第6話 No Nameさん
「もしもし…?」
僕は早紀に……電話をかける。
白谷早紀が…何者なのか……もっと知っておきたいと思ったから。
すると、その人物は出てくれた。
「……謙吾くん? 珍しいね。そっちからかけてくるなんて」
「そ、そう?」
「うん。いつもはあたしが積極的って感じで、謙吾くんのほうから何かするのってあまりなかったし」
「…そういえばそうだったかもな」
確かに、今までは自分のことで精一杯だったこともあり、早紀に対しては自然と受け身になってたのかもしれないな…。
「…で、あたしに何か用?」
「えっと…早紀について知りたいと思って…」
「…あたしの何が知りたいの?」
「……」
そこで僕は言葉に詰まってしまう。
早紀について知ろうと電話をかけたはいいものの、具体的に何を聞くかまでは…そういえば決めてなかったから…。あまり好き放題にプライベートな質問をしすぎても、それはそれでデリカシー云々の問題になってくるかもしれない。
とりあえず僕は、自分が以前会社に勤めてたという…
昨日の話をふいに思い出して、職業の話をしてみることにした。
「早紀は今……どういうことをしてるんだろうと思って」
「…もしかして職業の話?」
「あぁ」
もしかしたら大学生や家事手伝いとか様々な可能性もあるが、とにかく聞いてみることにした。
「美容師やってるよ」
「…美容師…」
…言われてみて違和感は全くなかった。
……というのも美容業界ってのは…僕にとって悪い意味でまぶしいくらい明るい職場…という印象だったから。
そこに早紀のようなオシャレな人間がいても、特段おかしいとも思わなかった。むしろ溶け込んでるっていうか、自然にすら感じる。笑顔でお客さんや同僚と会話し、髪を切ってる光景が浮かぶ。
……そんな感傷に浸ってたときだった。…数秒の間を置いて、早紀に電話で言われた。
「…あ、せっかくだから…謙吾くんにプレゼントしちゃおっかな」
「プレゼント?」
「うん。……今日の夕方過ぎに持っていくけど…大丈夫?」
「別にいいけど…」
外出予定もなかったし、OKした。
…こうして夕方過ぎに…早紀が家にやってくる。
「プレゼントってのはね…これ」
大きな袋から一つずつ取り出していく。
人間の頭部を。
「え…?」
一瞬、何が起こったのか分からず、僕は思考停止した。
しかしよく見ると、それはただの模型だったことが分かった。作り物の、頭部の模型である。
「な、何なのこれ…?」
それはそれで僕は動揺した。…たとえ作り物と分かっても、こんな物を持ってきた早紀の意図が分からない……
「これはね。あたしが家で、美容師の練習に使ってたものなの」
「練習……?」
「うん。髪を切ったり、頭を洗ったりとかね」
「…なるほど」
そういえばこういう模型って…美容室に置かれてるの見たことがある気がする。
「でも、もう使わないから。謙吾くんにあげようと思って」
なぜそこで僕にあげようと思ったのか、分からなかった。…明らかに普通ではないプレゼントに僕は困惑した。
けど…曲がりなりにも彼女からのプレゼントを無下にするわけにもいかず、僕は厚意とともにそれらを受け入れた。…7つもある。
…全部で7つの頭部の模型を…
部屋の棚に飾ったのだった…。
「どう? 部屋に何人もいる感覚になるでしょ?」
「まぁ…確かに」
にぎやかでしょ? ってことを暗に言いたいのだろうか…?
……それにしても…じっと眺めてて思う。最近の模型ってのはよく作り込まれてるんだなぁ。実際の生首が混じっててもすぐには気づかないかも。
「あ…。そういえばもうすぐ…配信の19時だな」
「…ねぇ。今日はあたし、後ろで見守ってていい?」
「え。今日は早紀がいてくれるの?」
「うん。…ダメかな?」
「そんなことないよ。むしろ心強いし」
記憶喪失になったばかりなのもあって、誰かがそばにいるのは心の安定になった。
こうして僕は…
早紀と模型の、計8人に見つめられながら…19時配信を開始する。
マイクをONにし、口を開く。
「今日もやっていきますよ。…あ、もう待機してくれてる人がいたんですね。とても嬉しいです」
早紀は…後ろで椅子に座って、両手を膝の上に置いて……。特にスマホをいじったりすることもなく、僕のほうを優しい笑みで見てくれていた。
…ところで今日は、No Nameさんは来てないようだった。あのコメント…『窓からはどういう光景が見えてる?』と投稿した人…。
なお、カーテンはあの日以来…閉めてる。夜に限って。
たとえ僕の見間違いだったとしても、向かいのアパートにまた人影のようなものが見えたら気味が悪いからな……。
「謙吾くん。配信お疲れ様♪」
「あぁ、ありがとう」
なんとか今日も、無事配信を終えられた。
「…見てて、どうだった?」
「よかったと思うよ? ただ…もうちょっと質問にスムーズに答えられたらいいかもね」
「そうだよな…」
実際に今日、『趣味は?』とリスナーに質問され、とっさに答えることができなかったんだよな…。
言い訳をすると…。僕は記憶喪失で、そもそも自分の趣味が分からないのだ。だから、「うーん…」と結局言葉を濁すしかなかった。いっそ、何か適当に答えればよかったのかもしれない。
「なんてね。謙吾くん頑張ってるし、今日はあたしが夕飯作ってあげるね」
「え… いいの?」
「ん。任せて?」
早紀は持ってきていたエプロンを身につけて、キッチンに立って…料理をしてくれる。
…持ってきた…
その事実に僕は目を見張る。ということは早紀は、最初から今日、料理をするつもりで僕の家に来たってことになる。
その好意を…素直に嬉しいと思った。
「早紀…」と僕は呼びかけ、包丁を持っている彼女が振り返る。
「ありがとう…」
「そんな。どういたしまして♪」
…タイプの女性じゃないと思ったこともあるけど、こういう恋人がいて、もしかしたら僕は幸せなのかもしれない…
やがて夕飯はできて、僕は…食していく。
「う…うまい……。とてもおいしくて……」
「ふふふ」
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