第18話 発現
「あのとき…僕を気絶させたのって…」
「そうだよ。あたしが…やったんだよ」
早紀は、そう述べた。
―――――――――――――――
あたしは、路上の石をとっさに拾い、その石を男にぶつけた。
男は…倒れた。
「お姉ちゃん!!」
あたしは、体の震えが止まらない様子だったお姉ちゃんを抱きしめた。
……
…
…あたしは。いわゆる旧家の生まれで。しきたりにうるさい家だった。
そしてお姉ちゃんは清く正しく美しくを地で行くような人で、何でもスッとこなすような…あたしの憧れだった。
一方、あたしはというと――
「お姉ちゃんと比べて本当に物覚えが悪いな…」
「しかも気もきかないしねぇ…」
両親が失望の眼差しを向けることは珍しくなく。
…そんな頃だった。
両親が不仲になったこともあって…離婚。そして再婚した関係で…
あたしとお姉ちゃんは、違う名字となった。
あたしは白谷、お姉ちゃんは花村で。
それでもあたしたち姉妹の関係が、無くなったわけではなく。お姉ちゃんは、あたしの憧れで居続けたんだ。
一時期、少しでもお姉ちゃんに近づきたいという思いから、あたしが…高校1年のとき。
当時高3だったお姉ちゃんが部長をしていた茶道部の…部活見学に訪れた。
「……」
そこでのお姉ちゃんは…着物を着ていて、静かに…お茶を研いでいて……。
凛としていて美しかったし、カッコいいとも思った。やっぱりこの人は…あたしの憧れなんだな…と抱く一方で、こう強く思った。
「あたしには…お姉ちゃんの真似はとてもできない…」と…。
仮にしたいという意志があっても、不可能に思えたから。
…やがて、姉とは正反対の道を行こうと思った。そのほうがあたしという人間には合ってる、と。
髪も茶色に染めたし、グループも軽い会話を延々とするようなところに属した。そうしてるうちに服装も影響を受け、わりと肌を出すような感じのを好むようになった。肩だしのニットとか、ミニのスカートとか。
もしかしたらそのせいもあったのか、男性から告白されたこともあった。
けれどそのたびに「ごめんなさい…今あたし、誰かと付き合うとか、そういうこと考えられなくて」みたいなことを言って断った。
男を誘ってると受け取られかねない格好をしていて、しかし告白されたら、かたくなに断る。
「あたし、一体何をやってるんだろうね」
バカみたいだと思った。
結局のところあたしには、付き合った相手を満足させる自信がなかったのだろうと思う。それで失望の眼差しを向けられることが、怖かったのだろうと思った。
そのうちあたしは高校を卒業して、美容の専門学校に通うようになった。
まぁ、これも周囲の影響を受けてのことなんだけど。そこに主体性はなかった。けど、きっかけはそうでも、次第に興味を持っていって。やがて、美容師の道を志すようになった。
その頃だった。4年生大学卒業間近だったお姉ちゃんが、Vtuberで生計を立てていくと言ったのは。
正直、めちゃくちゃ驚いた。
いや、Vtuberというものがあるのはあたしも知っていたし、そういう企業プロダクションに所属して給料をもらうVtuberがいることももちろん、知ってはいた。でもそれは、芸能人のように一握りの人間がすること…と思っていたから。
ましてやお姉ちゃんは、堅実な道を行くイメージが強かったから。会社の管理職、公務員、茶道教室の先生とか。だから本当に予想外だった。趣味でやるならまだしも、お姉ちゃんは確かに、それで生計を立てていくって言ったんだからね…。
「お姉ちゃん、本気なの?」
「えぇ。以前からこういうのに興味があって」
「え、そうだったの?!」
意外だった。そして気づく。あたしはお姉ちゃんのことを、知ってるようで何も知らなかったんだと。もしかしたらイメージだけで判断してるところがあったのかもしれない。
それでどうなったかというと、よりお姉ちゃんに魅力を感じるようになって。
だって実際、Vtuberを目指すというのも、あたしにはない発想で。既存の枠に囚われない感じで、カッコいいって思った。やっぱり…お姉ちゃんはあたしの憧れなんだと実感する。
だからこそ、お姉ちゃんには…夢を追いかけていってほしいと思った。
あたしはそれを応援したいと思い、配信の機材設置等も手伝ったりした。
そして楽しそうに配信してるお姉ちゃんを見て、お姉ちゃんにはこんなふうにいつまでも笑顔でいてほしいと思った。
そんなある日のことだった。
仕事帰りにお姉ちゃんの家を訪れると、何か、気分が悪そうな顔をお姉ちゃんがしてることに気づく。
「何か、あったの…?」
「え…」
…幼い頃から、気がきかないと周囲から言われたこともあったけど、美容師をしているうちに。お客さんの表情を読み取る技術を少しずつ身につけたおかげもあってか、姉のこういった異変にも気づけるようになっていた。
「べ、別に、私は……」
「…うん。……無理に話して、とは言わないよ。けど、もしあたしでよかったら…聞くからねお姉ちゃん」
「……」
最初、姉は話そうとはしなかったけど、やがて口を開いていく。
「…その、視線を……感じるの……」
「…視線?」
「えぇ…。…足音も…心なしか感じて…」
「…それって」
「ストーカーかもしれない……」
青ざめた表情であたしに話すお姉ちゃんだった。
……
…あたしがこのとき、驚いたのは。
ストーカーという単語はもちろんなんだけど、それを口にするお姉ちゃんの……おびえきった表情……
凛としてカッコいいお姉ちゃんはそこにはいなかった。
それくらいにまでお姉ちゃんを…不安にさせてるんだと分かった。一体何が…
「…いつからなの?」
「1か月前くらいから……」
「そうなんだ…。…その間、ずっと?」
「えぇ…いろんな場所で…つけられてる感じが…して」
ずっと…それもいろんな場所で…。本格的なストーカー…そういう印象を抱いた。
「…何か、きっかけとかはあったの? ストーカーされそうな…」
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