第22話 カノジョと自分


 すでに時刻は深夜だった。


 でも……あたしにはまだやることがあった……


 あたしは坂島謙吾の家の前に来た。


 合鍵を使って侵入した。


 バタンとドアが閉まる。


「…あたしは…」


 彼女として振る舞うだけじゃなく……


 もちろん、こいつを陥れることだって決して忘れてはいない…


「…今から…」


 …もしかしたらストーカーされてるかもしれないじゃなく。

完全にストーカーされていると分かる行為を。


 見せつける…


 心を揺さぶって


 精神にヒビを入れたい


 あたしはカメラを取り出し、暗い室内をフラッシュで撮りまくる。


 ……ねぇ坂島謙吾。…自分の知らない室内写真が出てきたらどう思う…?


 いつのまにか部屋に侵入されて、自分のプライバシーが撮られている……あんたのやってたストーカー行為って、結局はこういうことなんだよ……得体の知れなさを感じたらいいよ。



「まだ…」


 あたしは用意していたトマトジュースを……頭部の模型の首元に……垂らしていく。


 これを見たらどう思う…? まるで生首が血を流してるように映るよね…?


 それが本物の血じゃないと分かっても、こんなイタズラ誰がやったんだ?って思うよね…?


 誰が……


 そう思わせることが重要だった。


 ストーカー…?


 そう思わせることが大事だった。



「さて…と…」


 やるべきことはやった。

帰る? ……いや、もう少し……


 …もう少しだけあたしは、この部屋にとどまろうと思った…



 …万が一…部屋でこいつに逆襲を受けてもいいように…


 救急箱やタオルの位置は確認しときたいしね… 一応…



 そういう、もしものときに備え、あたしは部屋を物色していった。


 そして…押し入れを開けたときだった。


「何…これ…?」


 人間の頭部のようなものを見つけた。


 目と鼻のようなものも確認できて…?


「……ひっ……」


 予想外の展開に、あたしは床に座り込んでしまう。


 本当に何なのこれ…?


 生首…?


 薄暗くてよく見えないから…まだ断定はできない…


 意を決してあたしは、スマホのライトで視線の先を照らす。


「え…お姉ちゃん…?!」


 驚いて本当に腰を抜かす感覚に襲われた。


 けど、すぐに分かった。それは生首ではなく、石像だと。

それもお姉ちゃんそっくりの…彫像…


 何でこんなものが…




『こ、この男が…私に…石像…を…!』




 そのときお姉ちゃんの言葉を思い出した。


 …確か坂島謙吾は…お姉ちゃんそっくりの頭部の石像を、送ったんだよね…?


 …どういうこと? 目の前のこれは、お姉ちゃんが受け取ったのとは別? もしかして…レプリカとか、そういうこと…? もしくは、納得がいかずに放置した失敗作ってやつ…?



 …どちらにしても。

坂島謙吾は自分の能力を最悪な形で発揮してると思った。仮にこれをあいつが作ったんだとして……


 その技術力は凄いと思う。ここまで本物に似せた出来は……誰にでもできるようなことじゃない。


 それは…認める。


「でも」


 こんなものを…ストーカーをした挙げ句送り込んで、相手がどう思うかとか…考えられなかったの??


 この時点でもう末恐ろしさを抱くし……更生の見込みなんか全くないように思った。やっぱりこいつは……あたしが……


 ……


 …それから救急箱やタオルの位置を確認できたあたしは、部屋を出る。


 そして家に帰るため外を…歩いてたときだった。


 電話が鳴った。あいつからだった。


「……え……?」


 こんなすぐに電話がかかってくるのは想定外だった。


「…謙吾くん? どうしたの?」

「早紀…! 助けてくれ…! 助け…っ」

「ちょ、謙吾くん…!? どうしたの?!」

「き、来てくれ……頼む…っ!」


 ……これは。


 …あたしが部屋を出て、すぐに目を覚まして……垂らしたトマトジュースを見つけたってことだよね?



 ……朝や昼じゃなくて、今、起きたってこと??



 …もしかしたら。あたしの物色の音とかで…起きてしまったのかもしれない……


 予定とは違ったけど仕方ない。あたしは急いで、再びやつの家へと向かったのだった。

…そこでやつの手を握り、安心させる恋人の姿を演じた。


「……じゃあね…」


 男が落ち着いたのを見届け、あたしは家に帰って仮眠を取り…。起きてからすぐに撮った写真を現像する。

で、再び玄関の目の前に来た。午前の11時くらいだった。


 撮った写真を白封筒に入れて……投函したのだった。




 それから数時間後…。そろそろ封筒の中身を見た頃合いなんじゃない…?と思ったあたしは、さっそく次の行動へと移った。やつに電話する。


「…謙吾くんって、ゲーム実況ってする予定ある?」


 さすがに。Vtuber活動を提案しといて、その後は放置ってのも、なんか不親切で不自然のように思ったから。



 新たにゲーム実況というのを提案して…それでいて「練習ついでに一緒にゲームしてみない?」、と言うことで……家デートも兼ねて恋人の空気を味わってもらおうと思った。もちろん、彼女としてより信じさせるために…


 こうして…


 一緒にゲームをして…


 その最中の出来事だった。




「あ…謙吾くん…」


 あいつが…コントローラーを持っていたあたしの手に、自身の手を重ねたかと思うと……


 顔を近づけてきて……


 え…何…?


 ドラマとかで見たことがある。

こういうときって、彼氏がキス…を…


 キス…を…


 ……ちょっと待って……


 ウソでしょ…?





「嫌!!!!」




 気づいたときには突き飛ばしていた。


 でも…それも当然だった…こんなストーカー野郎とキスなんてありえない…!!!

ありえない…!!! あたしは…にらみつけた。


 けれど。ある可能性にたどり着き、あたしは次第に…焦燥感に襲われた。


 今、坂島謙吾は…。あたしにキスしようとしたのではなく、あたしが本当に彼女なのか確かめるために、こんな真似をしたのかもしれない…って可能性…


 たとえそうじゃなかったとしても。今のあたしの突き飛ばしは…完全に致命的なもの…で…



 明らかに見ず知らずの他人に対する反応そのものだったと自分でも思ったし…本当の彼女ではないと確信させるには十分すぎる言動のように思った……。


 今の行為はまずい……仕切り直す意味もあって、あたしは部屋を飛び出し…数分後にすぐに電話をかける。


「さっきのお詫びも兼ねて……明日、食事を作りにいきたいと思うんだけどいいかな?」


 自分で言っていて、なんてしらじらしい言葉なんだろうと思った。向こうもそう思ってるかもしれない。



 いや…


 間違いなく思ってる…

部屋から立ち去る際に、こちらに向けた疑念の表情が…見えていた。…見えていた。


「潮時…ね…」


 電話の後、あたしはそう…つぶやいた。


 ……まぁ、潮時も何も。いつまでも彼女を演じるとか…そんなこと続けられるわけがないから。…終わらせるにはちょうどいい頃合いだったんだろうね……


 明日 殺すことにした




「こんにちは謙吾くん♪ 作るから待っててね」


 睡眠薬を食事に混ぜた。


 その食事を……


 あいつが軽く口にしたところで。


 あたしは何か…とにかく何か会話しようと思った。



 薬が効き始めるまで…しばらく場をつながないといけないからね。いわゆる時間稼ぎ。

そうしてあたしが言葉を紡ぎ出そうとしたときだった。



 「早紀は 僕の彼女じゃない」



 ……


 …疑われてたのは、分かってた。分かってたけど。こうも面と向かって言われちゃうんだね。この男は本気なんだと思った。


 …どうする? もちろん、「そうなの」と言うわけにはいかない。真相を話して坂島謙吾に刺激を与える真似は避けたいと思った。


 とにかく言い訳に言い訳を重ねるべき……



 あたしは、なぜトマトを料理に出したのかを…捏造して答えた。


「トマトは、克服して好きになったって…言ってたし…」

「記憶を失う前の僕がそんなことを?」

「うん」

「ウソだな。信じられん」


 いとも簡単に見破られた。実際に、ウソで。


 何? 時間稼ぎさえもさせてくれないの…?? それでも、あたしはしらを切っていく…



「…しらばっくれる気か? 早紀が撮って、僕の部屋に投函したんだろう?」


「早紀しかいない」


「例えば、合鍵を持ってる人間なら侵入可能だよな」


「早紀なんだろ? 合鍵を持ってるの」



 次々とあたしは指摘されていく。それでも認めはしないし、適当に場をつないでいく…けど…


 …ねぇ。まだなの?? まだ…薬は回らないの??


 こいつ…いつ眠るの…? とあたしは焦りつつあった。

そのときだった。


「…実はさ、監視カメラしかけてたんだよ」

「…は?? 監視カメラ??」


 予想外の単語に驚く。…こいつ…そんなもの仕掛けてたの…?


 ……


 …正直なところ。合鍵を持ってることを認めても、それでも言い訳ならできる。例えば、「彼女でも合鍵持ってることってあるでしょ…?」とか。記憶喪失前のこいつから預かったとでも強弁すればいい。



 けれど。室内写真を撮影してるところを監視カメラに撮られてるのならば。もう…何を言っても意味がないと思った。そんな彼女は…どう言い繕っても不自然すぎる……


 ………あたしは観念し、本当のことを話すことにした。



「…認めるって。…謙吾くんの彼女じゃないってことも…含めてね」


 けど そのときだった。


 確かにあたしは…見た。


 坂島謙吾のまぶたが…下がりつつある…


 ついに薬が回り始めた…。ここまで時間稼ぎした甲斐があった……


 あたしは思わず笑みを浮かべた。




 ……どんどんまぶたが下がっていく…坂島謙吾は……


 ついに…椅子から崩れ落ちた……




 あたしは。こいつを静かに見下ろして…言った。



「これで…あんたのカノジョとしての時間は……終わり…」



 そしてあたしは、床に倒れた坂島謙吾の両手・両足をロープで縛り、いつでも殺せるよう準備をしたのだった。


 ―――――――――――――――


 僕は、記憶を失って以降のあらかたの話を、早紀から聞き終えた。


「……こうして僕は、今、ロープで縛られてる……というわけか……」



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