第5話 文披31題 Day19 トマト

 みずみずしく生のトマトを夕占(ゆううら)さんは嫌う。そんなわけで、食卓に登場するトマトはしっかりと煮込まれて、形とすっぱさを完全に失った状態になっている。


「トマト煮おいしい。コンソメと鶏肉の味の相性がばっちり」


 コンソメと鶏肉から出たコクというか出汁が、潰れたトマトとなすびの個性を殺しているような気がしなくもない。でもおいしい。


「そうでしょう。トマトは生だとすっぱくて食べられないけど、こうやって煮込むと他の味とあうから、好きなんだ」


 夕占さんはにこにこと食事をすすめる。


 私は薄くなければ、まずいと思うことはない。そこで生のトマト特有の酸っぱさが嫌いってわけじゃない。でも一緒に同居する夕占さんが生のトマトを食べることがないから、それに合わせて私も食べなくなる。ただそれだけの話。


「そういえば珍しい。もやしがサラダとして出てくるなんて」


 トマト煮の話からそらすために、レタスの横に並んだもやしを話題に出す。


 このもやしはゆでただけらしい。今までもやしはお味噌汁に入っていたり炒め物に入ったりすることはあっても、こういう風に単品でサラダとしてでることがなかったのだ。それを考えると、かなり珍しいことかもしれない。


「もやしは安いから、便利なの」


 確かにもやしは安い。べにはと夕占さんの稼ぎで生活しているうちは、そんな生活にお金をかけることができるわけじゃない。そこで安いのは大事なはず。


 それなら今までの食卓でも、何度か出ていてもいいはずだけど。そうじゃなかったから、珍しいのだ。


「そういえば今日はいつもと違うね。いつもはこの時間帯、ニュース番組してない?」


 もやしの話題も打ち切るために、私はテレビを見る。


 つけっぱなしのテレビでは、歌手が歌っている。大体いつもこの時間帯はニュース番組をしている印象があるけど、今日は何で違うのかな?


「今日は夕方のニュース番組、いつもよりも短くて30分までなの。それで今は音楽番組の特番をしている」


「そうなんだ」


 別に好きな音楽はないので、聞き流す。


 最近はボカロ曲から韓国系だったけ、とにかく多様な音楽がある。でも別に私は音楽に興味があるってわけじゃないので、どうでもいいや。


「そういえば今企業向けのパソコンがトラブル発生しているんだって。なんかさっきべにはが愚痴っていた」


 夕占さんも音楽には興味がないらしく、別の話を始める。


「それ大変だよね。確かインターネットが使えなくなるトラブルだったっけ?」


 インターネットが接続できなくて仕事にならないって感じの記憶、それが私にはある。これが本当か嘘かは分からないけど。


「インターネットのトラブルじゃないんだって。なんかブルースクリーンが何度も出てきて、パソコンが全く使えなくなる感じのトラブルらしい」


 そういえばそんな気もする。だけど正しいのは何か、記憶を探っても分からない。


「へーそうなんだ」


 適当に答えて、トマト煮を口に運ぶ。曖昧な記憶、不安定な世界。それでもトマト煮だけは、変わらずにおいしい。

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