第8話 魔の森へ

『そろそろ、魔の森に行こうと思う』


 俺の顔の前でニンニンが目を丸くしている。


『起きて第一声がそれなの……!?』

『ウォンウォンウォンウォン……!?』


 ニンニンとグラスがうるさくした。まだ早朝だというのに、迷惑な奴等だ。


 俺はベッドから降りて服を着ながら説明する。


『東の草原では魔物を狩り過ぎたせいで最近効率が悪くなっている。兎肉や毛皮の買取価格も下がってきた』


 ニンニンとグラスは頷く。


『それに、俺達は経験を詰んだ。たとえ魔の森でも、慎重に戦えば怪我をすることはないと思う』

『まぁ、森の浅いところであれば大丈夫だろうね』

『ウォン』


 よし。意識は揃った。


『で、魔の森に入るからには、ポーション合成に必要な素材を集めたい』

『ついに来たわね……!』


 ニンニンが目の色を変えた。


『ポーション合成に必要な素材は二十種類。まずは難易度の低いものから集めて行こうと思う。何からがいい?』

『そうね。だとすると、ゴブリンの目玉とオークの睾丸かしら』


 ファンタジーでは定番の魔物だな。


『そいつらは森の浅いところにいるのか?』

『そうね。昼間、徘徊しているわ。単体でいるところを襲えばなんとかなるはずよ』


 確かに単体であればグラスが取り憑き、痙攣しているところを急所一発でなんとかなりそうだ。


『よし。ならば今日はゴブリンとオークを狙う。朝食を食べたら直ぐに向かうからそのつもりで』

『了解!』

『ウォン!』


 すっかり着慣れた革鎧姿になって、俺は宿の食堂に向かった。そして、魔の森へと……。



#



 まだ暗いうちにヘルガートの街を出発し、西へと徒歩で三時間。もう陽が高くに登ったころに、魔の森の入り口についた。


 周囲には冒険者が沢山いる。俺のように日帰り想定で軽装の者もいれば、野営前提で重装備の者もいた。


 重装備の冒険者は決まって強者の風格がある。ベテランなのだろう。


『さて、これから魔の森に入る。油断するなよ?』

『うん!』

『ウォン!』



 この世界に転移した日以来、二度目の魔の森はとても新鮮だった。


 以前は余裕がなくて見れていなかったものが、よく見える。植物や動物の見た目が微妙に地球とは違って興味深い。


 ここが異世界なんだと、改めて思い知らされる。


『ゴブリンもオークもいないわね』


 ニンニンが残念そうに言った。


『魔物が集まってくる場所はないのか?』

『うーん水場かな?』

『場所は分かるか?』

『うろ覚えだけど、多分大丈夫。もうちょっと奥だよ』


 言われた通りに進んでいると、少し明るい場所が見えてきた。泉らしい。そこだけ木がなくて陽が差している。


 そして緑の肌をした魔物の姿が見えた。泉のほとりに屈み、直接顔をつけて水を飲んでいる。チャンスだな。


『グラス。ゴブリンに近寄って【憑け】」

『ウォン!』


 グラスは軽快に駆け、ゴブリンに取り憑く。緑の体が激しく震え始めた。


「ギャギャギャギャギャ! ──ぶくぶくぶく……」


 痙攣したまま、ゴブリンは顔を水に沈めた。体は定期的にぴくぴくと動く。


『あっ! 動かなくなった!』


 溺死したのか? 慎重に近付き、足で軽く蹴る。反応は──ない。


 よし。死んでいるな。俺はゴブリンの足を持ち、木の影にまで引きずっていった。


 ナイフで魔石と目玉を抉り取り、革袋に入れてリュックにしまう。


『ニンニン。ゴブリンの肉は食えるのか?』

『昔は食べたらしいけど、今は食べる人いないよ。滅茶苦茶臭いらしい』


 そう言われると臭い気がしてきた。さっと離れる。


『よし。次はオーク。この辺りで待機だな。歩きまわって探すより効率がよさそうだ』

『そうだね』

『ウォン』


 俺達は泉からほど近い大木の影に隠れ、泉にオークが現れるのを待った。



#



 正午を回って少し経った頃。ついに目当ての魔物がやってきた。


 オーク。ただし、単体ではない。ペア、二体いる。


『ニンニン。オークって雄と雌がいるのか? 二体の内一体は筋肉質で、もう一体はちょっと丸みを帯びているが……』

『そりゃーオークにも雄雌がいるわよ。あれはカップルかもしれないわね』


 木の影に身体を隠しながら観察する。二体のオークは泉のほとりに屈み、それぞれ水を飲み始めた。やるなら今だな。


『グラス! 雌のオークに【憑け】!』

『ウォン!』


 グラスは疾風の如く飛び出し、雌オークに取り憑く。途端、激しく震え始める。


「ブイブイブイブイ!! ──ぶくぶくぶく……」


 雌オークは体を痙攣させ、そのまま泉に飛び込んでしまった。雄オークが慌てる。


「ブイ!? ブイブイブー?」


 おい!? 大丈夫か? と言っているように聞こえた。雄オークは雌オークを助けようと自分も泉に飛び込む。狙い通りの展開。


 雄オークは必死に引き上げようとするが、痙攣する雌オークの体は重い。次第に雄オークの体まで沈み始める。やがて……。


『あっ、動かなくなった……。何だろう。涙が零れそう』

『うん。美しいシーンだったな。オーク同士の愛を感じた』

『オークの愛を利用する人間の醜さも感じたけど!』


 結果としてカップルオーク、仲良く溺死。こちらの被害はゼロだ。素晴らしい。


『グラス。もういいぞ』


 俺が指示を下すと、グラスは俺の元に戻ってきた。


『俺はオークの足にロープを結んで引き上げる。ニンニンとグラスは周囲を警戒していてくれ』

『分かった』

『ウォン!』


 俺はリュックからロープを二本取り出し、軽装になってから泉に飛び込んだ。


 苦労しながらもなんとか、二体のオークの足にロープを結ぶことが出来た。


 それからはさらに重労働だった。なんとか泉のほとりにオークの死体を引き上げた頃には夕暮れ間近。


 急いで魔石と睾丸を抉り取り、俺達はヘルガートの街へと戻った。



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