第3章

第25話 未解決


「一緒にいろんなところ、行ってみたい」


「早紀がよければ。…行ってみようか」


 僕は身支度を整えた後、早紀とともに外へと出るのだった。


 が、しかし。

僕は、どこへ行ったらいいのか分からなかった。


「早紀は、こういうときどこへ行ったらいいか分かる?」

「…分からないよ。デートなんてしたことないし…」

「そう、か」


 確かに早紀は、キスを初めてしたと言っていた。ということはつまり、デートも……ということになる、わけか。



「じゃあ、今まで…彼女として僕とデートしてたのは…」

「…友達の恋バナや、ドラマを参考にしてただけ。あたし自身は、そういうのよく分からない」

「…でも、恋人のデートのように感じた」

「そう? なら…あたしもフリだけはうまくできてたってことなんだね」


 とまあ、そういうわけで…お互いにどうすればいいかよく分からなかったので。とりあえず…以前恋人としてデートした…あのときの公園に行ってみることにした。


 …で、しばらくしてたどり着く。

…ここのベンチに座って、いろいろ会話したんだよな…。


「なんか屋台があるよ?」

「だな。……あれ? 前、あんなのあったっけ?」

「移動販売の屋台なんだと思うよ」

「なるほど…。今日は、公園に来てるってわけか」


 せっかくなので何か買ってみることに。



 近づいてみると、どうやらクレープ屋みたいで。


「あ。お二人さん、カップルですかい?」


 突然店員からそんなことを言われた。


「え。あたしたち、そう見えます?」

「見えますよ。今ね、カップル割引やってまして! いかがです?」

「そうなんですか。…ね、謙吾くん。どうする?」


 いや、どうするって言われても…。厳密に言えば僕たちはカップルではない…んだよな?


「お得みたいだよ?」


 早紀はそう言う。…これは、頷いたほうがよさそうだ。


 こうしてカップル割引してもらい、購入したクレープをベンチに座って食べることに。…甘くておいしい…。




 ……それにしてもカップル……か。


 …僕は思う。早紀とは今、どんな関係なんだ??と。


 本当の彼女ではなかったというのは昨日知った。では、今は??


「謙吾くん、これおいしいね…っ」

「あぁ。そういえば。呼び方が戻ってるな」


 あんたから、謙吾くん呼びになってることに今更気づく。


「戻したんじゃない」


 早紀は否定し、言葉を続けた。


「だって…もう演技してないし…」


 …それはつまり。素の状態の自分として謙吾くん呼びをした、ということで…




 …早紀は、僕のことをどう考えてるんだろう。ふいに昨日の…彼女の言葉を思い出す。


『これでお姉ちゃんに…手出せないでしょ…?』


 最初は、自分がお姉さんの身代わりになるつもりで、それを申し出たのかと思った。自分が代わりの彼女になることで……姉である花村佳奈さんに僕が付きまとうのを防ぐという理屈。


 仮にそうだとしたら、念のためにも僕は早紀に言わなきゃいけないと思った。僕は…口を開く。



「…早紀に伝えたいことがあるんだ。キミが…僕と無理に付き合わなくても、キミのお姉さんにはもう二度と…想いを寄せるようなことはしない。そこは…安心してほしい」


 …自分でも分かってる。ストーカーをやっていたような男から、安心してほしいと言われても、説得力なんてないことを。それでも、伝えておきたいと思った。


 すると早紀は…


「…無理してるように見える?」

「いや…」


 別に、そういう感じではない。



 ……まぁ、なんとなく、分かってはいた。


 だって昨日…早紀は…


 自分の意思で、自発的に僕とキスした感じだった。そこに、嫌々ながらとか、仕方なく…といった感覚は、確かに無かった。


『犠牲だなんて言わないで』


『だって…今のキス…あたしの初めてのキスだったんだから』


 あのときの言葉を思い出しながら、僕は早紀に…尋ねてみた。



「…なぁ早紀。僕たちは今、どういう関係なんだ?」


 彼女ではない。でも……今朝、キスをして。


「どういう関係かは…謙吾くんが決めたらいいよ」


「え…?」


「謙吾くんがそう思えば、そうなんだと思うよ」


 ……それって、変に好意的に解釈するのであれば、早紀を僕の好きなようにしていいってことなのか?


 いや、そんなわけないよな…。……僕はどうすればいいのか分からなかった。


 とりあえずは保留にする。ただの先送りかもしれないけど…。



 ただ、早紀との時間が嫌というわけではなかった。それは、事実だった。


 ……



 それにしても。数日前ここに来たばかりなのに懐かしい気持ちになる。


 あのときは確か、茂みからストーカーが覗いてるんじゃないかってビクビクしてたんだよな。


 まあ、犯人が早紀だったと分かった今となっては、それはただの杞憂だったわけだけど。そんな人物なんかいなかったのだ。そう思いながら茂みのほうを見てると…――


 茂みの中にいる誰かと目が合った気がした。


 ……え……?


 いや、気のせいだよな…? そんな人物、いるわけないんだから…。


 変なことを考えるのはやめて、僕は早紀と次の場所へ向かうことにした。



「謙吾くんって、カラオケは来るほう?」

「いや、あんまりだな」


 僕たちはカラオケ店の部屋に入って、ソファーに座っていた。


「そもそも、歌わないし。でも、人の歌を聴くのは…嫌いじゃない」

「そうなんだ。何か、歌ってほしい曲とかはある?」

「歌ってほしい曲? …そうだな…Vtuberの曲とか」


 以前の僕は… 美通井嘉香みついよしかさんを熱烈に追いかけてたこともあって、Vtuberとはどんなものなのか知るために、有名Vtuberのオリジナルソングとか片手間に聴いたことがある。


 だから、まぁ知識としてはあって。



「じゃあ…こういうのとか?」


 早紀は、曲を予約していく。


「あぁ…知ってる」


 僕は答えながら、ふと、思ったことを述べた。


「……え。っていうか、Vtuberの曲ってカラオケ配信されてるの??」

「うん」

「驚いた。今まで知らなかった…」


 今までカラオケにほとんど来たことがなかっただけに、そういう情報であっても僕は知らなかった。


「じゃあ…歌うけど。うまさには期待しないでね?」


 早紀はそう言って、そして歌っていく。


 超絶うまいというわけではなかったが、要所要所は押さえてる感じで。なんというか、聴いてていいなって思った。…そうして…歌い終わる。


「…どうだった?」

「カッコよかった」


 僕は素直に感想を述べた。


「そうなんだ? この曲って、可愛さがメインって感じだと思うけど」

「もちろん可愛くはあったけど、カッコよさも感じた、っていうか」

「そっか。……」


 早紀は、静かに僕を見つめる。


「…ねぇ、謙吾くんは、やっぱり歌わないの?」

「僕は…人のを聴いてるだけで十分っていうか」


「そっか。…そういうことも、カラオケに来るまでは知らなかったんだよね。知れて、よかったって思ってる」

「早紀…」


 僕は、出かける前の早紀の言葉を思い出していた。


『……ね。謙吾くんのこと、もっと知りたい』


 でもそれを言うなら僕だって今、早紀のことを知れた。


 カラオケに来たり、Vtuberの曲を歌うこともあるんだなって分かったから。一緒にいることで、お互いのことが分かっていくのかもしれない。



「あ、せっかくだから、この際…聞いてみてもいい?」

「ん? いいけど何を?」

「謙吾くんの過去を。今までどんなことがあったのかなって」

「…僕の過去か…」



 少し僕は考える。その少しの間について早紀は思うことがあったのか、僕に言う。


「ごめん。話したくなかったら別に大丈夫だよ」

「あ、いや、そうじゃなくて。ただ…」



 過去を話すのが、嫌というわけじゃない。けれど――


「僕の過去って、聞いてて決して楽しいものじゃないから」


 坂島謙吾という人間について話すとき…ネガティブな要素は避けられない…。そのことで早紀の気分を悪くしかねないという思いが、あったというか。


「あたしは大丈夫だよ。そういうのも含めて、知りたいって思ってる」

「そっか…。じゃあ、まぁ…早紀がいいなら……」


 僕は、話した。美術を志していたことを。

学校でのイジメや周囲の大人達のことも含めて。



 …それらを話し終わったところで、早紀は口を開く。


「あたしと…少し似てるね」


 …似てる? どういうところが似てる、のだろうか。


 そのときの早紀の目は。あわれみとか同情とか、そういう目ではなかった。


 僕のことを一人の人間として受け入れ…そんな感じがした。それからカラオケでしばらく過ごし…


「謙吾くん。行こ…?」


 そう言って手を差し伸べてくれる。



 以前も公園デートしたとき手を差し伸べてくれたことがあったが、あのときとは表情が違う気がしたのだった。


 手をつないでくれる。これもまた、僕のことを知ろうとしている行動の一環という、ことなのだろうか。




 そうしてカラオケ店の外へと出て。


「ねぇ謙吾くん」

「ん?」

「このへんのお店なんだけどね」


 スマホをさわりながら、早紀は言葉を続ける。


「Vtuberコラボしてるとこが、あるみたい」

「Vtuberコラボ?? 一体どんな…。グッズが販売されてるとか?」

「そうなのかも、ね」


 早紀は、スマホから僕のほうに顔を向ける。


「どうしよっか?」

「そうだな…。じゃあせっかくだし、行ってみようか?」

「ん」


 そして歩き出そうとしたときだった。


 得体の知れない何かを感じた。


 ……え……何だ今の感覚…??


 後ろのほうから…なんか…視線を感じた気がしたんだが……


 急いで振り返るも、別におかしいところは何もない。


 僕の気のせい…?


「謙吾くん、どうしたの?」

「あ、いや…何でもない」


 そう言葉を交わしたところで、早紀もまた気になったのか、僕同様に後ろのほうを振り返って、そちらを見た。



 早紀は、そっちの方向を…やがてにらみつけたかと思うと、僕の手を取って…言う。


「謙吾くん、お店は、こっちのほう…」


 足早に、その場を去っていくのだった。



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