何にも私ははまれないかもしれない

『私『NARANARA』の春太はるたくん推しなんです』


 赤く染めた髪、緑の洋服。そんな少女がテレビのインタビューを受けている。


 私は『NARANARA』のことはよく知らない。


 多分『NARANARA』は男性アイドルグループで、大きな問題を起こした事務所に所属していたはずだ。アイドルが特別好きじゃない私は、これ以上のことなんて知らない。


 そこでテレビに映っている少女ほど、私は『NARANARA』のことが好きじゃない。


『推しの好きなところはどこですか?』


『フラフラとしているようで、しっかりしているところです。同じ関西出身の南歩なほくんとは対等にわいわいしているけど、年下の檸檬れもんくんや杏子あんずくんのいいお兄さんポジションで、頼りない北和ほくわくんのサポートもちゃんとしている。そこが春太くんの好きなところです』


 この少女ほど生き生きと、私は話したことがあるのか? 恐らくそんなことはない。


 世の中辛いことと苦しいことがメインだといっても、少し楽しいことくらい私にもある。でもこの少女ほど、好きと思える人や物は私にはない。


 当たり前だけど、仕事をしているから考えることに疲れてしまう。そこで好きな物をとことん求めていく元気が、ただ私にはないだけだ。


 そんなことを考えつつ、ぼんやりとテレビを見る。


『私は『ハイドランジア』のファンです。好きな曲は『わたがし』で、ふわふわとした絶望が好きです』


 気がつけば、会社で聞いたことがある話になっていた。


 確か会社には『ハイドランジア』で活動している社員が、かつて在籍していたらしい。しかもその人は私と同じ障害者雇用で奈良の就労移行出身だった。それもあって、私はその人のことを忘れられない。


 とにかく私は『ハイドランジア』とは無関係ではいられない。普通の人と同じように働き、特別視されるような仕事をしている人が、障害者雇用で単純作業をしている私と同じではないかもしれない。でも共通点が多すぎるから、私は『ハイドランジア』に所属している私と同じ会社で働いていた人のことを無視できない。


 さーてこれから私はどう生きるかは決まっていない。同じ会社で働いていた『ハイドランジア』の人のように特別な生き方を、私はできない。


 でももう少し、今のような生活が続くといいな。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る