第23話 水泡に帰す
僕は、記憶を失って以降のあらかたの話を、早紀から聞き終えた。
「……こうして僕は、今、ロープで縛られてる……というわけか……」
「そうだよ……?」
早紀は言葉を続ける。
「これでさ…ようやくあんたを殺せるんだよ…。今まで…何度、何度、殺そうとしたことか…。あんたがお姉ちゃんにしたこと……許せない……っ!!!」
……僕は、激昂して震える早紀を見て、おのれのしたことが、いかに花村佳奈さんを傷つけたかを知った。
…いかに罪深いことをしてしまったかを…知った。
僕は愛を向けているつもりで、けれどそれは歪んだ愛で、もはや自己満足の狂気でしかなかった。
結果、僕は花村佳奈さんを…罪なき人を、手にかけようとした。決して、許されることではない。
僕は数秒目をつぶった後、開け……早紀に懇願した。
「僕を…殺してくれ…」
「…は?」
早紀の視線が強まる。…言葉が返ってくる。
「…ねぇ。こういうときって、情けないくらい命乞いするんじゃないの? ……あ。分かった。もしかして強がってるんでしょ? それであたしが殺すのを…やめるとでも思ってんの??」
「そんなつもりはない…早紀の思うように殺してほしい。僕はそれだけ酷いことを…キミのお姉さんにしてしまった…。だから……」
「…は? 本気で言ってんの? あんたは今からさ…内臓をえぐられるような苦しみを味わって…死ぬんだよ…?」
「本気だ…。僕は…死ぬべきだから…」
世の中には、僕をいじめてた人間やそれを黙殺した人間とか、死ぬべき存在はいると思っていた。
だが、だからといって、それで僕が花村佳奈さんにしたことが正当化されるわけでは決してない。むしろ僕は…そいつらよりも酷くおぞましい行為を…してしまっていた。
…社会的処罰対象を見つけるどころじゃない。僕自身こそが…まさにその社会的処罰対象だったのである。
苦しんで死ぬ理由は十分にある。弁解の余地は一切ない。
「………じゃあ…殺すから…」
早紀は僕を静かに見つめて……。
…しゃがんでいく。
シャツをめくり、むき出しとなった僕の腹にナイフの切っ先を……
当てた
かすかに触れた瞬間 チクリとした
赤い液体が、血が、ほんのわずか出た
これからナイフは僕の腹のもっと奥深くに刺さっていき、内臓はズタズタにされた挙げ句、殺される。
僕は目をつむり、それを受け入れた……
……
…
ところが。いつまでたってもナイフは…それ以上……入ってはこなかった。
…やがてナイフが僕の腹から離れる感触がした。
一体どうしたんだろうと思い、僕は目を開けた。
するとそこには…
悔しそうに涙で目をにじませる早紀の姿――
「いくら縛られてるっていってもさ……。体を動かせば……少しは抵抗できるのに。あんたはそれも…しなかったね…」
言葉を紡ぐように…出していく。
「こんな、ナイフを刺された瞬間でさえも……」
僕を…見つめていて――
「…ハッタリじゃないって分かった。あんたは…本気で死ぬつもりでいたんだね。あたしに…殺されるつもりで…」
そして早紀は…
もう一度ナイフを近づけた
……拘束していたロープを切る早紀。僕は解放されていた。
「な、なぜ……」
何が起こったのか分からず、僕は早紀に尋ねていく。
「これじゃどんな殺し方をしても、あんたは苦しんで死なない…!!」
死を受け入れていた僕にそう言って、早紀は1歩2歩後ずさったかと思うと、ナイフを落とした。カランという音とともに…
直後、早紀は崩れ落ち…床に座り込んで…両手を顔に当てて、慟哭した。
「ごめん…お姉ちゃん…!! あたし、こいつを苦しませて殺すことが…できなかったよぉ…!!」
まるで…今までしてきたことが全て水の泡になったというように……悔しがる早紀だった。
そんな泣いてる早紀を 僕は……
静かに……
後ろから抱きしめた
「何するの…!?」
「僕を…殺してくれ…」
「…え…」
「これで新たな動機が…できただろ…?」
慰めてあげたいという気持ちもあったが、そんな資格が僕にないのは百も承知だった。
実際のところは、早紀にとって明らかに不愉快な行為をすることで、新たな動機付けをすることが目的だった。
これなら、姉のこと関係なく、僕のことを殺してくれるのではないか…という思いで。だから、早紀がいつでも抜け出せるように、抱きしめる力はとても弱くしていた。
「……う、うぅ……う……っ」
早紀は…抱きしめられたまま泣いている。
抜け出してナイフを拾ってはくれなかった……
「…早紀?」
やがて早紀は…眠りにつく。
僕も…この体勢のまま、意識は…――
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