第17話 愛


『坂島謙吾にできることをしよう…』


 僕はそう考え、頭部の石像製作を開始した。


 なぜなら、これは愛の証明になるからである。花村佳奈さんそっくりの作品に仕上げられれば、リアルのあなたのことを誰よりも知っているという証明になるのである。


 当然だ。知らなければ、その人そっくりの彫像なんて作れるはずないのだからな。


「本当のリアルの自分を知ってもらいたい花村佳奈さん……待っていてくださいね」


 僕はマンションから出てきた花村佳奈さんを尾行する。



「あぁ……花村佳奈さん……」



 パシャッ、パシャッ、パシャッ、パシャッといろんな写真を尾行して…撮影しまくる。



 「あぁ!! キミの体の一部に生まれたらよかった!!」と叫びそうになった。



 そうしたらいつも一緒にいられるのに!! 切ない恋心とは、まさにこういうことを言うのだな!!



 こうしていろんな方向からの写真を……何日も何日も何日もかけて……撮りまくった後で……。


 ついに僕は、花村佳奈さんの頭部の石像製作を開始する。


 前後左右の写真を拡大し、自室にある複数のキャンバスに貼り付け、高さは花村佳奈さんの身長である160cmくらいの人間が…座ったときのものにしておいた。



 …それはまるで…絵画のモデルが椅子に座ってる高さ。



 僕は意図してそのようなアトリエを作った。


 僕が中学のときに美術部の顧問をモデルにしたときも、確かこういう感じだった。逐一形も把握しやすいから…。


 そして僕は、彫刻刀ややすりで彫像製作を開始していく。


「僕は…花村佳奈さんの理解者…」


 …中学の頃の…あの頃の立体把握能力を……っ


 僕はあのとき、顧問の先生の顔を直接触ったわけではないが、それでもなんとなく奥行きや顔のほり感をつかんでいたからこそ…完璧な写実的作品に仕上げられた…


『キミは将来有望な写実主義者になれる!!!』


 …あのときの大人達からの絶賛を思い出しながら…写真のようにリアルに忠実に再現できるあのときの感覚を思い出しながら…僕は彫像製作に励んだ。


 ……


 …


「頭部は 人間の象徴である!!!」


 急に僕は叫んだ。


 文化人類学において、古代から頭部は人間の象徴である。証明されている。副葬品や壁画を見ても、頭部を象徴している痕跡がある。


 Vtuberもそうである。雑談や実況でも、頭部をメインに上半身だけが画面に映っている。頭部こそが、その人物を識別する象徴だからに他ならない。


 人類の普遍的感覚にならい、僕は時間を忘れるかのごとく毎日没頭した…


 が…


「違う……」


 僕はそう吐き捨てた…完成間近に迫ったところで。


 …輪郭が微妙に違った、ほんの少しだが。ほんの少しでも……納得できず……っ


 納得できず!!



 …やはり高校以来、長期にわたって製作してなかったから、微妙に勘が退行したのかもしれない。


 そりゃそうだ。ずっとやっていなかったのだからな。


 しかし、この失敗は決して無駄ではないのだ…。なぜなら実際に行ったことによって、再現感覚を着実に取り戻しつつあったから。


「……」


 …どうせ失敗作ならと…少しいじってみようと思った。


 例えばだが…輪郭だけでなく…この唇も…。…微妙に…色素が薄い気がする…。少し赤を足してみてはどうか?


 そう思った僕は、実験的に赤色カクテルを小皿に入れ、そこに筆を浸して薄く塗ってみた。


 カクテルを美術作品に使うのは本来普通ではないが、まあ失敗作だから別にいいよな…


 …そうすると、見事な仕上がりで。


 なるほど…次は輪郭だけでなく…唇の色のことも意識してやってみるか…。



「……この唇と……僕は……?」


 ふいに…美しい唇に顔を吸い寄せられるが、キスはしなかった。


 なぜなら失敗作とキスするわけにはいかないから。


 僕の愛を花村佳奈さんが確信したそのとき、僕は、本物の彼女とのキスを叶えられるッ!!!


 というわけで、この…顔の石像は失敗作として押し入れにしまい…僕は再び彫像製作を開始…。



 …数か月後…


「…できた…」


 …ついにできた…


 どこからどう見ても花村佳奈さんだろう……


 その頭部の石像を嬉々として箱に入れ、すぐリボンでラッピングし、宅配業者の恰好をして花村佳奈さんのマンション前まで…急いで来た。


 405とボタンを押す。


「こんばんはー。お届け物でーす」


「…あれ…? 頼んだ覚えはないんだけど…。は、はーい、分かりました」


 玄関のオートロックが開く。僕はエレベーターに乗って4階へ赴き……405号室の前に箱を置いて立ち去った。


 そして僕が1階へと降りて、マンションの外へと出て…しばらくベランダのほうを…眺めていたときだった。



 …その部屋から叫び声が聞こえた気がした…



「歓喜の声……」


 そりゃそうだよな…。こんなにそっくりな顔なんだ…。


 あなたのリアルの見た目を知り尽くした人間ですよと証明するには十分な出来だろう…



 これで僕は愛を証明できた。やがて花村佳奈さんと結ばれる。



「だが、花村佳奈さんがそのつもりでも……」


 誰かが邪魔をしてくるかもしれないよな…。当事者同士が愛し合っていたって、誰かに邪魔されると成就しなくなるのも、また恋というものである。


 そういうわけで僕は。万全を期すために、翌日、ナイフを持っていくことにした。


 もし僕が花村佳奈さんから返事を聞いてるとき誰かが邪魔をしてくるようなら、これで、確実に退場させる。



 …そうして…家の前で待ち伏せしていたときだった。


 夜だった。……女性が、マンションから出てくるのが見えた。あの長い黒髪の…大和撫子のような女性は…花村佳奈さん……返事を聞きにきましたよ……


 …近づいて…


 ……話しかけた……


「僕のプレゼントはいかがでした?」


「…あなたが…私の石像を…?」


「はい。その通りです」


 …すると…


 …凄くおびえたような顔を…僕に向けてくる。



 …? 気のせいか? そんな表情をされる道理などないのに。



 僕は、より彼女の表情を確かめようと、少しだけ近づいてみたときだった。



「嫌!! 来ないで!!」



 ……


 …


 は?


 意味が…よく分からなかった。


 何で…そんなことを言われなきゃいけない…?


 …彼女の顔は…そのときの彼女の顔は…



 間違いなく…負の表情で


 瞬間。過去に僕をいじめてた連中や…周囲の大人達の黒い表情が…


 一気に…沸き起こっ…て……


 …僕が愛したキミでさえ…僕にそういう表情を向けるのか…?


 向けるのか…?


 ……向けやがったな…?


 ……殺してやる…


 殺してやる…!!!


 殺してやる…!!! 殺してやる…!!! 殺してやる…!!! 殺してやる…!!! 殺してやる…!!! 殺してやる…!!!


 愛が憎しみに変わった瞬間だった。


 そうしてナイフを取り出し、近づいたところで――



 頭に何か硬いものが強く当たり、脳震盪を起こしたかのように地面に倒れ伏し、そのまま意識を失った。



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