第27話 不可解
…後方から…
いきなりナイフで刺されそうな感覚がした
もちろん、早紀のことではない。早紀は僕の隣にいる。
この不穏な視線は後方からだ…
どうする? 早紀に話すか??
だが、もし僕の気のせいだったら?
ただの被害妄想だったら?
こんな話を早紀にしたところで、早紀を不安にさせるだけだ。
「どうしたの?」
「あ、いや…」
早紀に尋ねられる。さすがに、僕の様子がおかしいことに気づいてしまったというか。
そう会話をしながら歩いてる間にも、後方から…
足音…
視線…
誰かに後をつけられてる感覚
……
そこで僕は 気づく
……よくよく考えるとこの感覚は。以前、早紀とデートしてるときにも抱いた気がすると。
まさか… ある可能性に僕はたどり着く。
今までの一連の不可解な現象は早紀によるものだったと思っていたが。
明らかに…それだけはないような気がしてきたのである。
早紀以外の…
誰か…
…これは、記憶を整理しないといけないようである。
「早紀…ちょっと座りたい」
「うん。いいけど」
海沿いのベンチに座って、早紀と会話をしていくことに。
……今までの不可解な出来事のどこまでを、早紀がやったのか確認するために…。
「…あのさ。僕が記憶を失ってから…早紀が僕に何をしてきたのか、もう一度説明してくれないか?」
「……謙吾くん。…ごめん…」
「あ、いや、別に責めるつもりで聞いてるんじゃなくて!」
本当に、そんなつもりはなかった…!
「ちょっと確認したいことがあるっていうか…その…」
「…えっと、うん。じゃあ…順を追って説明していけばいいのかな?」
「あぁ。頼む…」
早紀は僕の意を汲んでくれて、一から話してくれた。
そして…
僕が記憶喪失になって帰宅し、その二日目の話のときだった。
「――それで、あたしは…昼に謙吾くんの家にピンポンダッシュして…。そして三日目には――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ…」
「どしたの?」
「…夜は?」
「え?」
「夜もピンポンダッシュしたんじゃないのか?」
「…?」
ぽかんとした表情を浮かべる早紀。
「あたしがしたのは昼だけだよ」
「……」
…じゃあ…あの19時前に鳴った呼び鈴は?
…早紀ではない誰か…ということになる
「…話は分かった。続けてほしい…」
「う、うん…」
そして四日目の話になった。
「――こうしてあたしは…謙吾くんの家に写真を入れた封筒を投函して…」
「写真が入ってた…白封筒のことだよな。…茶封筒は?」
「え…?」
「茶封筒も早紀が入れたんだよな?」
「何のこと…? あたしは白い封筒しか入れてないけど…」
……
早紀が今更ウソをつく理由もない。
あの…脅迫文や虫の死骸が入った茶封筒…
…差し出し人は誰だ…
「謙吾くん…だ、大丈夫?」
「え?」
「顔色…悪いよ…?」
「そ、そっか…」
どうやら、結構思いつめた顔をしてたらしく。
「…ねぇ。どうしたのさっきから…。何かあったのなら、聞くよ…?」
「早紀…」
…ここまできたら、もう。早紀にも話したほうがいいんだろうな…。
…僕は口を開く。今日、不穏な視線を受けたことを。誰かに後をつけられてるような気がしたことを…
もしかしたら今も…
「…そうだったんだ。嫌な予感は…当たってたんだね」
「予感?」
「その…カラオケ店を出た後、謙吾くん、振り返ったでしょ? あのとき…何か嫌な感じして…」
「あ、だからあのとき、早紀は後ろのほうをにらみつけてたんだ」
「ん…。それで、逃げるようにあの場から立ち去ったんだけど…でも、そのときはあたしのただの気のせいかなって思ってたんだけどね…謙吾くんも言うなら本当なんだろうね」
今の早紀の言葉は重要だった。
一人だけなら、単なる気のせいと言われてもおかしくない。
でも。僕も早紀も、つまり二人の人間が…不穏なものを感じている…となると…
単なる気のせいとは言えない気がした…
「…謙吾くん…。ごめんね…っ」
「え…? な、何で早紀が謝るの??」
「だって…あたしが個人情報を出しまくれって言ったから、こんなことに…??」
「…ん?」
早紀は責任感を覚えてるようだったが、僕には、意味がよく分からなかった。
「どういうこと?」
「その…Vtuberにストーカーがついたんじゃないかって…」
「あ、あぁー」
言わんとしてることが、ようやく理解できた。
元々早紀は、お姉さんの復讐のことで…その一環で、僕に個人情報を出しまくれみたいなことを言っていた。
その早紀の言葉を、僕は鵜呑みにして実行したことで。
そのことで僕の近辺をかぎ回るストーカーがついて。そいつが後をつけていた、という可能性を言いたいのだろう。
が――
「いや、それは違うと思う」
「え…」
僕の断言に、早紀は驚いた表情をする。
「ど、どうしてそう思うの?」
「だって…Vtuberを始めてからまだ数日でストーカーがつくのは不自然っていうか」
というか、ストーカーをしていた僕だからこそ分かるのだが、こういう行為にはそれなりの手間と体力がかかる。
ネットで晒す程度ならともかく、実際に後をつけてストーカーするとなると、ネームバリューもない、魅力もない、僕のような男をつけ回すのはどうにも不自然だった。
「そ、そうなんだ」
「だから、早紀がやったことは関係なくて」
「でも、だったらじゃあ…何が原因で…?」
僕は、自分の考えを述べていく。
「…例えばだけど。過去の自分が何かしでかして、それでつけられてるんじゃとも思ったけど、その覚えもないんだよな…」
「過去の自分…。まだ思い出してない記憶があるとか、そういうわけじゃないんだよね?」
「あぁ」
もうほとんど思い出してる感覚は…あった。
「じゃあ…どういうことなんだろうね」
「正直、皆目見当もつかない…」
…お手上げ状態だった。誰が、何のために僕をストーカーしてるのか、さっぱり分からなかったのである。
「…あたしね。思うんだけど…」
早紀が、僕の目を見て言う。
「お姉ちゃんがストーカーされてたって知ったとき…後悔したんだ。誰か一緒にいてあげたら…よかったって。…あたしがついててあげたら、お姉ちゃんも不安がやわらいだのかなって…」
「早紀…」
僕は込み上げてくるものがあり、深く頭を下げた…
「キミのお姉さんに僕は…本当に…。申し訳なかった……っ」
「謙吾くん…。今のは、謝ってほしくて言ったんじゃないの」
「え…?」
「それくらい…誰かがそばにいたら…それだけでも違うって言いたかったの。一人だとしんどいと思うから」
「…あぁ」
謝ってほしくて言ったんじゃないとしても。それでも考えてしまう。僕が早紀のお姉さんにしんどい思いを……させた。いや、このしんどいという表現すら、まだマイルドだ。
「だから…あたしが、謙吾くんのそばにいる」
「そばに…」
「泊まっても…いい…?」
「!? ま、待ってくれ…! 僕にそんな資格は…ない…」
おかしな…話である…。ストーカーをして人を苦しめたことがある人間が、ストーカーから守られていい道理など…
それに…
早紀を巻き込みたくはなかった。それは、嫌だった。
「…謙吾くん」
「……ぁ…」
…温かさを感じた。気づくと…僕の手は、早紀の両手に握られていた。
…なんというか、不安が…和らいでいく…
そこで分かった。和らいでいくということは、ついさっき僕は、相当不安を覚えていたんだということに…
「早紀…本当にいいのか…? 泊まってもらっても…」
「うん…」
この日、早紀に家に泊まってもらうことを…僕は承諾することになった。
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