしいとも思っていた。彼は男に視線を戻すと、その慈眼に誘われるように口を開いた。


「昨日、僕は最愛の妻をアーロンに殺されたのです。彼女の居ないこの世に、生きる意味などありませんでした。だから、妻の元へ行く前に、憎いアーロンに一太刀浴びせようと彼を襲ったのです!」


 リアンは、憤りを露にしながら話した。


「そうだったのか、さぞかし辛かったろう……。君も知っている通り、この国には、アーロンに身内を殺されて泣き寝入りしている者が、余りにも多い。実はな、儂も仕えていた主人を彼に殺されたのだ。もう十五年も前のことだが、未だに仇は討てずにいる」


「彼は不死身です。仇など無理でしょう」


 リアンが力なく言った。


「それはどうかな。アーロンが死なないのは魔法の力によるものだ。その力の正体さえ分かれば、必ず倒せる!

 儂はこの十五年間、アーロンの不死身の秘密を探るべく、諸国を旅して来た。ルピナス国へ来るまでのアーロンの足跡を辿れば、何か手掛かりがあると思ったからだ。それで、最近やっとアーロンを知るという者に出会えたのだ。彼の話によると、アーロンは、この国に来る前に、ソロモン国に行ったらしい。

 どうだ、アーロンを討つ気があるなら、儂と一緒に、彼の不死身の秘密を探る旅に行ってみぬか?」


 アーロンを倒す方法を探しているという男の言葉に、リアンの心は揺れた。


「貴方と……ですか?」


「そうだ!」


 男は笑みを湛えてはいたが、その眼には強い意志が感じられた。


「本当に、アーロンの不死身の秘密が見つかるんでしょうか?」


「それは行ってみなければ分からん。だが、行動を起こさねば、何も変わらない。この国の民は、永遠に地獄の苦しみから救われる事は無いだろう」


「……何故、僕なんですか?」


 リアンは、疑問に思っていることを次々と彼にぶつけた。彼は、心から納得すれば、前へ進めるのではないかと、気持ちが変わってきていたのだ。


「君は既に命を捨てている。身を捨てる覚悟が有れば、アーロンと戦えるからだ。それに、何としてもアーロンを倒そうという執念を君は持っている」


「アーロンの弱点が分かったとして、貴方に彼が倒せるのですか?」


「いや、儂はアーロンに呪いをかけられて、強力な魔法は封じられているから歯が立つまい。倒すのは君だ!」


「? 冗談はやめて下さい! 僕にそんな力などありませんよ」


「心配はいらん、魔法は儂が教える。それに、強力な魔法具を手に入れれば、素人でも充分戦えるんだ」


(……この人の言う事は信用できそうだ。どうせ一度は死んだ命、イベリスの仇が討てるなら、この人に懸けてみるか)


 半信半疑ではあったが、イベリスの仇が討てるという言葉に、リアンの心は動いた。


「本当に僕でも、アーロンを倒す魔法使いになれるんですね!」


 リアンが男の目を見て、念を押すように言った。


「もちろんだ!」


 ルークの確信ある言葉に、リアンの肚は決まった。


「私はリアンと言います。アーロンを倒す事ができるなら、是非、魔法を教えて下さい!」


 生きる気力さえなかったリアンの目に、何としてもアーロンを倒さんとの、執念の炎が燃え始めた。


「儂の名はルークだ。宜しく頼む!」 


 ルークが大きな手を差し出し、二人は固い握手を交わした。


「ルーク? もしかしてあの魔法使いの?」

 

 リアンは、此の国の守護者として活躍した、魔法使いルークの名を聞いたことがあった。だが、噂では、十五年前のアーロンとの戦いに敗れ、前王と共に死んだとされていたのだ。


「ああ、前王に仕えていた魔法使いルークは儂だ!」




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