第26話 前衛主義


 早紀に手をとられ、しばらく歩いていき…


 Vtuberコラボが行われてるカフェへとたどり着いた。僕たちは中に入り、席に座る。


「へー…」


 早紀はメニュー表を見て声を漏らしたかと思うと、テーブルにそのメニュー表を広げる。


「ね、見てみて。ここ…」

「おぉ…」


 早紀が指さしたとこを、僕は見ていく。


 そのメニュー表にはVtuberコラボについていろいろ書かれており、写真も載っている。



「…いろんなコラボメニューがあるんだな」



 例えば髪色が青のVtuberを意識したものだと、青色のジュースとか。


 髪色が白だと、ホワイトチョコレートを使ったケーキとかがある。


 そういったコラボメニューを注文すると、コップの下に敷いたりするコースター…そのキャラの絵が描かれたコースターがもらえるとか云々。



「…いつかお姉ちゃんもこういうところとコラボしてほしいって思ってる」


 早紀はしみじみと言い、僕は「…そうだな」と返した。


 花村さんにはそれだけのポテンシャルは十分にあると僕は考えたから。



「コラボメニューは団子やおはぎとか…?」

「あぁ…」


 僕は返事する。確かに和風のVtuberだから、和菓子はより合ってるのかもしれない。


 それから僕たちはメニューを頼んで、食事をして楽しんで……やがて店の外へと出る。


「次はどこに行ってみよっか?」

「うーん…」




 特に具体的な場所が思い浮かぶわけではなく、悩んでると、早紀が声をかけてくれた。


「じゃあ……謙吾くんの行きたいところに、行ってみたいな」


「僕の…行きたいところ?」

「ん」


 早紀に言われ、考えてみる。



 ……まぁ、あるといえばある。


 が、デートに合うかどうかは、ちょっと分からないというか…


「遠慮しないで…言ってみて?」

「それじゃあ…」



 僕はその場所を述べた。



「…美術館」

「美術館、ね」

「ご、ごめん。退屈かもしれない」


 早紀に合うかどうか分からず、僕は謝った。


「そんなことないよ」

「そう?」

「うん。確かに、あたしとは縁のなかった場所だけどさ、だからこそ新鮮っていうか。それはそれで楽しい気してるよ♪」

「そっか」


 早紀の満更ではなさそうな表情を受けて、僕は安心していく。


 というわけで。僕たちは歩き出し、やがて美術館へと着いた。




 中に入って…彫刻や絵画を見てると、早紀が口を開いた。


「謙吾くん」

「ん?」

「なんか、活き活きとした表情してる」

「そ、そう?」


 どうやら、そんな表情をしてたらしい。


「うん。謙吾くん、好きなんだね」

「ま…まぁな…」


 何か恥ずかしくなり、僕はそんな返事をしてしまう。


「…あたしも、ね。こういう芸術作品って、今まではよく分からなかったけど……見てると、なんか面白いね」

「…早紀も、そう感じる?」

「ん。…来て、よかったって思う」

「そっか」


 その言葉を聞いて僕は、自分が褒められたというわけでもないのに、とても、嬉しい気持ちになった。



 それからいろんな作品を鑑賞しつつ、次のコーナーへと行ったところだった。


 …目の前に…


 写実的な絵画が飾られてあった。


「…素晴らしい…」

「…凄いね。なんか、写真って言われても信じちゃうかも…」

「あぁ。究極のリアル、っていうか……」


 そう言って僕は、改めて口を開く。


「けれど、僕は…見方が変わった…」

「…? 変わった、って?」


 早紀の質問に、僕は答えていく。


「…以前の僕は。あまりにリアルな…そういう写実的な作品は素晴らしいと思っていた。でも今は…。写実的な作品素晴らしいって思ってる」


「それって…」


「つまりそうじゃない作品も…いいなって思えるようになった」



 僕は言葉を続けた。



「Vtuberのような絵も…今ではいいなって思えるようになった」


 以前の自分は。

あんな絵は写実的でないから唾棄すべきみたいな極論を唱えてたが…


 今となっては。

一つの文化なのだろうと思う。


 ……


 …リアルの自分ではない姿で配信をする……それも、一種の文化なのかもしれない。


 …既成の概念や形式にとらわれず、先駆的・実験的な表現を試みてるように思える。ああいう文化は。


「…僕は…」


 感想を述べていく。


「Vtuberのデザインをする人たちも、また現代の芸術家なんだと思ってる。美術館にそういった絵を飾ってもいいかもしれない」


「そういうのも、面白そうだね…!」


 早紀も同意してくれたのだった。


 ……文化史において、Vtuber文化というのが…どういう位置付けがされるのかは分からない。


 なぜなら僕は、美術史家や美術の専門家ではないから。


 ヨーロッパにおいて古典主義からロマン主義への移行が起こった云々を、そんなことを説明できる人は、冷静に俯瞰できたりするのかもしれない。


 ただ、そんな難しいことは今はどうでもいい。


 重要なのは…


「早紀…」

「…ん?」

「ありがとう…」

「え、急にどうしたの?」

「何でもない」

「いや、何でもあるでしょ。急にお礼とか」


 ふふっと早紀はおかしそうに笑う。


 ……僕は。……受け入れ方が…柔らかくなったように思う。


 …記憶をまっさらにした状態で…そして、早紀と接することができたから僕は……



 …その後も、美術館の中を見て回って、早紀との時間を楽しんだ。


 やがて外に出る。


「もう夕方だけど…どうしよっか? 家に帰ってもいいけど…まだどこかに行く?」

「そうだな…」


 そんな会話をしながら適当に歩いてたときだった。


 また…


 …視線が…


 ……


 …殺気?


 …え、殺気?


 …後方から…


 いきなりナイフで刺されそうな感覚がした


 もちろん、早紀のことではない。早紀は僕の隣にいる。

この不穏な視線は後方からだ…




 どうする? 早紀に話すか??



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