第4話捜索

義賊との邂逅から一日が経った。商人の地下にあった奴隷市場は解体され、参加者は大方検挙された。しかし、リベルタによる全力の捜索にも関わらず首謀者であったはずの禿げ頭の商人はいまだに見つかっていない。この事件はまだ完全に解決したとは言えなかった。俺たちが住んでいる国、アーリエスでは十年前から奴隷を取引すること、所有すること、持ち込むこと奴隷制度に関するすべてが禁止されている。しかし表立って、奴隷制度廃止に異議を唱える者こそ、ほとんどいなくなったものの、裏では元貴族や商人たちで欲しがっているものも多いと聞く。アーリエス国内での王の交代に伴う奴隷制度の廃止は大きな混乱が巻き起こることとなった。周辺国が奴隷制度を維持している中でのそれは国内外に大きな論争を巻き起こしたらしい。

この事件も氷山の一角であるといえるだろう。そして、あの義賊は奴隷市場の発見を目的として動いているようだった。謎は深まるばかりだ。

俺はというと義賊は逃したものの、奴隷市場を発見した功績で逆に評価が上がることとなった。運がよかったということにしておこう。




面倒な書類仕事は苦手なので、S級の権限を使って昨日の出来事に関する書類をすべて事務員に押し付けたあと俺はいつも使っている修行場所にやってきていた。主にゴブリンやタラテクトなどという魔物が大量発生している森の中の洞穴である。

ゴブリンやタラテクトだからと言って、侮ることなかれ。研究によって、彼らには十歳児並みの知能と成人男性に匹敵する力があることが判明しており、ゴブリンやタラテクト一体でも一般市民には十分な脅威となりうるのだ。訓練を受けたゴブリンならその実力は成人男性三人分にも匹敵するといわれている。それが基本的に集団で動くのだから大変厄介なのである。加えて、魔物という生物はすることがある。進化というのは昆虫でいう羽化のようなもので、突然普通のゴブリンが繭に包まれ、その約一日後に成長した姿で出てくる。特に進化後のゴブリンは、キングゴブリンなどと呼ばれるが、彼らの実力は以前までとは比べようもなくリベルタでもB級隊員に匹敵するといわれている。以上のことから、ゴブリンといってもなかなか簡単に倒せるわけではない。特に、俺が向かう洞穴は入り組んでおり、なかなか高位の隊員でないと危ない場所となっていた。定期的に俺が掃除をするという名目でここを訓練場として使わせてもらっていた。

「お疲れ様です」

洞穴を見張っている者たちに声をかけ、扉を開けてもらう。俺は刀を構えた。

「はっ!!」

 意気揚々と出てきたゴブリンたちを俺の刀が一刀両断にする。緑の潜血が宙を舞った。

「うげえええええええ」

ゴブリンたちのうめき声が耳につく。それを気にすることはなく、どんどんと斬り進めていく。縦、横、斜め、輪切り、頭狙い、足狙い、手狙い。一つ一つの戦術をゴブリン達で実践していった。一時間が経っただろうか、洞穴にいたモンスターは全員狩りつくしていた。

「こんなもんか」

人助けをしながら、自身の鍛錬もできるというのは大変気持ちがいい。目の前で倒れているゴブリンやタラテクト達も俺の実績となることができて本望だろう。




その帰り道のことだった。いつものようにお肉を近くの肉屋で買い、家で料理しようと歩いていたら、ある少女から声をかけられた。

「こんにちは、S級隊員のアギアスさん」

銀髪碧眼の女だった。スレンダーな体をしているが、しっかり鍛えられていることがわかる。髪は短く切り揃えられていて、鼻筋が高く整った顔をしていた。おそらく十代後半から二十代前半だろうか。この女が道を歩いていたら間違いなく、人目を惹くだろう。

「君は誰だ?」

だが残念ながら、俺には見覚えがない。いつか冒険者ギルドで話したことがあるのだろうか?

「私は……アリスとでも言っておきましょうか」

どうやらアリスという名前らしい。

「それで、アリスさんが俺に何の用だ?なにかについての依頼だったら、冒険者ギルドを通して言ってほしい。金は高くなるかもしれないがそっちのほうが確実だぞ」

その言葉を聞き、目の前の女はこちらを訝しむよう表情をした。

「(本当にきづいてないの、この男。わざわざわかりやすいように声もあの時と同じ声を使っているのに。鈍い男だわ戦闘以外はてんで駄目だという話はどうやら本当みたいね)」

目の前の女がなにかブツブツと小さく呟いているのがわかったが、俺にはなにをいっているのかわからなかった。ただ、少しがっかりしてそうだ。

「あ~言いたいことがあるなら早く言ってほしいんだが」

今度は狐に包まれたような表情になった。そして、俺の耳に口を近づけてこう言った。

「昨日、会いましたよね。姿が変わったからわかりませんか?」

そのセリフを聞いて、俺はようやく悟った。目の前の女がマンキューと呼ばれている義賊であるということを。

「ふむ、じゃあ改めて。何の用だ?」

俺は一応周囲を見渡してからそういった。

「あら、捕まえなくていいんですか?私。お尋ねものですよ」

「お前を捕まえることは今の任務ではない。俺は無駄なことはしない主義なんだ」

俺は目の前の女がやっていることが間違っているとは思っていない。むしろ、好ましく思っている。

「じゃあ、今の私はあなたにとって守るべき一般市民。そういうことですね?」

「……間違ってはいない」

俺が立ち止まると、女も立ち止まった。俺の目線の前にある建物を指さす。二階建ての俺の家だ。

「入れてくれませんか?あなたの家?」

俺の頭は混乱し始めた。













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