あけてくれ!!

夢原幻作

第1話 不思議な乗客


「自分は昨日、不思議な夜行列車に乗ってしまったんですよ」


「それは、銀河鉄道のような素敵なものでしたか?」


「いいえ。全然。忘れたいくらいですよ。でも、脳から離れんのです」



 僕は新聞記者。名も無き記者である。


 目の前の男は、どうも精神病を患っていて、昨日、不思議な汽車に乗ってしまったのだと言う。

いろいろ思うところはあったが、僕は取材を続けていく。


「それが、施設で暴れたことと、何か関係があるのですか?」


「大ありですよ。なぜなら俺は、その列車内で、鳥人間に会ってしまったんですから。だから、人間に警告しなければ、という想いから居ても立っても居られなくなって、気づけば暴れていました」


「すみません。意味が分からないので、もう少し詳しくお願いします」



 果たして…責任能力さえ怪しいこの、目の前の男に、取材すること自体に、意味はあるのかと一瞬考えそうになったが。


 僕は、上司から取材するように言われている。ゆえに、淡々と聞いていくだけなのである。内容ではなく、行為が重要なのである。


 ―――――――――――――――




 …精神病患者 第四十六号。それが俺の名前であって。


 物ごころついたときには、山奥の施設に閉じこめられていた。

なぜそうなったか、経緯は知らない。




 聞くところによると、何やら精神疾患が起こり、傷害行為に及んだそうである。

だが、俺にはその記憶がねぇ。ゆえに濡れ衣だ。俺は不当に拘禁され、監視されている。


「俺は、何者にも縛られない!」


 生活の窮屈さに限界を感じた俺は、ついに施設を脱走する。山を駆け、谷を走り、そしてどれだけの時間が経ったのだろうか。気づいたときには無人駅へと侵入していた。



 チャンスだ。このまま列車が来て、俺をどこかへと連れてってくれねぇか。

そんなことを考えたが、直後に自嘲した。


 今はおそらく深夜で、さすがにもう列車は来ないはずだから――



 ――……



 ふと、耳鳴りがした。いや、無駄に緊張感を煽るこの音は。踏み切りだ。これは、踏み切りが閉じる音だ。


「まさか」


 こんな時間帯でも、列車は来るというのか。今日の俺はツいているな。案の定、線路に“普遍的な”列車が入ってきて、俺は特に警戒もせずに、乗った。乗ってしまった。



 やがて、その乗り物は出発した。 





「やぁ。人間のお客さんなんて、珍しいじゃあないか」


 横から柔和な声をかけられた。

なんだ? 俺以外にも乗客がいたのかと、そちらを振り向くと。


 スーツ姿のリーマンがいた。ところが、顔は毛むくじゃらで、口には黄色いくちばしが付いていた。すぐに思い浮かんだのは、鳥人間のイメージそのものだった。



 目の前の存在は、鳥人間だった。



「ば、化け物!!」

「化け物だって? どこにそんなものがいるというんだい?」


 穏やかな調子で返される。自分が化け物呼ばわりされているという自覚が、この男(?)にはないようだ。


「お前以外に、誰がいるっていうんだ」

「なんと。僕のことを指していたのか。心外だな。なぜ?」

「顔が鳥だからだ!」



 そのとき、予想外のことが起こった。俺は、呆れられたように、鼻で笑われたのだ。 



「昨今の人間社会はー、グローバル化の進展もあって、多文化主義が進んでいると聞いたが。まだキミのような人間もいたのだね? 見た目なんてそんなの些細なものじゃあないか」


 そうして温かい笑みを向けられた。

なぜか俺はムシャクシャし、声を荒げていた。


「ふざけるな! 鳥人間なんて見たことも聞いたこともない…」

「そんなことより、窓の外を見てみなよ。夜景が、綺麗だよ?」


 話題に誘導される形で、俺は何の気なしに窓のほうへと視線をよこす。

眼下には高層ビルの光やネオンが見えていた。キラキラしていて、幻想的で、惹きつけられそうで、印象的で。これは確かに、夢の世界に迷い込んだかのような、素晴らしくて素敵な光景だ。



 だがそれ以上の感覚が俺を襲った。

これではまるで、飛行機から眺める光景ではないかと。



「この列車は… 空を飛んでいるのか?」

「凄いだろう? 技術力もここまで来たのさ。おかげで、僕たち鳥人間は、空を飛ぶ必要がなくなったのさ」


 ありえない状況に頭がおかしくなりそうだったが、同時に、新たな疑問もわいた。



 そういえば、この鳥人間には、翼がない。鳥であるなら在って当たり前の翼が、ない。


「……翼は? 退化して、無くなったということか?」

「ご名答。そりゃ、使わなければ、やがて消えて無くなるよね」


 平然と言い放つ鳥人間に、俺はある種の戦慄を覚えた。


「…なぜそんなに悠長なんだ? 翼は、鳥にとってのシンボルじゃないのか?」

「さっきも言っただろう? 見た目なんて些細なものだよ。形がどれだけ変わったって、内に秘める魂の輝きは永遠だからね♪」


「は?」


 つまり、外面より中身が重要ということか?

だが、“魂”という言葉を使っているあたり、これはそういう次元の話じゃない気がした。



 そんな俺の動揺が伝わったのか、鳥人間は再び、俺を包み込むような温かい眼差しで…話を続ける。



「キミたちにとって分かりやすく話すなら、それは足だ」

「足?」

「昨今の人間社会の技術力の進歩も、また素晴らしいものだよ。移動手段はどんどん進化していくし、最近だと人工知能、AI(エーアイ)を駆使した車も開発されてるらしいじゃあないか。やがて身近な移動もAIに任せられれば、足なんて必要なくなるのさ」


 つまり、やがて足は退化し、人間から消えて無くなるということなのだろうか。


「何を動揺しているんだい? 恐れることはないよ…。やがて来たるべきそのときに向かって……夜を移動しよう……」


 俺は、よく分からない焦燥感に襲われ、気づいたら列車の窓を叩いていた。叫びながら。




「あけてくれ!!」




「安心しなよ…。そのうち夜は明けるし。ドアも開くから。さ?」




 そんな鳥人間の穏やかな声を聞きながら、意識は暗転していった。




 そして俺はベッドの上で目を覚ます。どうやらここは、施設の中らしい。俺は無事、帰ってこれたらしい。だが、安堵してもいられない。なぜならこのままだと人間は…


「このままだと人間は足がなくなるぞ? ……足がなくなるぞ!」


 俺は、居ても立っても居られなくなったのだった。そのうち職員が部屋に入ってくる。


 ―――――――――――――――




「正直、思うがままに体を動かすのもどうかと思ったので、手段を変えることにしました」


「…というと?」


 新聞記者である僕の、疑問の声に呼応するかのように…男はいくつかの画用紙を取り出す。そこにはイカやタコが大量にクレヨンで描かれていて。なかなかに衝撃的な光景である。



「あなたが描いたんですか?」


「はい。足が多い動物を描くことで、足を意識させ、人間への喚起につなげようかと! あ、クモも足は多いし、あ、ムカデを描くのもいいかもしれませんね!」



 取材は、もう十分ではないだろうか? 僕はそう判断し、適切であろう言葉を男に投げかける。



「あなたのイラストは、きっと人間社会を救いますよ」


「そう思いますか? 実は、俺もそう思ってたんですよ」



 この男が満足そうなら何よりであると僕は思う。どういう目的であれ、活き活きとした目を、輝きを放つ瞳を持つことは、悪いことではないはずだから。


 そうして僕は、白い部屋を立ち去り、その後、自宅へと帰る。




 ふと。取材で出てきたAI(エーアイ)という単語に触発されて、僕は部屋にあるパソコンを開いていった。


 それに搭載されているAIに… 面白半分に尋ねていった。


「鳥人間っていると思うか?」



 もちろん、そんな存在、いるはずがない。


 だから、こんなバカげた質問にAIはどう言葉を紡ぎ出すのか……




『いるかもしれませんね』




 光景が明るく、なった気がした。






 終



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あけてくれ!! 夢原幻作 @yumeharagensaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画