第11話 仙人水の効果

 一か月後なんてあっという間だ。


 素材集めと精製、そして低級ポーションの合成。それが終わるとポーションを薄め、仙人の壺に入れていく。そこまでやってはじめて、【仙人水】が完成する。


 宿の部屋には仙人の壺が積み上げられていた。ちなみに壺はニンニンの家にあったものと、古物商を回って安く買い集めたものだ。


『ねえ。こんなに【仙人水】を用意したけど、本当に契約取れるのかな?』

『大丈夫だ。価格設定さえ間違えなければ問題ない。【仙人水】の効果はニンニンも知っているだろ?』

『まぁ、健康にいいのは本当だよね?』


 作業をしながらニンニンを軽く睨む。


『健康にいいんじゃない! 身体が【整う】だ! 間違えるな』

『こだわり強い!』

『アスター教を出し抜くには必要なことだ』

『そんな誤魔化し、通用するかなぁ?』


 ニンニンはジト目を返してきた。説明した方がよさそうだ。


『【仙人水】とポーションはそもそもコンセプトが違う。棲み分けしている間は問題ないだろう。ただし……』

『ただし?』

『ウォン?』


 俺は壺に仙人水を注ぎ、しっかりと封をしてから話を続ける。


『今後、金が貯まれば魔力持ちの奴隷を購入し、中級ポーション、上級ポーションの合成も行う。それに伴い、仙人水とは別の商品の開発も行う。そうなれば当然、アスター教も俺達のことを警戒するだろう。その時はまた、策を考えなければならない』

『うん……』


 かつてアスター教に襲われ、命を落としたニンニン。真剣な表情で頷く。


『とはいえ、まずは目の前のことを片付けよう。【仙人水】のモニター二人に効果を聞き、インフルエンサーになってもらわなければならない』

『カーチスとハッサンね』


 俺は壺を壁際に並べ終え、立ち上がる。


『そうだ。感想を聞きに行こう』

『よし! 出発!』

『ウォン!』


 ニンニンとグラスを連れ、俺は宿を出た。





「よお、カーチス。元気そうだなぁ」


 ヘルガートの街の外れにあるカーチス武具店。店先でテキパキと働く店主の姿があった。心を入れ替えたのか、店構えも綺麗になっている。


「おぉ! ツボタさん! お久しぶりです!」


 以前より明らかに血色のいいカーチス。俺に向かって切れの良い礼をする。


「どうだ? 仙人水の効果は?」

「めちゃくちゃ、整いました! 身体が整うって、こーいう感覚なんですね~。本当に毎日調子が良くてびっくりしていますよ」

「それは良かった。俺も嬉しいよ」


 本心からそう言った。


「まだ、仙人水は残っているのか?」

「いや~それが、丁度今朝飲んで無くなってしまったんですよねぇ」


 カーチスは残念そうにする。


「もし、継続して仙人水が欲しいなら、相談に乗るぞ? ただし、流石にただというのは難しいが──」

「本当ですか! 一壺、いくらでしょう……!?」


 よし、乗ってきた。


「一壺、大銀貨一枚でどうだ? 一か月持つと思えば安いだろ?」


 日本円にして約一万円。庶民が払えるギリギリのライン。


「んんん……! 分かりました! お願いします!」

「じゃー野兎亭に空の壺を持ってきてくれ。新しい壺と交換するから」

「店が終わってからなので、夜になりますがいいですか?」

「あぁ、俺も昼間は出掛けるのでそっちの方が都合がいい」


「では! 後ほど!」とカーチスは言って、店の中へと入っていった。中を少し覗くと、綺麗に整理整頓されているのが分かる。本当に調子よく働けているらしい。仙人水によって、完全に整っているな。


『どうだ?』


 ニンニンとグラスに向かってドヤ顔をする。


『凄い! あんなに簡単に契約が取れるなんて!』

『ウォンウォンウォンウォン!』


 一人と一頭がはしゃいでいる。


『よし。次の契約を取りに行くぞ』

『おー!!』

『ウォン!』



#



 夕方の冒険者ギルドは依頼を終えた冒険者達で賑わっていた。


 大半は買取カウンターや依頼カウンターに並び、清算を行っている。


 俺はベンチに座り、ハッサンが現れるのを待っていた。噂では毎日のように魔の森に向かい、精力的に狩りを行っているらしい。


「おぉ! ツボタじゃないか!」


 日焼けして健康的な見た目のスキンヘッドの男達が現れた。ハッサンとそのパーティーメンバー二人だ。俺の座るベンチに小走りでやってくる。


「久しぶりだな。ハッサン。調子はどうだ?」

「もうばりばり、整っているぜ! 見ろよこれ!」


 そういうと、ハッサンとパーティーメンバーが背負っていたリュックを俺に見せた。いずれも素材でパンパンだ。余程狩りが上手くいったらしい。


「それはよかった」

「全て仙人水のおかげだよ! なんて言うか、心と身体が完全に一致した感じになるんだ」

「それが【整う】ってことだ。で、その仙人水なんだが、そろそろ無くなるんじゃないか?」


 ハッサンはパーティーメンバーと顔を見合わせる。


「実はよー、俺だけじゃなくてこいつら二人にも仙人水を体験させたいんだ。駄目か?」


 よし! きた! ニンニンを見ると、ニヤニヤしている。思惑通りに進んでいるからだ。


「それは構わないが、流石にただというわけにはいかないぞ? 一壺、大銀貨一枚はもらう」


 ハッサンは目を丸くする。


「たった大銀貨一枚でいいのか? 金貨一枚でも惜しくないぞ!?」

「別に俺は金儲けでやっているわけじゃないからな。みんなに仙人水を広げ、【整う】って感覚を知ってほしいだけだ」

「欲のないやつだぜ。ツボタは」


 ハッサン達は「素材を売ったら野兎亭に壺を取りに行く」と言って、買取カウンターの列にならんだ。


『ツボタ! 凄いじゃない! 一日で四件契約が取れたよ!』

『ウォンウォンウォンウォン…!!』


 ニンニンとグラスが飛び回って喜ぶ。


『見ていたか? 俺とハッサンが話している時の冒険者達の顔を。【仙人水】ってなんだ? と興味津々の様子だったぞ。ハッサンのデカイ声が役に立った』

『他の冒険者達も仙人水を欲しがるかな?』

『体が資本の冒険者だ。大銀貨一枚で身体が【整う】のなら、安いものだと考える者は多いだろう』


 ニンニンは嬉しそうに頷いた。自分が人生を賭して開発したポーションが、人々の間に広がり始めたからだろう。それも、安価に。


『よし! 宿に戻るぞ。カーチスが壺を取りに来ているかもしれない』

『はいはーい!』

『ウォンウォン!』


 日が暮れ始めたヘルガートの街。足早に野兎亭へと帰った。

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