第12話 壺会員の拡大と奴隷
仙人水を求める人の数は日に日に増加した。カーチスとハッサンがその効果を喧伝し、周囲に広めたからだ。
すでに壺会員──毎月一回、仙人水の入った壺を大銀貨一枚で提供──の数は五十人を超えた。毎月、金貨五枚のストックビジネスとなっている。
辺境の街ヘルガートの人口は五万人程度いるらしいから、まだまだ伸びしろは十分にある。
目指すは壺会員百人、毎月金貨十枚の収入だ。
『なぁ、奴隷っていくらぐらいで買えるんだ?』
『目覚めて第一声がそれなの……!? なんか怖い……!!』
『ウォンウォンウォンウォンウォン……!!』
ベッドの上でニンニンとグラスが騒ぐ。ちなみに、俺が寝ているとき、一人と一匹は俺の上にのっかってぼーっとすごしている。霊なので。
『おはよう。奴隷は幾らだ?』
『その言い方も怖いけど……。ピンキリだと思うよ。健康な大人の奴隷だと金貨五十枚とかかな』
日本円で約五百万円。安いとは思うが、直ぐに手を出せる値段ではない。
『今すぐに使える金貨十枚程だ。これでなんとかならないか?』
『そんな値段で買える奴隷は身体が不自由か、頭が変になっているかのどちらかだと思うよ? やめときなって』
ニンニンは人差し指を立てて、口を酸っぱくする。
『魔力を持っていて、俺達のことを秘密に出来るならどんな奴でも問題ない』
『面倒を看るのはツボタだから、私はいいけどね。苦労すると思うよ?』
『まぁ、一度見てからだな。どんな奴隷がいるのか確認しておきたい。案内してくれ』
『ほいほい』
ベッドから立ち上がり、軽装に着替える。そして、【仙人水】を一口飲んで宿を出発した。
#
最近、ヘルガートの街について分かってきた。街を十字に切って四等分すると、南の二区画に冒険者や職人が多い。北の二区画に商人やアスター教の関係者、そして街を治める貴族が住んでいる。
ちなみに冒険者ギルドは丁度、街に真ん中の辺りにある。流石は冒険者の街だ。
今、俺はその冒険者ギルドの前を通り過ぎ、街の北西。奴隷商が並ぶ通りを目指している。
『ちなみに奴隷ってどんなやつが買うんだ?』
『うーん。お金がある人は誰でも買うよ』
ニンニンはあっけらかんと答える。
『冒険者もか?』
『うん。奴隷でパーティーメンバーを固めてる人とかもいるよ。裏切られる心配がないからね』
『というと?』
歩きながら、ニンニンの顔を見る。
『奴隷って隷属魔法が刻まれた首輪を付けているの。主人に危害を加えようとしたり、逆らったりすると首輪が締まって激痛が走る』
『どうやってそれを判断するんだ?』
『それは奴隷を管理する神、テスポリカ様が見て判断する。ちなみに、主人が奴隷を虐待してもテスポリカ様の罰を受けるので気を付けてね』
うーん。ファンタジーだな。今更だが。
『あっ、そろそろだよ』
ニンニンが指差した先には三階建ての商館が幾つも並んでいた。全部、奴隷商らしい。
『一番、店構えがぼろいところに入ろう』
『本当に安い奴隷買うつもりだ!』
『ウォンウォンウォンウォン!』
一人と一頭を無視し、古い木造の商館の前に来た。扉の横に首輪の看板が掛かっている。これが、奴隷商の証なのだろう。
ドアノブを回して扉を開くと、のっぺりとした表情の店員が「いらっしゃいませ」と頭を下げた。
「安い奴隷を探している」
「あぁ、それでしたら地下室におります。こちらです」
店員は入口すぐ横の地下への階段を示し、先導して歩き始めた。
地下に降りると、ひどく空気が悪かった。湿気とカビの臭いで鼻がムズムズしてくる。こんなところにずっといたら、絶対病気になるだろ……。
店員はお構いなしに進み、ある檻の前で足を止めた。中には女が一人入っている。
左手を檻の方にむけ、商品説明をするノリで店員が話し始めた。
「珍しいダークエルフの奴隷となります。見た目もいいですし、身体に欠損も御座いません。本来ならば金貨二百枚は下らないでしょう。それがなんと、今なら金貨十枚となり──」
「ニィアアァァゴオオォォ……!!」
店員の言葉に被せるように、女奴隷が鳴く。猫のように。
「こほんっ! ええと、この奴隷でしたら金貨十──」
「ニィアアァァァゴオオオォォ……!!」
ダークエルフの女奴隷は自分の手をペロペロと舐め始めた。まるで、毛づくろいをする猫のようだ。
「なかなか面白い奴隷だな。魔力は持っているか?」
「はっ、はい! もちろんです。ダークエルフなので高い魔力を持っています!」
「性格はどうだ?」
「非常に温厚な性格です。このように」
店員が檻の中に手をいれると──。
「シャァァァァァ!!」
思いっきり女奴隷に引っかかれた。奴隷の首輪が光る。
「ギャンギャンギャンギャン!!」
奴隷の神が「主人に逆らった」と判断したらしい。首輪から激痛を与えられた女奴隷は、折の中でのたうち回った。
「……どうでしょう?」
店員は手から血を流しながら尋ねてきた。
「この奴隷、どれぐらいの期間売れていないんだ?」
「……一年ぐらいですかね」
「食費もかかって大変だな」
「……そうですね」
檻をみると、女奴隷は気を失って身体をぴくぴくとさせている。
「金貨五枚だ。それなら引き取る」
「……いいんですか……!?」
店員の顔がパァッ! と明るくなった。
「あぁ。昔飼っていた猫にどこか似ている。きっと奴隷の神のお導きだろう」
「ありがとうございます!」
金貨五枚を渡すと、店員は急いで俺の血液を奴隷の首輪に登録した。
これで俺がこのダークエルフの主人ということになる。
店員が檻の鍵を開けた。その音で、女奴隷が薄いまぶたを開く。
「今日から俺がお前の主人だ。行くぞ」
「ニャー」
女奴隷は折から這いだし、俺の後ろについた。さっきの激痛が効いたのか、割と素直だ。
俺が歩き始めると、女奴隷は軽い足取りで着いてくるのだった。
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