第10話 低級ポーションの売り方

 ヘルガートの街の外れにあるカーチス武具店に俺は来ていた。壺を抱えて。


 壺には低級ポーションを百倍に薄め、砂糖を加えた液体が入っている。


 何故、ただでさえ低級のポーションを更に薄めたのか? それはポーションを別のカタチで売り出す為だ。


 この世界の人々は怪我をした時だけ、回復魔法やポーションの世話になる。


 逆に言うと、自分が怪我をしたと認識しないと、ポーションを飲んだりしない。


 しかし、これは大きな間違いである。


 人間の身体は日々ストレスにさらされ、あちこちが炎症を起こしている。


 つまり「怪我をしている」のだ。


 この身体の内部の小さな小さな怪我を治すには、低級ポーションすらオーバースペック。


 自分の身体で検証した結果、百倍に薄めた低級ポーションを毎日飲み続けることで、体内の炎症を抑えることができ、非常に体調がよくなることが分かった。


 そして今日、俺はこの百倍希釈ポーションをヘルガートの街に浸透させるために、カーチス武具店にやってきた。


『よし。ニンニン、グラス。俺のやり方をよーく見ておくんだ』

『また、適当なこと言ってカーチスさんから武具を巻き上げるだけでしょ!?』

『ウォンウォンウォン!?』


 こいつら、分かってないな。


『いや、違う。今日は種まきだ。まだ、収穫はしない』

『種まき?』

『ウォン?』

『まぁ、見ていろ』


 俺は店内に入り、店主カーチスを呼ぶ。


「おい、カーチスはいるか?」

「おお! ツボタさんじゃないですか? ご無沙汰しております」


 店の奥からやってきて、カーチスは軽く頭を下げた。


「最近、調子はどうだ?」


 カーチスはにっこり笑う。


「身体はすっかりよくなりましたよ! 肩も脚も痛くありません。それに、夜よく眠れるようになりました! 仙人の耳栓のおかげです」

「それはよかった」


 カーチスは俺が抱えている壺に視線を落とした。


「ツボタさん、何を持っているんですか?」

「あぁ、これか? 仙人の壺だ」

「仙人の……! それは興味深いですね!」


「仙人」の単語に敏感に反応した。カーチスはもうすっかり「仙人」のファンなのだ。


「この壺の中には仙人が好んで飲む【仙人水】が入っている。これを飲むと、身体が【整う】んだよ」

「整う……」


 決して、怪我が治るとか、健康になるとは言わない。仙人水で提供するのは新しい価値だ。


「今日は世話になっているカーチスにこの仙人水をお裾分けしようと思ってな。タダで」

「えっ……!? いいんですか?」

「俺だけ【整う】のはなんだか気が引けてな。この街で一番世話になっているカーチスにも【整う】感覚を知ってほしいんだ」


 俺は店の奥に行ってカウンターに壺を置く。そして壺に向かって手を合わせ、目を瞑って頭を下げた。


「それは何をしているんですか?」

「壺へ感謝の気持ちを伝えている。『整えてくれてありがとう』と。これをやると効果が全然違う」


 カーチスが疑いの視線を向ける。


「まぁ、騙されたと思ってやってみてくれ。毎朝、壺に向かって感謝の気持ちを伝えてから【仙人水】を一口飲む。これだけで、驚くほど身体が【整う】から」

「ツボタさんが言うなら信じますけど……」

「一か月後にまた来るから、感想を聞かせてくれ」


 俺は仙人の壺を押し付け、カーチス武具店を後にした。



#



『次は何処にいくの?』


 一度宿に戻り、俺はまた仙人の壺を抱えていた。中には勿論、【仙人水】が入っている。


『付いてくれば分かる』


 冒険者ギルドからほど近い飲み屋街。


 ここには昼間から飲んだくれた冒険者がいる。目当ての奴も……。


 俺はある酒場の前で足を止めた。店の名前は「冒険者の宴」。そのまんまだ。


 店は繁盛しているようで、昼間にも関わらず賑やかな雰囲気が外まで伝わってきている。


『よし。入るぞ』


 ニンニンとグラスは戸惑いつつも、頷いた。


 壺で押すように扉を開ける。喧騒が俺達を出迎えた。


 テーブル席には若い冒険者達が座り、ジョッキに入ったエールをカパカパ飲んでいる。


 カウンター席はベテランが多い。


 その一番奥。大きな身体を小さくして一人で静かに飲んでいる男が今回のターゲットだ。


 俺は男の隣りまで歩き、声を掛ける。


「ハッサン、隣りいいか?」

「ひっ……!? ツボタ?」


 ハッサンは仰け反った。俺にびびっているらしい。


 俺はカウンターに壺を置いて、隣りに座る。


「マスター。こいつと同じ酒を」

「はいよ」


 茶色の蒸留酒をもらい、一口飲んでから話し掛ける。


「ハッサン。お前最近、冒険者稼業を休んでいるそうじゃないか? どうした?」

「どうしたって……お前……」


 ハッサンは言い淀む。


「まさか冒険者ギルドで恥をかいて、行きにくくなったとか?」

「……そうだ……」


 冒険者なんてヤクザみたいな稼業。面子が大事なのだろう。ほとぼりが冷めるまで、大人しくしてるって感じか。


「お前、冒険者ギルドで痙攣したのは俺が何かやったからだと思っているだろ?」

「違うのか?」

「違うな」


 ハッサンの方に身体を向け、真剣な表情を作る。


「あの時、ハッサンの身体が痙攣したのは、整っていなかったからだ!」

「整って……いなかった……?」


 よし。


「そうだ。整っていないと、あーいうことはよく起こる」

「整えるにはどうしたらいいんだ?」


 ハッサンの縋るような声。こいつ、相当弱っているな。


「簡単だ。この仙人の壺の中に入っている【仙人水】を毎日、一口飲めばいい。その際、この壺に手を合わせて、感謝を伝えるのを忘れるな」


 俺は合唱して壺に一礼をした。見本を見せるように。


「壺……仙人水……」


 ハッサンは眩しいモノを見るように、壺を見つめる。


「今回だけ、タダで仙人水をやる。騙されたと思って試してみろ。【整う】と自信も出る。また、冒険者として働けるようになるだろう」

「……ツボタ。なんで、俺にここまでしてくれるんだ……? 俺はお前を馬鹿にしていたのに……」


 瞳に涙を溜めるハッサン。


「冒険者ギルドで、俺に声を掛けてくれたのはハッサンだけだ。確かに馬鹿にはされたが、あれ以降、他の冒険者とも交流できるようになった。ハッサンのおかげだと思っている」

「ツボタ……」


 俺は蒸留酒を飲み干して金を置き、席を立つ。


「一か月、感想を聞かせてくれ。じゃあな」


 俺は壺をハッサンに押し付け、「冒険者の宴」を後にした。


 





 

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