第13話 犯人説


 ……恋人であるかどうか確認するタイミングが訪れたんじゃないかと…僕は考えた。


 …自身の手を、早紀の手に置いた。


「あ…謙吾くん…」


 そうして少し顔を近づけた、そのときだった。




「嫌!!!!」




 絶叫とともに、僕の視線は天井を向いた。


 突き飛ばされたと…分かった。


「はぁ…! はぁ…っ!!」


 早紀は息を荒くし、肩を小刻みに動かし…いつのまにか立っていて


 おぞましいものを、けがらわしいものを見るような、そんな憎しみにまみれた強烈で刺すような目つきだった


 これは、僕が想定していた不機嫌な表情とか、もはやそういうものではない。




 これは、恋人に対する拒否ではないのは明白だった。もはや…見ず知らずの他人に対する拒絶といっていい。


「……」


 …僕はなんだかんだショックが大きかった。なんだかんだで、早紀のことは恋人だと…信じたかったから…。


 …けど、これではっきりした。

早紀は彼女ではない…と。



 それが分かると、先ほどのショックとは打って変わり、突然清々した気分になってきた。晴れやかだった!


 なぜなら。僕が当初抱いた「タイプの女性じゃないのに本当に彼女なのか?」的な感覚は、結局は当たってたから。僕の直感通りだったのだと安心した。


「ご、ごめん!!」


 そう言って…早紀は部屋を飛び出していく。しかし数分後にすぐ、僕に電話をかけてきた。


「さっきのお詫びも兼ねて……明日、食事を作りにいきたいと思うんだけどいいかな?」



 驚いた。この期に及んで…まだ彼女であることを演じようとしてるのか……。あまりにもしらじらしかった…。


 …正直、この電話で早紀を糾弾してもよかったんだが。どうせ明日…食事を作るとかでじかに会うのだ。なら、そのときに糾弾すれば…いいか。


「分かった。明日…楽しみにしてる」


 僕は適当にそう言って、不毛な恋人ごっこをもう少しだけ続けた。明日の、その時間まで。



「こんにちは謙吾くん♪ 作るから待っててね」


 翌日。電話で言った通り、早紀は家に来て。エプロンを身にまとい、キッチンで調理し始める。


 ……以前、配信の後に夕飯を作ってくれたときは…いいなと思ったこともあったが、今となってはもはや虚無しか感じない。目の前の女性は、ただ彼女を演じてるだけ……と分かってしまった今となっては。


 その後、早紀の作った料理を軽く口にしてから…ついに僕は言い放った。テーブルの席で。


 「早紀は 僕の彼女じゃない」


 本人を目の前に、僕はそう言い放つ。


「え……謙吾くん? 急にどうしたの??」


 …動揺の表情を浮かべる早紀だったが、構わず僕は言葉を続ける。


「僕は、トマトは嫌いなんだよ」

「…え…」

「まるで今、初めて知ったとかいう感じだな? 恋人なのに、知らなかったってことか?」


 彼女ではないと思った根拠の一つ目は、嫌いであるはずのトマトを、今まさに…この食事で出していたことだった。



 とはいえ、これに関しては根拠は弱い。……「恋人でも、食べ物の好みを知らないことってあるし」とか、「嫌いなものでも…食べてほしかったから」と言われればそれまで。



 だが……早紀はこう言った。


「トマトは、克服して好きになったって…言ってたし…」


「記憶を失う前の僕がそんなことを?」

「うん」

「ウソだな。信じられん」


 今の言い分は、早紀はやらかしたと思った。というのも、僕は記憶は失ったといっても…体にしみついてるものはなんとなく覚えていた。女性の趣味はまさにそうだが。


 それで僕は、食べ物の好みに関して言うと、トマトを食べられるようになったとは思わなかった。依然として嫌いなままである。克服したとかそんな感覚は一切ない。


「ってか、食事に嫌いなもの出されたってだけで彼女じゃないとか、それはひどくない??」


 不機嫌な表情を向けられる。


「もちろん、根拠はそれだけじゃない」



 僕は写真を取り出し、早紀に見えるようテーブルの上に…静かに置いた。



「…何これ?」

「…しらばっくれる気か? 早紀が撮って、僕の部屋に投函したんだろう?」

「…はぁ?? それこそ、何を根拠にそんなこと言ってるわけ??」


「目線の高さに注目してほしい」

「目線の…高さ…?」

「これくらいの高さって…女性の身長くらいなんじゃないか?」


 室内写真に…僕が覚えた違和感の正体は、まさにそれだった。普段と見てる光景…つまりカメラ目線の高さが違ったのである。



 実際に僕は試してみた。室内を僕がスマホで撮った写真に比べ……封筒に入れられていた写真は明らかにどれもカメラ目線が低かったのである。


「そんなの、女性がやったかもってだけで、あたしがやった証明にはなんないじゃん!!」


「いや。早紀しかいない」

「どうしてそう思うわけ!?」

「…この写真は、フラッシュで撮られてるとこから見ても、明らかに夜…それも僕が寝てるときに撮影したものだ。…その時点でおかしい」

「…何が?」


 早紀の疑問に、答えていく。


「僕は、寝る前にはいつもカギをかけるんだよ。玄関に。なのに撮影した人間は、どうやって部屋に入ったんだろうな?」


「…どうやったんだろうね?」

「例えば、合鍵を持ってる人間なら侵入可能だよな。…なぁ? 早紀」

「…え…」


 僕は畳みかけていく。



「早紀なんだろ? 合鍵を持ってるの」

「そんなの…持ってない!!」

「じゃあ…どうやって部屋に入ったんだ?」

「…は?」


 僕はそのときの瞬間を思い浮かべながら言葉にしていく。


「僕の体にまたがってたとき……どうやって部屋に入った?? カギはかかってたはずだよな?」


 そして、何もあの朝だけの話ではない。深夜に、頭部の模型に赤い液体が付着してたときも、気づいたら部屋にいた。ノックやピンポンを鳴らして、僕がドアを開けたわけじゃないのに、心配する早紀の姿が…そばにあったんだ。


 こうして僕は…早紀を追いつめた。ところが――



「…カギなんて、かかってなかったよ?」

「…え」

「だから、かかってなかったんだって。謙吾くんがカギをかけ忘れてたんじゃないの?」


 ……そう来たかと思った。あくまで、最初からカギは開いてたから。だから、自分は部屋に入れたってことで話を通すつもりらしい。



 ……どうしようと思った。このまま水掛け論をしていても、キリがない。


 …だが。あともうちょっとだと思った。というのも…


「……っ」


 早紀の額には…ひっそりと汗が出ていて…。何か、焦った様子なのがうかがえた。


 あと一押しだ。そう思った僕は…

カマをかけてみることにした。


「…実はさ、監視カメラしかけてたんだよ」

「…は?? 監視カメラ??」


 早紀が目を丸くする。


「あぁ。最近、不可解な現象が多かったから…設置してたんだよな」

「…それに、映ってたってこと?」

「そうだよ。カギが開いて…早紀が部屋に侵入してくるとこや、室内で写真を撮ってる…早紀の姿もな」


 そして僕は鋭く言った。


「もう…言い逃れはできないぞ…!!」


「……」


 早紀は…静かに僕を見つめる。


 そして…


 口を開いた。



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