第11話

「台風だねえ……」


 夕食後に、いつものようにニュース番組を見ていると、台風の話が始まった。


 来週の火曜日から水曜日、台風が通過するらしい。


「私は徒歩通勤だからまだましかもしれないけど、電車通勤のべにはは大変かも」


 夕占ゆううらさんがテレビを見ながら、気楽に話す。


「そうだね。だから台風があまりひどくならないでほしい」


 べにはの仕事が大変なこと、それは覚えている。


 だからべにはにこれ以上余計な負担をかけないよう、台風の被害があんまりひどくならないといいな。


「そういえばもうすぐパラリンピックが始まるらしいよ。パラリンピック、もみじは興味ある?」


 情報が少ない台風の話に飽きたのか、夕占さんは話を変える。


「パラリンピックって、スポーツをする余裕がある人のためのものでしょ? だから私やべにはには関係ないよ」


 私やべにはは精神障害しかないのもあって、パラリンピックとは無縁だ。


 パラリンピックは身体障害者メインだからね。身体障害者ってほら就職先に障害者雇用における勝ち組らしいし、それでいてスポーツを頑張れば評価される。ひょっとしなくても身体障害者って障害者の中では有利なほうかもしれない。本当のところは分からないけど。


「精神障害者スポーツはないの?」


「分からない。そもそも大事なのは仕事でしょ? 仕事をしてお金を稼ぎ、自立した生活を営む。それで忙しいから、スポーツなんてしている余裕がないって」


 まあ例外はあるけどね。確かある発達障害者さんは休日に自転車で遠くまで出かけることが多いらしいから。人によって、人生でできることは違うかもしれない。


 でも私にも、べにはにも、スポーツをする余裕はない。それも事実だ。


 だからこそ、パラリンピックで障害者のことを分かって欲しいとは全く思わない。あんな勝ち組の人達のことを知ったとしても、障害者のことを理解できるわけがない。


「まあね、もみじやべにはがスポーツするってイメージない。2人とも家でのんびりしているのが似合っているよ」


「そりゃそうでしょうね。そもそもべにはには性別の問題もあるからね、スポーツなんてなおさら縁遠いよ。私は週一しか起きていないし」


 べにははトランスジェンダー男性だから、女性としてスポーツをすることも男性としてスポーツをすることも難しいらしい。まあべにははスポーツを楽しみたいタイプじゃないから、別に問題はないらしいけど。


「確かにべにははオリンピックやパラリンピック嫌いだし、スポーツなんてしなさそうだから、別にいいか。それにきっと、スポーツなんて関わらなくても生きていけるよ」


「そうだよね。スポーツがなくても大丈夫」


 世の中きっと普通に生きていければ良い。そしてその普通にスポーツは入っていない。


 それがいいんだ、きっと。それしか選べないんだ。

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