第10話 顔
「どこからが夢だったんだ…?」
そのとき。
押し入れから、ゴロンと音がした。
…何だ今の音?
気になった僕はベッドから降りて押し入れのほうへと行ってみる。
そして気づく。……そういえば僕は、記憶を失って以来、押し入れを開けてなかった、と。…この中には何が入ってるんだろうか。
まぁ…夢の中では僕は押し入れを開けていたし、そこにはホルマリンが入った容器が複数あったが…。
……まさか。いや、まさか。そんなわけないよな…。僕は最悪の想像を頭から振り払い、押し入れを開けた。
すると、何か…
人の顔のようなものが見えた。
「…え…」
最悪の展開が頭をよぎり、僕は、床に尻もちをついた。
今のは…人間の頭部…??
だとしたらあの夢は…夢ではなく、現実に起こったことなのか??
僕は硬直して動けなくなった……
「いや、待て……」
落ち着こうとした。
だって僕はまだ、はっきり確認したわけじゃない。
電気もつけてない、薄暗い中で見ただけ……
単なる見間違えの可能性もある。何かを人の顔だと勘違いしただけの可能性だってある。
だから、部屋の明かりをつけた状態で、はっきり確認しないと…
…だが。はっきり確認した結果、本当に生首だったら、どうするんだ…?
……恐怖が僕を襲った。
でも、だからといってこのまま…確認しないでいるわけにも…いかない…
僕は勇気を振り絞って部屋の明かりをつけた。
「……」
僕は言葉を失った。
なぜならそこには…人の目のようなものが…人の口のようなものが…
「あぁ…」
たまらずに絶叫しそうになった。
じゃああの夢は、現実に起こったことで…
僕は…殺人犯………?
これが夢なら、どれだけよかったことだろうと凄まじく思った。
ところが。しばらくしてるうちに、何か違和感に気づいた。
というのも、人間の頭部にしては…何かがおかしいというか……どうにも無機的な感じがする。
僕は近づいてよく見てみた。
「これは…石…?」
僕が人間の頭部だと思っていたものは。人の顔を模して作られた彫像だった。
…やった。生首ではないと分かり、僕はホッと一安心した。
……?
いや、これはこれでおかしい。何でこんな彫像が押し入れに…??
…それは、遠目で見ると人間の頭部だと勘違いしてもおかしくないような、それくらいにまで…あまりに精巧にリアルに作られており……もはや、美術品のように思った。
というか、その石像の顔……明らかに僕は見覚えがあった…
「写真の中の女性だ…!!」
そうなのである…スマホの中に僕が大量に内蔵していた女性の顔そっくりなのである…
僕の理想の女性が…押し入れの中に…?と幸せな気持ちになるも、一方で恐怖が襲った。
満月を見て豹変する獣のように、この石像は見続けてはいけないと思った。なので再び押し入れに隠した。
…とりあえずは落ち着いたかと思い、ふと、僕が視線を変えたときだった。
…部屋の棚に飾ってある…頭部の模型が目に入る。早紀がくれたやつだ。
その7つのうちの、真ん中の一つに…
なぜか赤い液体が付着してるのが見えた。
「……え?」
ちょうど首元のあたりに…付いてる。
あれではまるで、本物の人間の頭部を切断したから、その切断口から血が出ているようだ?
今度こそ僕は本当に動けなくなった。金縛りのように…動けなくなった。
まさかあれは夢ではなく、目の前の模型は、実際は本物の生首。
僕が殺した7人の人間の…!!
7つの模型に見つめられ、僕はまるで呪われそうな感覚になった。
…気絶したい!!! こんなワケの分からない恐怖に包まれるくらいなら気絶して意識を失いたい…!!
しかし動悸が激しく気絶することもできず、そうして目の前の模型と対面し続けてることで――
「だ、誰か…助け…!!」
僕は気づいたときには早紀に電話をかけていた。
「…謙吾くん? どうしたの?」
すると深夜の3時にもかかわらず、すぐ出てくれた。
「早紀…! 助けてくれ…! 助け…っ」
「ちょ、謙吾くん…!? どうしたの?!」
「き、来てくれ……頼む…っ!」
正直、深夜の3時に女性を来させるというのはあまりに非常識であったが、もはや僕は我を失っていた。
「わ、分かった…! 行くから待ってて!」
そうしてまもなくして、早紀は家に来てくれた。
「謙吾くん…大丈夫…??」
そばに近寄ってくれて、そのことが、僕を安心させてくれた。
「早紀…ありがとう…」
「ううん。…それで、何があったの?」
「…あ、あの模型から……血が……出ていて…!!」
「…血?」
そう言って早紀は…静かに模型のほうに近づいたかと思うと……
付着していた赤い液体を、指ですくって舐めた。
「え!? 早紀!!?」
予想外の光景に僕はびっくりした。
血を口の中に入れるって大変じゃないか!?と混乱していた僕に、早紀は告げる。
「これトマトジュースだよ」
「…え…??」
「舐めてみて、分かったの」
「そ、そうか…」
ホッとしたが、直後に言った。
「いや、もし血だったら危ないところだったんだぞ…!?」
「うーん…血じゃないって思ったから」
「え、どうして??」
「だって血だったら…もっと赤黒いでしょ? それに、固まってもなかったし…サラサラしてたからジュースかなって」
「な、なるほど…」
僕は遠目で見ただけだったから、何なのか判断できなかったが。早紀のようにちゃんと近づいて見れば、血ではないって分かったのかもしれない。
いや、だとしても。すくって舐めるのは度胸の要る行為だと思った…。でもその行為のおかげで、僕は救われたんだ…。血ではないと分かって、安心できたから…。
「でも…何でトマトジュースが…?」
「誰かのイタズラだよ」
誰かって……
誰が……
恐ろしくなった僕の手を、早紀は握ってくれていた。
「…大丈夫だから。大丈夫だから、ね…」
「さ……早紀……っ」
心地よさに包まれる感覚がして……
精神的に疲弊してたこともあり、そのまま僕は眠ってしまうのだった。
…昼に目を覚ますと、早紀はいなかった。
「帰ったのか?」
心細さを感じ、ふと玄関のほうを見ると。
玄関に何かが落ちてるのが映った。
僕は近づく。
そこには二つの封筒……
問題は、差し出し人が一切書かれてないことだった。
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