第29話 断末魔
「あたしが出よっか?」
「そ、それはダメだ…!! 僕が出る」
早紀を危険にさらしたくないと思った。
そして僕は、緊張していたせいか、ドアの覗き穴から見ることも忘れ、そのまま玄関のドアを開いてしまった。
そこには。
「おはようございます」
警察官と刑事と思しき人物が数人いた。
その光景に、一瞬、びっくりしたが。
次第に……僕は納得していく……
だって、僕には心当たりが…ありすぎて。
……
…花村佳奈さん…
早紀のお姉さん…
…花村佳奈さんが、僕のことをきっと通報したのだろう。
僕は自分の罪を…まざまざと思い出していく。
…これから僕は、殺人未遂やストーカー諸々の罪で、捕まるのだと。
僕は…連れて行かれる覚悟を決めた。
そんな僕のこわばったような表情が伝わってしまったのか。警察官はにこやかに話しかけてくる。
「ご安心ください。我々が用があるのは、隣の部屋ですので」
「…え、隣の部屋…?」
そうして警察は、僕の部屋である504号室の隣にある、503号室に、合鍵を使って入っていった。
何が起こってるのか分からず、僕はボーっとしながら、その光景を眺めていた。そのときだった。
「ち、違う!! 僕は…互いに合意のもとに殺しただけなんだ!! 僕は犯罪者じゃない!!! 犯罪者じゃないんだああッ!! あ……あああぁぁぁあああああッ!!!!」
断末魔とともに落下音が聞こえ、ヤカンがカーンと鳴ったような音がした。
後で知ったのだが、503号室の住民が飛び降りた音だったらしい。
僕は驚いた。こういう…地面に落下したときの音って…グチャッという擬音のイメージがあったのだが…カーン…骨がアスファルトの地面に反響した音なのかもしれない。
いや…そんな音のことはどうでもいい。問題は――
「ニュースをお伝えします。
今年に入ってから、続いていた…頭部の切断事件の容疑者が、今朝がた…死亡したとの報告が入りました。
死亡したのは、
容疑者の部屋からは…頭部が保管された8つの容器が見つかっており、一連の事件の、8人の被害者女性だと警察は発表しており…――
いずれも、絞殺された後に頭部を切断された形跡があるとのことで、その猟奇性が取りざたされた事件でもありましたが…――」
僕は自分の部屋で、今朝がた起こった事件の報道を、テレビで見ていた…
その後の更なる報道で、この
…以前…僕が勤めていたところと似た系列の…工業系の会社だった。
というか…
ケンゴ…って…
…年齢も同じ26歳で…
「…他人とは思えない…」
決定的だったのは。
夢との関連だった。
このニュース報道をテレビで見たとき、僕は、デジャヴを感じた。
そりゃそうだろう。だって僕は…以前、全く同じことをした感覚があったんだから…
…花村佳奈さんとのことや、早紀とのことで、すっかり忘れていたが……
今になって、その忘れかけていた夢のことを思い出す……
…僕が7人の女性を殺害する夢である。
自殺者を募り、家に呼び出し、絞殺した後に頭部を切断して……それを家に保管して……
殺人の手法も似ている。
いや、似ているどころじゃない。
一致している…
「はぁ…はぁ…はあ……っ!!」
気づけば僕は凄い汗をかいていた。
……動悸も激しい……
一瞬、気絶するんじゃないかと思った。…それくらい…気分が悪かった…
とにかく僕はこの日、何もする気力も湧かず……そのままベッドに、倒れるように眠った……。
……翌日。刑事が訪ねてきた。
昨日、玄関の前にいた刑事の一人である。
「事件の報道は、ご覧になりました?」
「そりゃ、まぁ…」
ところで…この刑事は何をしに来たのだろうか。
僕に…聴き込み調査でもしてるんだろうか。
「…単刀直入に言います。あなたは、斑目ケンゴに命を狙われていたんですよ」
「………は?」
何を言ってるんだこの刑事は…??
理解が追いつかなかった。連続殺人犯が隣にいたというだけでも驚きなのに、ましてや僕が狙われていた…だと…?
「何か…被害はありませんでしたか…?」
「…いや…そんな覚えはないんですが…」
…ちょっと待て。
僕に覚えがないというだけで…何かされていた可能性はある……
何より……
『…他人とは思えない…』
昨日僕が抱いた感性が、とてつもなく僕を突き上げた。
聞くのを凄まじく恐ろしく感じ、けれど聞かなければいけない気がするという思いから…尋ねた…
「斑目ケンゴ…って…何者なんですか…?」
「…捜査情報なので、全てをお話することはできませんが…」
そう言って刑事は、犯人の日記のことを僕に説明していく。
―――――――――――――――
○月×日
つまらない…
―――――――――――――――
×月○日
つまらない
つまらない
―――――――――――――――
○月×日
つまらない…つまらない…
―――――――――――――――
×月○日
僕は何をやってるんだろうか?
ある企業の研究室に勤めてからもう何年が経過したんだろうか。無限とも言える時間が過ぎた気がした。
試験管の溶液を混ぜたり抽出したりといった実験の日々。
……毎日毎日同じような実験……
こういう系で
大々的な成果を上げてノーベル賞をもらうような人間というのは、全体の0.0000000000......1%…つまり、確率としては0に近い。いわゆる…天文学的確率である。
結局僕は、いわゆる大多数の中の一人であって、特に目まぐるしい大発見もなく、実験室でどうでもいい実験を繰り返すだけの日々である。退屈。あぁ、退屈。
虚無
―――――――――――――――
○月×日
そのうち僕は生きる意味を見出せなくなり
自殺しようと思った。
しかし一人で死ぬのもなんか嫌だったので、一緒に死ぬ人を探そうとSNSで募った。
すると一人の女子大生が来てくれた。
その女性…A子さん(仮名)は、僕の家で、こう言った。「私を殺してください」と。
「殺してくださいって、何かあったんですか?」
僕は自殺の理由に興味を持ち、尋ねた。
「もう精神が…耐えられなくて…」
「…そうですか」
何やら事情がありそうだった。
「その……親友が、この前、亡くなったんです」
…親友…という表現から察するに、きっと大事な人だったのだろう。
「…交通事故で……相手の暴走運転で……」
「それは、なんとも理不尽ですね?」
A子さんにとってはたまったものではないのだろうな? 亡くなった側に過失がないのだとすれば尚更っていうか。
「その子とは……誓ってたんですよ。もし将来、恋人や夫ができたら…報告しようって…」
「…つまり…幸せになることを、ともに目指してた感じですね?」
「はい……。その子が…もう…いない……。…もう…生きる気力を失って…しまって……」
A子さんの疲弊した表情が印象的。
なるほどな…。こうして、彼女は精神的に追い詰められて…結局は自殺という最終的方法にたどり着いたのだろうと僕は考えた。
さて。僕はどうしようか?
助言や説得でもすればいいのか?
例えば、「その亡くなった親友は、あなたが死ぬことを決して望んでいないよ?」とか「自分の分も、あなたに幸せになってほしいって思ってるよ?」とか。
そうしたら、もしかしたらA子さんは自殺を思いとどまるのか? 可能性はあるかもしれない。
だが、そんなことはどうでもよかった。
死にたいと思った人間は素直に殺してやるのが人間の慈悲である!!
僕は用意した睡眠薬を持ってきて、すぐにA子さんに飲ませた。
「痛みを覚えないよう…一瞬で殺してください…」
そう言って女性は…やがて静かになる。
「…寝ましたか? 今から殺しますが、よろしいですね?」
僕は何度か呼びかけるが、反応はない。寝息を立てており、完全に眠ってることを確認する。
僕は、そばで用意していたロープを手に取って……それで思いっきり女性の首を絞めた……
そして…寝息さえも聞こえなくなった。顔に手を近づけたが、実際に息はなかった。脈もない。そうなるまでの一瞬の間に、A子さんが目を覚ましたり苦しんだりといった様子は一切なかった。
「…いいことをした気分だ」
僕は…「痛みを覚えないよう…一瞬で殺してください…」という女性の願いを叶えたんだよな。
達成感を抱いて興奮した。
……
…さて……
……今度は僕が自殺する番だ……
…ところが。
横たわっているA子さんの遺体を見て、考えが変わった。
「頭部を切り取って部屋に飾れば僕の彼女にできるのでは?」
何か頭部を保管できる入れ物はないだろうか??
そう思って押し入れの中を探してると、ちょうどホルマリンの入った複数の容器がある。
研究室で入手できたホルマリンで一時期、生物の標本作製を趣味でやっていたことを思い出す。
ただし人間標本は初めてだが。頭部…頭部…頭部……
「頭部は 人間の象徴である!!!」
急に僕は叫び出した。
文化人類学において、古代から頭部は人間の象徴である。証明されている。副葬品や壁画を見ても、頭部を象徴してる痕跡がある。
頭部は、その人物を識別する象徴の意味合いが……ある……
人類の普遍的感覚にならい、僕はA子さんの遺体を風呂場へと運んだ。この遺体を、これから僕は好きに扱う。
「…A子さんの所有権は僕にあります…」
…この女性は死んだ時点で自己決定権を失い、所有権は看取った僕に移る。別に彼女から生前に、「死後に自分の死体を好きに扱ってはいけない」という遺言も受け取ってはいない。
…だから僕は何をしても問題ないし、そういうわけで僕は今から首を切断しようと思った。火葬だって、生きたまま焼いてるならただの焼殺だが、要は死んだ状態で燃やすから問題ないのであって。つまり首の切断も、生きた状態でするなら問題なのだろうが、死んでるなら問題ない。
「問題ないが、切断するのに適した刃物は?」
ホームセンターに僕は行き、ノコギリを買った…
「…作業に集中しよう…」
家に戻り、ノコギリで僕はさっそうと首を切断していく。
おびただしい量の血が、飛び散ってく……
この作業は、風呂場でやって正解だったな。リビングでやってたら大変なことになってた。
さて、胴体のほうは……これからどう処理しようか……
それから数時間後。僕は頭部を、部屋の棚に飾っていた。ホルマリンの浸った容器に入れて。すなわち、人間標本なのであるが。
「あぁ、素晴らしい」
見つめてると凄まじく興奮し、僕の感情を高めた。彼女とは今後も一緒である。
「…そろそろ胴体を運ばないと…」
僕は、黒い袋に入れた胴体を、車のトランクに載せ…発進する。山林に埋める予定だった。
時刻はもう夜になっていて。
…このとき外は…くもりだったが。雨は…降ってはいなかった。…都合がよかった…。これなら穴埋め作業も、やりやすい…雨に打たれて体力を奪われることもないからな。…運がいい…
途中、警察の検問にも遭うこともなく、いたって順調…だった。
…それはいいんだが、どこの山林に行こうか……悩んだ……。
…近くの山林に遺棄してしまうと、土地勘があると疑われ、近隣住民が疑われる可能性がある。
かといって遠くの山林だと、逆に土地勘がないせいで、周辺住民に埋めてるところを目撃される可能性がある。近くに民家があったとかランニングコースになってたとかで。
つまり、どっちにしてもリスクがあるのなら、僕は遠くの山林へと行くことにした。やっぱり遠くのほうが、僕の足もつきにくいだろう…
「……ホントは。もっと…切り刻むべきだったんだろうけどな…?」
それで焼却処分にでもすれば…証拠隠滅の遺棄としては確実なのだろうが…それをする気力はあっても、特に必要性も感じなかった…
「…このへんでいいか?」
やがて適当な山林にたどり着き、僕は車を降りる。
そして… 万が一…埋めてるとこを人から目撃されるのを防ぐため…黒いレインコートを羽織った。視認されにくくするにはうってつけだよな…。
そうしてショベルを持って穴を掘り、遺体を気ままに埋めた。
「…帰るか」
それなりに深く掘ったつもりではあるが。こういうのはふとしたきっかけで、いずれ見つかるのは…時間の問題なのだろうな…?
だとしても、僕がやったとバレなければいい。
そして…家に戻った頃には。
すでに…深夜となっていた。
そこで、気づく。
部屋に明かりがついている。
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