第8話 魔法の修業②


「風の精霊よ、大風となって大木を揺らせ!」


 リアンの、淀みない呪文が天空に吸い込まれていく。すると、そよ吹いていた風が一気に動きを速め、森の木々が騒めきだした。


(いいぞ、これなら問題なく操れそうだ。……よし、どれだけの風が吹かせられるか試してやるか)


 火に続いて、風をも順調に操れたリアンは、初心者である事も忘れ、自分の力の限界を試したいという、好奇心を優先させてしまったのである。


「風の精霊よ、お前達の力はそんなものか! あるなら力を見せよ!」


 リアンが風の精霊に詠唱したのは、傲慢ともいえる言葉だった。


「ん!?」


 ルークが一瞬顔を顰めたが、リアンがそれに気付くことはなかった。

 精霊を鼓舞したことで、空は掻き曇り、風はいよいよ強まって、大木の幹も軋む大風となった。リアン自身も立っているのがやっとなのだが、彼は、風よ強まれと、更に心に念じたのである。もはや暴走である。


「リアン、それくらいにしろ!」


 これ以上は危険だと判断したルークが止めようとしたが、限界を試そうと集中している彼の耳には入らなかった。止む無くルークは、リアンの手から強引に杖をもぎ取り、風を収めたのである。



「……すみません。自分の魔力の限界を試したかったもので……」


 突然杖を取り上げられたリアンは、ばつが悪そうにルークに頭を下げた。


「まだ制御も儘ならんのに、力を限界まで出そうなどと十年早いわ! よいか、魔法は途轍もない力を発揮するから、使い方を誤れば取り返しのつかない事になってしまう。強い力を行使する者は、それだけの責任を負わねばならんのだ。我を忘れて暴走するようでは魔法を使う資格などないぞ。二度と勝手な真似はするな!」


「はい……」


 ルークに厳しく叱られたリアンは、項垂れるしかなかった。



 その夜、修行の初日を終えたリアンは、叱られたことが尾を引いて、元気がなかった。だが、修行で気力を振り絞ったせいか、ベッドに入るや、重力に押さえられるように、深い眠りに落ちた。


「おやすみ、イベリ……ス」



 次の日からも、厳しい修行に耐えたリアンは、水の魔法、地の魔法と進み、一月後には、地、水、火、風の四つの魔法を自在に使えるまでになっていた。


「リアン、よく頑張ったな。基本の四つの魔法はこれくらいでいいだろう。後は、強力な魔法具を手に入れれば、アーロンとも戦えよう。今度の旅は、魔法具師を訪ねる旅になるだろうから、掘り出し物が見つかることを祈ろう」


「はい、楽しみです!」


 一ヶ月の修業を終えたリアンは、師匠からの労いに笑顔で応えた。


 山小屋に戻ったルークは、彼のベッドの横に置かれていた、巻いた小振りの絨毯を大事そうに持ってきた。


「それは?」


「儂の唯一の魔法具だ。これで空も飛べるし、防御壁に成ったり、透明になって身を隠す事もできる優れものだ。紹介しよう、風の妖精シルフだ!」


 ルークが巻いた絨毯を広げると、その中には小さな女の子が入っていた。


「妖精は歳を取らんから見かけは子供だが、もうかなりの歳のはずだ。

 シルフ、儂の弟子のリアンだ。宜しくな」


「あー良く寝た。腹減った、何か食うものをくれ」


 シルフは、リアンが頭を下げても気にも留めず、眠気眼を擦りながら、あどけない声で言った。


「分かった分かった。直ぐに用意するからな。リアン手伝ってくれ」


「はい」


 ルークとリアンは、用意した食材を火の魔法などで手際よく料理して、テーブルに並べていった。

 三人がテーブルを囲むなり、シルフは鳥のもも肉を両手に持って、すごい勢いで食べ始めた。


「う、うまい! むしゃむしゃ、ごっくん」


「……」


 シルフの見事な食いっぷりに、空腹だったリアンも負けずに鳥肉を口に運ぶ。まるで、二人の早食い競争である。


「二人共せわしいぞ、落ち着いて食べんか!」


 ルークが呆れ顔で二人を見る。二人の早くい競争はシルフの圧勝だった。

 何度かお代わりをして満腹になったシルフは、お腹を摩りながら初めてリアンに視線を注いだ。


「お前、何か強力な魔法具を持っておらんか? お前の身体から強い力を感じるぞ」


「おお、シルフもそう思うか。だが、不思議な事に、彼は魔法具は何も持っておらんのだ」


 ルークが、勢い込んで話に乗った。


「妖精である儂の目に、狂いは無いはずなんじゃがなぁ……」


 シルフは、リアンを見つめながら、小さい手を顎に添えて首をひねった。


「僕は、今迄魔法などとは縁のなかった人間ですから、きっと気のせいでしょう。シルフさんは、食べ過ぎて感が鈍くなったのではないですか?」


 リアンが何気なく言うと、シルフは可愛い目を吊り上げた。


「何だと小僧! 儂の力の源は食べる事なんじゃ。食べれば食べるほど、感は鋭くなるのを知らんのか!」


 シルフは本気で怒っているのだが、見た目が女の子で声も可愛いから、あまり怖くない。


「すみません……」


「まあまあ。リアンの中に何らかの力がある事は修行でも分かった事だ。その内、正体が分かるだろう」


 ルークが宥めると、シルフは機嫌を直して眠そうに目を擦った。


「ふぁー……食べたら眠くなった、寝るぞ。ルーク、明日はソロモン国に出立するのだな」


「ああ、今回は長旅になるで宜しく頼む」


「あいよ」


 シルフが、あくびをしながら絨毯に包まると、直ぐに優しい寝息が聞こえて来た。 


 次の朝、ルークとリアンとシルフの三人は、ソロモン国へと旅立ったのである。

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