第32話 不明瞭な落書き
男と一緒にいた女が…
…ナイフを取り出しているところを目撃した。
護身用…?
いや…違う。あの女の目は…誰かを刺そうとしている目だ…。
「誰を…」
……何が目的なのかは分からないが、あの女の存在が……僕には邪魔だということは分かった。
単純に、殺害対象のそばにいる以上、僕が迂闊な行動ができないというのはある。僕が男を殺そうとして、その犯行を見られたらいけないのはもちろんだが…
…あのナイフ…僕に対して使われないという保証がどこにある?
…とにかく、機をうかがおうか…
男が一人になる瞬間を狙うんだ…
……そうこうしてるうちに、男と女は手をつないで公園へと入っていく。僕は茂みから観察した。
「…恋人…か…?」
今もこうやって仲良さそうにベンチで会話してる風景を見るに、そう思うのは自然だった。
…もし恋人なら…あの男の身に何かが起こったとき、あのナイフが…ますます僕に対して使われる可能性が高くなるんじゃないのか…?
そう考えてたら、二人がベンチから立ち上がって動き出した。僕は…後を追いかけた…。
やがてショッピングモールに着いた。そこで男が一人になった。
「…あいつ…どこに行くつもりだ…」
さすがに来たばかりで…現地解散は考えにくい。
そして、それは突然だった。
男がいきなり振り向いた。
…僕はとっさに壁に隠れる。だが、予想外の男の行動に反応しきれず、もしかしたら姿を見られたかもしれないと思った。一瞬でも。
やっぱりこの男は…
「殺すべきだ…」
…今後の不安の種を…取り除くためにも…
結局この日は……標的は家に帰るまで女と一緒にいたことで、殺す機会はついに訪れズ。
―――――――――――――――
○月×日
果たして殺す機会が訪れるのかよく分からなかったので、他の方法を試した。
脅した。
脅したんだ…
504号室の郵便受けに、差し出し人不明の茶封筒を入れた。『口外したら殺ス』の文言に、バラバラになった虫の死骸。
この虫は部屋にさっきいたのを捕まえて、ナイフでバラバラに切り刻んだ。
つまり、もし503号室での妙な音のことを誰かに話したら……この虫のようにバラバラにして殺してやるぞという最後通告だった……
―――――――――――――――
×月○日
やはり、殺さないと安心できない。
というわけで、殺すことにした。
…だが…
またしても、あの女と一緒に外出している。
…だが…
こっちもいい加減、もうしびれを切らしてるんで…
「だから」
一瞬でもあの男が一人になったら、そのとき、刺殺する。
ところが一瞬であっても一人にならない。…そうして…美術館から出てくる……
「……」
いっそ…あの女もまとめてヤっちまうか?
二人が
僕はポケットに入れていたナイフを思わず掴んだ。
…が…
あの女…
今日も…ナイフを持っていたりするのか…?
……こんな話を聞いたことがある……
武道の有段者であっても、素手の状態で……凶器を持っている人間に襲われたら…ひとたまりもないと。
それくらい、凶器の存在は無視できないのであって。
つまり、僕があの女を殺そうとし…そのときに体格差や力の差があっても、女が凶器を持ち出せばどうなるか分からない。
僕もナイフを持ってるといっても、どうなるか分からない。一歩間違えれば――
「死……」
誰が死ぬことになるか分からない。
その可能性が 僕を硬直させた
強烈な殺意があるにもかかわらず、容易に動けないという、ある意味で矛盾した状況にあった。
そうしてるうちに…やつは家に帰った。
…いっそのこと…もう…
504号室の中で殺人を犯すか?
このベランダにある…緊急避難用の壁をぶち破って…隣の504号室に行くこと自体は…できる…
「だが……」
そんなことをしてしまえば。隣の緊急避難用の壁が…破れていたら…真っ先に隣に住む僕が犯人として…疑われてしまう…であろう……
そもそもの話、僕があの男を殺そうとしてるのは、8人目の殺人がバレないようにするため…。そんな状況で、犯人だと丸分かりの行動をして男を殺害するのは…本末転倒とも言える…。
……
…ふと、冷静になった。
僕はまだ、8人目の殺人以来、数日が経過した今でも、警察に捕まってるわけではない。
「つまり…」
あの男は…まだ警察に通報していないのでは?
いや、それどころか…。そもそも殺人現場の音を聞いていない可能性もあるのでは? だとしたら…全ては僕の杞憂だったのだ。最初から、心配する必要などどこにもなかったのかもしれない。
しかし他方で、こんなことも思った。
あの男が聞いていようが聞いていまいが…どっちにしろ…
「僕はもうすぐ警察に捕まるのでは?」
そんな予感もあった。ゆえに自殺の準備をしようと思う一方で、僕はポジティブな感情もあった。
新しい入居先でも女を殺せたわけで、案外この調子なら、ずっとバレないのでは? これからも9人目も10人目もやっていける気がするぞ!!!!
――あ――あ―!!!! あああああああああ―!!! ああ!! あああ!!!!
ぶんかてきじしょうにおいてそうぞうされな
いなんらかのげんしょうはにんげんほんのう
ちやにくやしんたいてきなことのほかにはち
ゅうじつかつちへいせんにじっこうしうるか
うものかちひとしくじっけんされたものかう
ばうかのみちすじにおけるいしやほんしつり
あるないしきょのがいねんへまいぼつされこ
がしたなにかがいかんへふめいにどこかのし
ぼうしゃへもくげきかあたまかんけいかにぞ
くするげんりはなくもりかいしがたきこれ
を
―――――――――――――――
最後のほうは意味不明な落書きで埋め尽くされていたらしい。後々に専門家の分析によれば、すでに犯人はこのときもう発狂していたのだそうだ。
この翌日、斑目ケンゴは警察に踏み込まれ、部屋にあった容器……頭部の入った8つの容器を見つけられ、「残酷なことを……!!」と刑事に言われた直後。
ベランダの手すりを背もたれにし…「ち、違う!! 僕は…互いに合意のもとに殺しただけなんだ!! 僕は犯罪者じゃない!!! 犯罪者じゃないんだああッ!! あ……あああぁぁぁあああああッ!!!!」と叫んだ瞬間、手すりから身を乗り出し転落死したとのことだった。
アスファルトに頭を強く打ちつけ、いろいろ飛び散り……死体は凄惨なものであったらしい。
「――…というわけでして…」
「…そうだったんですね…」
刑事からの説明を聞き終えて、僕は、いろんなことが腑に落ちるような感覚がしていた。
今まで、早紀だけでは説明がつかなかった不可解な現象…
夜のピンポンダッシュ、ショッピングモールでの人影、脅迫文や虫の死骸入りの茶封筒等……
ようやくこれで…判明した……
気がしていた……
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