第8話 点滅


 早紀に髪を切ってもらった翌日。なぜか僕はこうつぶやいた。


「自殺するか」



 なぜ自殺しようと思ったのかは分からない。


 まぁ、おそらく、生きる意味を見いだせなくなったからなのだろう。

けれど、一人で死ぬのはなんとなく嫌だった。一緒に逝ってくれる人は他にいないのだろうか??


 こうしてSNSで自殺者を募り、すると一人の女子高生が来てくれた。



 その女性…A子さん(仮名)は、僕の家に来て、こう言った。「私を殺してください」と。


「殺してくださいって、何かあったんですか?」


 僕は自殺の理由に興味を持ち、尋ねた。


「…イジメを…受けて…それも親友から…」

「…そうですか」


 何やら事情がありそうだった。


「その…親友が、ある男の子が好きで。私は応援してたんですけど……。その男の子が、私に告白してきたんです…」


 …つまり…三角関係になったのか。いや、自殺を決意するのだから、そんな生易しい話ではないのだろうな。A子さんは…話を続ける。


「もちろん…私は断ったんですけど…。噂が広まって…。私がその男子と仲良かったから…告白された、みたいに周囲から思われて……。親友の恋を踏みにじった…と思われて……」


「それは、なんとも理不尽ですね」


 A子さんにとってはたまったものではないだろう。自分は親友の恋を応援してたのに、あらぬ噂を…たてられてしまった。


「…そのうち、親友の友達グループから、イジメを受けるようになりました。よくもひどいことをしたね、みたいに…」


「…そうだったんですね」


 そのイジメの具体的詳細は語らなかったが、おそらく相当つらい行為を受けたのだろう。


「…私が自殺を考えるようになったのは。…その親友までもが私を信じてくれなかったから…。私はやってないと言っても、信じてくれなかったんです……。そのうち、イジメに加担するようになって…それもイジメの主犯格みたいに……」


 そしてA子さんは、疲弊しきった表情で言った。「…私は…親友からも裏切られたんです」と。


 …なるほど。こうして、彼女は精神的に追い詰められ…結局は自殺という最終的方法にたどり着いたのだろうと僕は考えた。




 さて。僕はどうしようか?

助言や説得でもすればいいのか?


 例えば、「生きてたらいいことがあるよ?」とか「親に思いきって相談してみたら?」とか。そうしたら、もしかしたらA子さんは自殺を思いとどまるのか? 可能性はあるかもしれない。



 だが、そんなことはどうでもよかった。

死にたいと思った人間は素直に殺してやるのが人間の慈悲である!!


 僕は用意した睡眠薬を持ってきて、すぐにA子さんに飲ませた。


「痛みを覚えないよう…一瞬で殺してください…」


 そう言って女性は…やがて静かになる。


「…寝ましたか? 今から殺しますが、よろしいですね?」


 僕は何度か呼びかけるが、反応はない。寝息を立てており、完全に眠ってることを確認する。



 僕は、そばに偶然置いてあったロープを手に取って、それで思いっきり女性の首を絞めた。


 そして…寝息さえも聞こえなくなった。顔に手を近づけたが、実際に息はなかった。脈もない。そうなるまでの一瞬の間に、A子さんが目を覚ましたり苦しんだりといった様子は一切なかった。


「…いいことをした気分だ」


 僕は…「痛みを覚えないよう…一瞬で殺してください…」という女性の願いを叶えたんだよな。



 達成感を抱いて興奮した。




 ちょうどそのとき…僕は部屋の鏡を見る。当然そこには自分の姿が映ってるわけだが…


 …何だ? 何か違和感を覚える。

なぜなら。鏡に映った自分の髪が…伸びている。


 どういうことだ? 僕は昨日、早紀に髪を切ってもらったばかりなのに。一日で数センチも伸びたってことなのか? そんなの、人間の生物学上、ありえることなのか…??



 ま、いいか。そんな疑問はどうでもいい。


 今度は僕が自殺する番だ。




 ところが。横たわっているA子さんの遺体を見て、考えが変わった。


「頭部を切り取って部屋に飾れば僕の彼女にできるのでは?」


 何か頭部を保管できる入れ物はないだろうか??


 そう思って押し入れの中を探してると、なぜかホルマリンの入った複数の容器がある。


 本来ホルマリンは標本作製に用いられる溶液のはずだが、なぜこんなに多量に押し入れにあるのだろう。そういえばさっきのロープもどこから出現したのだろう。何か誘導されてる感覚がしたが、気のせいだろう。



「頭部は、人間の象徴である!!!」


 急に僕は叫び出した。


 文化人類学において、古代から頭部は人間の象徴である。証明されている。副葬品や壁画を見ても、頭部を象徴してる痕跡がある。


 Vtuberもそうである。雑談や実況でも、頭部をメインに上半身だけが画面に映っている。頭部こそが、その人物を識別する象徴だからに他ならない。


 人類の普遍的感覚にならい、僕はA子さんの遺体を風呂場へと運んだ。この遺体を、これから僕は好きに扱う。


「A子さんの所有権は僕にあります」


 この女性は死んだ時点で自己決定権を失い、所有権は看取った僕に移る。別に彼女から生前に、「死後に自分の死体を好きに扱ってはいけない」という遺言も受け取ってはいない。



 だから僕は何をしても問題ないし、そういうわけで僕は今から首を切断しようと思った。火葬だって、生きたまま焼いてるならただの焼殺だが、要は死んだ状態で燃やすから問題ないのであって。つまり首の切断も、生きた状態でするなら問題なのだろうが、死んでるなら問題ない。



 さっきから何を言ってるのかよく分からなかった。


 ……というか


 昨日と比べて一体どうしたんだ僕は


 まるで


 人が変わってしまったようである



「ともかく作業に集中しよう」


 鋭利な刃物で、僕は丁寧に首を切断していく。


 おびただしい量の血が、飛び散っていく。


 この作業は、風呂場でやって正解だったな。リビングでやってたら大変なことになってた。


 さて、胴体のほうは、これからどう処理しようか…



 それから数時間後。僕は頭部を、部屋の棚に飾っていた。ホルマリンの浸った容器に入れて。すなわち、人間標本なのであるが。


「あぁ、素晴らしい」


 見つめてると凄まじく興奮し、僕の感情を高めた。彼女とは今後も一緒である。


 ところで。この棚には…元々、早紀からもらった7つの頭部の模型が飾ってあったはずなのだが…


 なぜか朝起きたら…消えてたんだよな。


 ? 理由は分からないが、都合がいいので空いたスペースを利用させてもらったんだ…。実際の生首を置く場として、清々しく利用させてもらおう。


「…そろそろ胴体を運ばないと…」


 僕は、黒い袋に入れた胴体を、車のトランクに載せ…発進する。山林に埋める予定だった。



 時刻はもう夜になっていて。



 …このとき外は…雨が降っていた。都合がよかった。万が一通行人がいても注意力が散漫になり、穴埋め作業も気づかれにくくなるだろうし。


「ご協力お願いします…!」


 途中、警察の検問に遭ったが、僕は別にあわてなかった。

こういうことがあってもいいように、仕事帰りのリーマンを装うことにしてたから。スーツにネクタイ姿。


「ご苦労様です」


 僕は自然に挨拶し、問題なく通過した。



 …通過したのはいいんだが、どこの山林に行こうか悩んだ。



 …近くの山林に遺棄してしまうと、土地勘があると疑われ、近隣住民が疑われる可能性がある。


 かといって遠くの山林だと、逆に土地勘がないせいで、周辺住民に埋めてるところを目撃される可能性がある。近くに民家があったとかランニングコースになってたとかで。


 つまり、どっちにしてもリスクがあるのなら、僕は近くの山林へと行くことにした。そのほうが労力も少ない。


「……ホントはもっと切り刻むべきだったんだろうけどな」


 それで焼却処分にでもすれば確実なのだろうが、それをする体力はあっても気力がない…。


 頭部の切断は僕の愛があったから苦にもならなかったが、胴体の切り刻みを好き好んでやる人間がいたら、そいつはただの猟奇殺人犯であり、単なる異常者である。


 なお、僕は異常者ではない。




「このへんでいいか?」


 やがて適当な山林にたどり着き、僕は車を降りる。


 そして… 黒いレインコートを羽織った。人から視認されにくくするためだった。そうしてショベルを持って穴を掘り、雨に打たれながら遺体を埋めた。


「…帰るか」


 時間をかけて誰かに見つかるリスクを高めたくなかった関係で、そこまで深く掘ったわけでもない。この程度の深さなら、いずれ見つかるのは時間の問題なのだろうなと他人事のように思った。



 家に戻った頃にはすでに深夜になっていた。


 というか僕は…遺体の処分をしてる場合なのか?


 パソコンのほうへ急いで向かう。


 だって僕は…毎日19時配信をしないといけないのに…


 ……


「…というか、何でパソコンが点滅してるんだ…?」



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