第16話 拡大解釈


『絶滅させてみてはどうか』


 そんなことを思った。


 人間というのは表情から悪意を読み取ることができ、実際に今まで僕が出会ってきた人間の多くはそうであり、殺害対象だった。


 ところが、このようなリアルではないアニメ絵は、悪意を緩和させる。当たり前だ。リアルな姿ではないのだから。


「幻覚!!!!」


 そのように自分の姿・形を偽って配信するというのは、悪意を隠す隠蔽行為に他ならず。悪意を察知することができず。社会的な処罰対象を発見することができず。発見することができなければ殺害することもできない。


「英語での配信グループもいるのか?」


 もはやこれは国際的なものになってるのかと判断し、国境を越えるくらいの中毒性を確認した。


 そこで僕は思い出す。


 「キミは将来有望な写実主義者になれる!!!」と大人達が拍手喝采していたあの光景。



 写真のような究極のリアルは、このような幻覚の対極にあるのではと確信する。まさか僕は、このような幻覚的中毒文化を唾棄するために生まれてきたのではないか? これは神からの試練なのではないか…? と思うようになっていった。


『キミは将来有望な写実主義者になれる!!!』

『キミは将来有望な写実主義者になれる!!!』

『キミは将来有望な写実主義者になれる!!!』


 あぁ!! 『ミロのヴィーナス』を僕は夢想した!! ギリシャ彫刻のリアリスティックな作品であろう!!



 そう使命感を燃やしながらパソコン画面をスクロールしてるうちに、僕は…


 黒い長髪で和服美人のあるVtuberに…見惚れていたのだった。


 なぜ…


「僕もまた…幻覚的中毒文化の犠牲者となってしまったのか…?」


 そのVtuberの名前を見てみる。

美通井みつい 嘉香よしかと書かれてある。なかなか変わった名前である。


 そして改めて僕は…もう一度、このVtuberの見た目に……目を通す。


「…あぁ…素晴らしい…」


 …確かに僕は、清楚でおしとやかな大和撫子のような女性がタイプである。


 が、これは偽りの姿である…。本当の姿ではない…。幻覚…。それが分かっていながら…どうして……素晴らしいなどと僕は…絶賛している?


 そこで気づく。僕は、画面上の見た目に惹かれているのではなく。このような見た目をチョイスした人間が…どういう人物なのかが気になっているのだと。


 例えば…


「髪飾りの花に……江戸紫のような日本の伝統色が使ってある……」


 その感性に僕は目を見張った。


 たとえ、中の人が描いたのではなく、プロのイラストレーターにVtuberの絵を依頼したのだとしても。それでも、こういう絵にしてほしい、のような細かな要望はイラストレーターに伝えてあるはずだ…


 つまり、画面上に表示されてる見た目には、中の人の感性が反映されてると言っていいだろう…



「今日も雑談配信を見るぞ……」


 もはや日課となっていた。もちろんチャンネル登録は、すでに済ませた。


『…というわけで、抹茶というのは――』


 嘉香よしかさんは茶道に関する話をしていたが、とても具体的で面白かった…経験者なのだろう…。


 だが、僕は茶道そのものに興味があるわけではない。やはり、大和撫子のようなデザインを選ぶ中の人そのものが気になった。


 気になりすぎた……


 その感覚に僕は答えを出した。

要は、これは推理ゲームなのだと。


 偽りの姿・形を見ることで、中の人がどういう人間かを当てる… 一種の娯楽なのだと。


 そこからさらに感情が発展し――


「中の人は…本当のリアルの自分を知ってもらいたいがゆえに、敢えてVtuberという手段を取っているのでは?」


 画面上に映る偽の見た目に陶酔するのではなく、リアルの見た目を探求する……


 それを当てたら愛の証明になるのでは?? と思った。


 僕は気づけば拍手喝采していた。気づけば。写実主義をかかげる自分だからこそ――


「到達しえた真理であろう!!!」


 究極のリアルこそ至高である……


 というわけで住所を特定することにした。

住所が分からなければ見た目も拝めないからな…? 当たり前の帰結であろう?!




 そう思っていたら、嘉香さんのお悩み相談コーナーが来た。


『最近困ってることってありますか?』


 僕はこれを利用することにした。


 サカという名前で僕はコメントした。


『部屋に入る日差しがまぶしいです』


 すると、他リスナーから「カーテンしめたらいいんじゃねー」という当たり前の解決方法を提示されたが、そんなことは百も承知で。


 それで嘉香さんは…こう答える。


『まぁ、特にまぶしい時間帯ってのはありますよねー。うちは西日とか思いっきり入って』



 窓が西側についてると分かった。太陽の方角から窓の位置を特定することに成功した。


 それからある日。質問コーナーが来た。


 僕は…『一軒家と借家どっちが得?』と質問した。


『…私としては、まぁ身近な例で言うなら、ゴミ出しが…ねー。いちいち下に降りて出さなきゃいけないんで。そういう点ではマンションより一軒家のほうが楽かも』


 という発言でマンション住みであることが分かる。さらに、“いちいち下に降りて”という表現から、少なくとも2階以上であることも分かった。高層階なのかもしれない。


 ……順調に個人情報を収集できている……


 僕の読みは当たった。

……というのも嘉香さんは、リスナーさんと距離感が近く、リスナーさんのことを大事にして…質問にも極力答えていくスタイルだったから。



 こういった間接的な質問にも、自身の身近な例を交えて説明してくれるんじゃないか……と……


 …身近な例という具体例も出したほうが、単純に説明も分かりやすくなる…


 嘉香さんの丁寧な性格が表れている。もっとも、それで出る情報は一つ一つはたいしたことはないが、住所特定のためには…大事だ……


 …


『…へー綺麗。いろんな建物が見える。リアルっていうか、やっぱ最近のゲームって凄いですね~』


 ある日。嘉香さんが…ゲーム実況をしていた。3Dアクションゲームで…。主人公が高層ビルに潜入し、ちょうど高層階から夜景が映ったところだった。


 このとき


 今だ…このタイミングしかない…


 と僕は直感的にそう思い、ただちに質問した。


『嘉香さんの窓からは何が映ってる?』


 ゲームでも夜景。リアルでも夜景。

そういうふうに一瞬、話し的に自然な流れと判断してしまったのか。


 僕のコメントをチラ見したらしい嘉香さんはつい答えてしまっていた。


『…ん? 左に~~が見えるかなー』


 あるランドマークが見えることを口走った。


 直後、嘉香さんはゲームプレイを止めたかと思うと…


『…今日はなんか具合悪いんでもうやめます。みんなゴメンね』


 そう言って配信を切る。そしてアーカイブは 削除されたのだった。


 …僕は やったと思った。


 なぜなら。そのアーカイブを消したことが、実際に個人情報だという証明になったからである。決め手に…なった。もしどうでもいい情報だったら…アーカイブを消す必要は…ないわけで……


 …


 …以前、窓が西側にあるという情報も踏まえれば、そのランドマークから見て北東方向に位置するマンションだと分かった。


 さっそく僕はそのランドマークに向かうべく…交通機関を使い…やがて、着いた。


 北東方向へとワクワクしながら歩いていき、やがていくつかのマンションに…目星をつけた。


 そこからは…しらみつぶしの作業だった。


「もうすぐ19時だ……」


 嘉香さんは19時配信を習慣にしてたから。その時間帯に家に明かりがついてるか、カーテンが締まってるか等……外から、下から確認……




 そんなふうに気が遠くなるほどの愛の調査を重ね、2か月が…経過した頃だった…


「あれは……」


 ベランダで干していた上着を回収してる女性を目撃する。



 見惚れた… というのも…理想の女性そのもの…だったから…



 長い黒髪の大和撫子のような女性だった。…洋服こそ着ていたが…きっと着物も似合うのだろう…と直感的に思った。


 その後もしばらく調査を続け、やがて、19時に明かりが一貫してついてたのは…あるマンションの405号室だと分かった。


 以前、僕が目撃した女性がいた、あの405号室だったのである…。あの女性に感じた直感は決して間違っては…いなかった…


 僕は善良な理解者なのだ!?と嬉しくなった。


「ゴミ袋がほしい…」


 僕はマンションの下で待ち伏せし、女性がゴミ捨てに来たのを確認したところで…その捨てたゴミ袋をすぐに回収して、持って帰って、あさった。


 何度も何度も何度も何度も何度も繰り返した。



 この頃、もはや僕は会社に行くどころではなくなり、やがて退職した。


 そうしてるうちに僕は、シュレッダーにかけられたであろうとてもとても小さな紙きれをゴミ袋から見つける。


「ついに…個人情報が書かれた紙が…見つかったかもしれない…」


 シュレッダーにかけるということは…大体…



 …僕はパズルのように…紙を一つ一つ…合わせていく…


 途方もない作業でとてつもないほどの時間がかかったが、それでも…


 復元させた…


 途中で気力が尽きてもおかしくない行為…


 僕の愛が、可能にさせた…


花村佳奈はなむらかなさん……」


 その名前が紙に載っていた。住所とともに…記載されていて…


 年齢も、25歳だと分かった。


「花村佳奈さん……っ」


 …愛する女性の名前をつぶやいて…僕は興奮が収まらなかったが…


 まだやることがあった。



 …最後に僕は、見た目と名前が一致してるかの、確認をする。


 まぁ…もうほとんどする必要はないんだが。


 ベランダやゴミ捨て場で目撃したあの姿が、部屋にそのとき偶然出入りしていた友人や親族の可能性というのを完膚なきまでにつぶすために。


 僕はSNSで… 「花村 佳奈」と検索し、下へスクロールして調べていく…入念に次々と…



 そして…しばらくたった頃。


 「佳奈ちゃんと遊園地行った♪」という文章と一緒に写真が上げられていた。「花村さんと行ったんだね!」等のリプも見つける。


 写真に写っていた女性の見た目は。

僕が目撃した女性と一致……


 証明が完了したところで…どうするのか?


 もちろん、やることは決まっていた。




『坂島謙吾にできることをしよう…』



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