第2章

第15話 思想犯


 …彼女に一体何をしたのか


 何を…してしまったのか


 僕は 過去の記憶を思い出した



 坂島謙吾の人格が形成されたのは、中学のときだった。


「キミは本当に素晴らしいよ…!!」


 壇上で大人達から称賛を受ける。


 なぜか。


 美術コンクールで 受賞したからだった。


 …当時、僕は美術部に入っていて。

そこで、美術部顧問の女性の先生をモデルにした頭部の彫像を製作し……それがコンクールで受賞することになった。


「キミは将来有望な写実主義者になれる!!!」


 周囲の大人達から拍手喝采を受けながら、賞状を受け取る。



『キミは将来有望な写実主義者になれる!!!』


 …写実主義。


 写真のようなリアルさを、至高とする考えである。端的に言えば。

写真とほとんど差がないくらいの…リアルな彫刻や絵画を、至高とする考えである。端的に言えば。


 つまり僕の彫刻はそれくらい…本当の人間の頭部と見分けがつかなかった。


 ゆえに、絶賛された。


「何か… 一種の使命感を覚えるな…」


 僕は創作に意欲をたぎらせ、高校生になっても美術部に入り、製作を続けた。


 そんなある日。僕が昼休みに…教室で、写真の人物を忠実にスケッチブックに模写してるときだった。



「あいつ気持ち悪くね?」

「何考えてるか分かんないよねー」

「気味悪いし」


 周囲からそうささやかれる。



 そのうち……机に「きもい」「死ね」とか書かれたり、筆記用具や教科書をゴミ箱に突っ込まれたり、下駄箱で上履きに虫の死骸が入ってるのを確認する。そんな毎日。


 ただ、僕は、どうすればいいのか分からなかった。こういうのは、耐えていれば自然となくなるのではという思いから、必死に耐え続けた。


 そんなある日のこと。


 トイレの個室にいたとき、上から思いっきり水をぶっかけられた。水が入っていたバケツを上からひっくり返したみたいだ…。


 直後に「いえ~い」という嬉しそうな声が聞こえた。


 僕の忍耐は限界を迎えた。そして…気づいた。こういうのは…耐えていても何の解決にもならなかったのだと。それどころかエスカレートさせてしまったんじゃないか…という気さえもしていた。



 じゃあ反撃するしかないと思ったが、正直、その加減が分からなかった。今の僕だと、相手を殺しかねない。…殺した結果、捕まるのは嫌だった。


「…何で殺したらダメとかいう法律があるんだ?」


 …あぁ、復讐の防止か?

確かにそれなら、表向きの治安は守られるだろう。表向きは綺麗な世の中に見えるのだろう。



 だが、それがどうした? 結局その理屈は、やった者勝ちではないか…。いじめた者勝ちではないかッ!!!! 被害者は泣き寝入りしろと? 苦痛に耐え続けろとそういうことか??


 冗談じゃない…。いじめた奴に限っては殺してもいいって法律を誰か作れよ…。作れよ…ッ!!!!



 そう奥歯を噛みしめながら僕は強く思った。しかし強く思っても現実は変わらなかった。


「…先生に…相談してみるか……」


 …僕自身が反撃したら相手をマジで殺しかねないという判断から、とりあえずは担任の先生を頼ろうと思ったのだった。



 ところが。

相談して1か月経っても、いじめがやむ気配は全くなかった。


 …僕はもう一度先生に相談しようと職員室を訪れた、そのときだった。ちょうど、教務主任が僕の担任に話しかけてる場面に出くわした。


「あの、~~先生。あなたのクラスでいじめが起こってるという噂を耳にしたのですが…」

「だとして、それが何です?」


 あっけらかんと答える担任。…何か、信じられない光景を目撃してる気になった。


 「と言いますと?」


 教務主任の問いに、担任は答えていく。


「そんなことを公にしたら私たちは責任を問われかねませんよ。教務主任のあなたも含めてね」

「まぁ、確かにそうですね」

「黙っておくのがお互いの身のためですよ」


 そして…「ふふっ」と笑う大人たちだった。僕は絶望した。僕は、保身目的で見殺しにされたのだった……。


 いじめた生徒にしても、この教師たちにしても、そいつらの表情からは…悪意を…感じられた……。


 相変わらずいじめが終わらないこともあって、僕は精神に限界が生じ始め、ついに両親に相談することにした。



「なぁ…母さん。僕、今いじめられてて」

「うるさい!! 今仕事で忙しいんだし、あんたの問題に巻き込まないでよ!!」


 スマホを触りながら言われる。


 …次いで、僕は部屋を移動し…


「……あの、父さん。僕、今学校でいじめられてて…」

「うるさいなぁ!! 黙ってろよ」


 そう言って父は、おそらく仕事関係であろう書類に目を通していた。


 …僕は、タイミングが悪かったのかもしれないと思って、しばらく日数を空けた後に、再び両親に相談した。


 …が。結局、反応は全く変わらなかった。両親は最初から、僕の話を聞く気は全くなかった。


 僕は、見捨てられた。



 そうして、精神がおかしくなりそうな状況のまま、僕は社会人となった。


「よくまぁ、自殺しなかったもんだな…」


 …もし僕の中での矢印が内に向いてた場合は、確実に自殺してたろうと思う。そうならなかったのは、矢印が



 つまりいじめた人間やそれを黙殺した大人たちへの憎悪や復讐心である。いずれ有象無象のこいつらを殺害してやろうという思いが、僕の生きる動機となっていた。それがなくなってしまったら僕は、ただちに自殺するのだろう。


 僕には生きるためにも、憎悪や復讐心は必要だった。


『ふふふふ……』


 やがて通行人さえもクスクス笑ってそうで憎悪を感じた。同僚や上司にも殺意を覚え、一日に複数回「殺してやろうか」と思うことも、気づけば習慣になっていた。


 こういう悪意を持った人間を殺すためにはどうしたらいいんだろうなと考えることも習慣になっていた。




 このままだと僕は狂いそうだったので、ストレス軽減目的で、アルコール度数の高い酒を飲み干すことにした。


「どこで飲もうか…」


 自宅だと、飲みすぎて翌日の仕事に支障をきたしそうだった。かといって居酒屋は喧騒が苦手で行く気がしなかったから。


 適度に人の目があって…静かなバーに……週に2、3日通った。



「マンハッタンをお願いします…」


 これは…赤く透き通った色のカクテル…で。僕の口に合っていたこともあって、よく頼んでいた。そんなとき…


「お客さん。ひょっとして、切ない恋心でも抱いてんです?」


「…え?」


 突然のバーテンダー男性の言葉に、何事だと思った。


「切ない恋心…??」

「あ、カクテル言葉ってのがありまして…。マンハッタンには、そのような意味が込められてるのですよ」

「そうだったんですか…」


 …そんなの初めて知った。


「…ははっ」


 次の瞬間には僕は失笑していた。


 なぜなら…“切ない恋心”とか、僕にはあまりにも関係なさすぎる言葉で。過去のイジメや、それにまつわる日々の憎悪も相まって、それどころではない。



 単に僕は口に合うから飲んでるというだけで。カクテル言葉など何の関係もないのだ。


 そして飲み干していくも、過去のイジメや、悪意を持った人間の表情が頭から離れない。こんなにアルコール度数の高い酒であっても忘れることはできなかった。



 その後……会社から帰った、ある日のこと。


 動画サイトのトップページで話題の動画とやらを偶然見た。

そこで僕は… Vtuberというのが流行ってると知った。


 自分の姿をリアルではないアニメ絵のようにして、つまり姿を偽って配信するというものらしい。


 そのときだった。



『絶滅させてみてはどうか』



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