第19話 目には目を歯には歯を
「…何か、きっかけとかはあったの? ストーカーされそうな…」
あたしは尋ねる。
すると…お姉ちゃんはこう答えた。
「その…以前私、ある3Dアクションゲームを…実況してて。早紀にも見てほしいって言ったあれ」
「…あぁ…あれね」
「ん…。それでね、その……ビルに侵入した回なんだけどね……私、窓から見える光景を……リスナーさんからの質問で…つい口走って……」
「……そんなことがあったの?」
「そう…。…それで、住所が…ばれたのかもしれない……」
お姉ちゃんは…狼狽しながら言葉を紡いでいて。
「そういえば…あのゲームのビル回ってアーカイブ削除されてたけど、そういう理由だったの?」
「…うん」
「…窓からの光景を言うのは、さすがに迂闊だったんじゃないの?」
あたしは、思ったことを正直に述べた。
「…そうね」
でも、これ以上は責められないとあたしは思った…。一人で黙々とゲームしてるならともかく、配信者っていうのはコメント欄も見ながらゲームプレイすることがある。
だから。瞬間的に、注意力散漫になることはありうると思った。
あたしだってもし…お姉ちゃんの立場なら……。いや、そもそもコメントを拾いながらゲームするっていう器用な真似ができるかどうかも分からないけどね。
「でも。それだけの情報でばれたってこと??」
「…いや、それ以前にも私が話してたことと合わせて…推理されたのかも…」
「話してたこと…?」
「うん。お悩み相談や質問コーナーで…。…一つ一つはたいした情報じゃない…んだけどね」
あたしは思った。
…質問や雑談をしてると…
…身近な例という具体例も出したほうが、分かりやすくてリスナーさんに伝わることも…あるんだろうなとは思う。
……お姉ちゃんは……。リスナーさんのことを大事にして…質問にも極力答えていくスタイルで…。コメントも、できる限り見逃さないようにしてた。
そんな距離感や丁寧なとこが…お姉ちゃんの人気が出ていった理由の一つでもあるとは思うけど……だからこそなんとも言えない気持ちになる…
「ねぇお姉ちゃん。そのストーカーがまずいことでもしたら……っ」
「あ、といっても…今のところ被害にあってるわけじゃないんだけどね。視線と足音くらいで…それも私の気のせいって言われたら…それまでだし」
「気のせい…なのかな…?」
さすがに、1か月間も不穏なものを感じてるということなら、気のせいとかじゃない気もするけど…
「ともかく、実害を受けてるわけじゃないから…。ひとまず様子を見てみる」
お姉ちゃんはそう言う。
……正直なところ、あたしは…心配だった。けど……とりあえずは姉の意思を尊重することにした。
「でもお姉ちゃん。もし少しでも異変を感じたら、引っ越しとか考えたほうがいいよ」
「そうね…。そのときは、そうする」
その、数日後のこと。
「視線を、全く感じなくなったの」
お姉ちゃんは、朗らかな表情で言う。
「視線を…?」
「ん。足音もしないし。やっぱり、私の気のせいだったみたい。杞憂だったのね」
「そっか。だったら、よかった」
あたしは安堵した。
実際、それから数ヵ月が過ぎても、その間……何も異変は起きなかった。
何事もなくてよかった…! 視線とか足音は、本人も言ってた通り、お姉ちゃんの…気のせいだったってことなのかな。
……でも。
よく考えたら何かおかしいと思った。
だって…ある日を境に視線を感じなくなったってことは、逆に言えばそれまでは誰かに見られてたってことでしょ?
それって…何らかの理由で最近はストーカーしてないだけ…とも考えられない? ストーカーそのものが消えたわけじゃない…というのは、あたしの考え過ぎかな…。
…考え過ぎかもしれないという自覚はあったけど、それでも…嵐の前の静けさというか…何か嫌な予感がしたあたしは。
この日、夜遅くに仕事が終わった後で、自宅ではなくお姉ちゃんの家へと向かった。
久々にお姉ちゃんに会うけど、最近どうしてるかな
と思いながらマンションの目の前まで来た、そのときだった。
男がナイフを取り出して お姉ちゃんに近づいていた
何が起こってるのか分からなかった。何事と思った。
気づけば、あたしは走り出していた。
お姉ちゃんが危ない…!!!
あたしは、路上の石をとっさに拾い、至近距離まで近づいたところで石を後頭部に投げつけた。この距離だからはずすはずがなかった。
男は、姉の存在だけに気を取られ過ぎてたのか、あたしの接近には全く気づいていなかった様子だった。
男は…倒れた。
「お姉ちゃん!!」
あたしは、体の震えが止まらない様子だったお姉ちゃんを抱きしめた。
相変わらず何が起こってるのか分からなかったけど、尋常じゃない事態だというのは分かった。
そうして、抱きしめてるうちに、お姉ちゃんは少しずつ…言葉を出していく…
「こ、この男が…私に…石像…を…!」
お姉ちゃんは気が動転してるようだった。いや、でも、無理はない。だって、さっき殺されかけたんだから…!
「…お姉ちゃん…石像…って…?」
あたしは、背中をさすりながら…ゆっくりとお姉ちゃんに聞いてみる。
「き、昨日……わ、私の顔そっくり…の石像を……送ってきて……」
「…え…?」
「頭部の…石像よ…彫刻で彫られた……私に…そっくり……」
「……」
瞬間、恐ろしいことだと思った。
“そっくり”って……
つまりそれは……
とっくにこのストーカーは…倒れてる男は…お姉ちゃんの住所だけでなく…見た目に関してもありえないほどに特定してたんだ…と。
詳細に…
そっくりの顔の石像…というのが…それをまさしく物語っていた。
「……っ!」
そこであたしは、ある可能性に行き着く。
…数ヵ月の間…しばらくストーカーの音沙汰が全くなかったのは。
その間…顔の石像を製作してたから…?と。
……
…
正直、「何で昨日の時点であたしに知らせてくれなかったの!?」ってお姉ちゃんに言いたかったけど。…あたしに心配をかけたくなかったから…なんだろうと思う。
昔から姉は一人で何でもしてしまうところがあったから。
それに今…体を震わせておびえた状態の姉に、自分の感情をぶつけるようなことはしたくなかった。それより今は、少しでもお姉ちゃんを安心させないと…。そう思い、お姉ちゃんを…今一度抱きしめる。
それから、お姉ちゃんとの抱擁を解き… 自分の手の甲を、倒れてる男の顔に近づける。まだ、息があるのが分かった。…生きている。
「お姉ちゃん…後のことは任せて」
「え…」
「あたしなら…大丈夫だから」
「で、でも…!」
「お姉ちゃん。今は…休んでほしいの…」
このときのお姉ちゃんの表情は青ざめ、精神的に疲弊していたのは明白で…。早く…休ませてあげたかった。
……こうしてあたしは…お姉ちゃんをひとまず帰らせた。
…休んでほしかったというのも本音だけど、理由はそれだけじゃない。
……。
「…今から殺すところを…お姉ちゃんに見られたくない」
……ストーカーというのはほとんどは更生しないという話を聞いたことがある。再犯率が高いとも。しかもこの男は、人を殺したわけではないこともあって、死刑や無期懲役になるはずもなく。
だから、捕まったとしても、やがて近いうちに…出所するのだろうと思った。
そうなったらお姉ちゃんが危ないと思った。ストーカーというだけでも危ないのに、この男は…お姉ちゃんそっくりの顔の石像を作ったのだという。はっきりいって本当に……。
何か言葉では言い表せないとんでもないものを感じていたし、何より決定的だったのは…今…ナイフでお姉ちゃんを刺そうとしたこと…。
後一歩遅れてたら…お姉ちゃんは殺されて……。危険人物以外の何だと言うの……?
何をしでかすか分からない。だからこそ憂いを断つには この男を殺すしかないと思った。
「あたしはそれで捕まることになる…」
けど…。元々自分をたいした人間とは思っていなかったから。それでお姉ちゃんが安寧に過ごすことができるのなら…いいと思った。
あたしは、さっきこいつにぶつけた石を…再び拾った。そして、とがった部分を……向ける。
これを振り下ろせば。男は死ぬのだろうと思った。
「……」
…
ところが。あたしには思うところがあって、手の動きが止まった。
だって…
今こいつは意識を失ってるんでしょ…?
そんな状態で殺したら…
この男は、苦しむこともなく、一瞬で逝くってことだよね…? 自分が死んだという自覚もないまま死ぬのかもしれない。
「…許されるの…?」
あんなにひどいことをしておいて…
あんなにお姉ちゃんを恐怖のドン底に突き落とすような真似をしておいて…?
自分は安らかに、痛みを覚えることもなく死ぬってこと?
「……許されないよね……」
どうせ捕まるのなら。どういう殺し方をしても捕まるのなら。
こいつには 腹をえぐるような拷問のような苦しみを与えてから殺そうと判断した。
そしてスマホを取り出す。
「…あ、もしもし。救急ですか? …知り合いが倒れちゃって…」
今、この場では殺さない。この場では。
そうして電話を終えた後、あたしは…こいつの素性を知るために、男のポケットに手を入れる。
すると…運転免許証を見つけた。住所や名前を把握する。
「…へー…こいつ、坂島謙吾って言うんだね…」
次いで、同ポケットから合鍵も入手した。いつでも…こいつの部屋に入って……殺害できるように……深夜でも……
「これも…回収しなきゃね…」
あたしは、落ちていたナイフを拾い…自身のカバンへとしまう。
さっき…お姉ちゃんを刺そうとしたナイフ…
これを使ってあたしは、坂島謙吾を殺すことにした。
お姉ちゃんがやられそうになった苦しみを…お前自身が受けるんだよ…?
やがて、救急車が来て。
あたしは、知り合いが転んで頭を打ったという様相を装い、ともに病院へと向かったのだった。
そこで…
「彼は、記憶喪失になってしまったみたいです…」
予想外のことが起こった。
医者から記憶喪失の話を聞いて――
予定が、変わった。
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