第3話 殺人鬼
『ニュースをお伝えします。
昨夜未明、――にあるトンネル内で、男性の遺体が発見されました。被害者は都内在住で会社員の、斎藤洋樹さん。27歳。警察の発表によりますと、首に縄のような跡が見られ、絞殺されていた…とのことです。このトンネルでは…つい数日前にも殺人事件が起こったばかりで、警察は同一犯による犯行として捜査を開始しており…――』
「あははっ」
私はテレビ報道を見て、悦に浸っていた。
あまりにもうまく行きすぎてるから。
確実に男を殺せてる。
確実に、トンネル内に入った男を殺せてる。
「一人目なんか隙だらけだったよねえ…?」
向こうから好意的に…「おーい! キミ…!」とか言ってきたから。トンネル内で迷った女性の振りをして男についていって、その途中で前方を歩いてた男の背中を、思いっきり包丁でブッ刺して殺した。
あまりに突然だったから、私に殺されたこと自体に気づいてないかもねえ…? おそらく即死だったと思う。いや、悲鳴は上げてたから激痛は走ったかもね?
「二人目も竹刀なんか持ってきちゃってさあ」
具合が悪い振りをしてうずくまってたら、勝手に油断してきたから。「はい……大丈夫です……」と言ってから、腹に高圧電流のスタンガンを押し当てた。後はそのまま、痙攣していた男の首に、用意していたロープをひっかけて、絞殺した。
「恵美……。私…あなたのために頑張ってるよ…?」
部屋に飾ってあった遺影に私は話しかける。
そこには亡くなった妹の写真。
妹の無念を晴らすためにも…私はもう止まれない!!!
―――――――――――――――
それは、忘れもしない十数年前の…大学生だったときの出来事。
私……
「お姉ちゃん…」
「ん?」
「…やっぱり廃トンネルって…雰囲気あるね?」
「…そうよねぇ」
そんな会話をしていたら、夏ということもあって、のどが渇いてきて。
「ね、恵美。のど渇かない?」
「あー、確かに」
「さっき来る途中に販売機見つけたから、ちょちょいと買ってくる」
「え、あたしも一緒に行くよ」
「すぐ戻ってくるから。恵美の分も買ってくる」
そう言って私は、一人で走って買いにいき……
そして5分も経たないうちに、妹のいた場所に着こうとした… まさに、そのときだった。
「いやぁ…!!」
妹の悲鳴が…聞こえた。
私は急いでその声の聞こえた方へと向かった。すると…
妹が…恵美が…
「助けてッ!!!」
男3人に無理やり体を引きずられる恵美の姿があった。そのままトンネルの中へ…――
な、何が…起こってるの…?!
異様な光景に体がガタガタ震え出し、けれど一刻も早く何かしないといけない恵美を助けないと!!!という思いから、すぐにスマホを取り出し警察を呼ぼうとした。
が…圏外と表示される。
「何で…こんな…!!」
ここが僻地だから…!? 何で…何で通じないの!!?
なら…私にできることは…直接助けを呼びにいくこと…!! この廃トンネルに来るまでの道に民家があった記憶はあるから、そこに急いで行こうと思った…
まだ間に合う…間に合ってお願い…っ!!!
私は全力で走っていき、時間的感覚も忘れ…でもおそらくは10分も経ってはいなかったと思う…
民家に入った私は急いで助けを求め、警察を…呼んでもらった。
けど、それでじっとしていられる私じゃなかった。警察が来るまでの間に恵美は…!?
気づけば家を飛び出し、私単身で廃トンネルへと再び戻り…――
妙だと思った。一切の音がしない。
恵美の悲鳴も、男たちの声も聞こえない。まるで…何もかもが終わった後のように…?
「え…恵美……?」
私は…動悸が激しくなりながらも一歩一歩トンネル内へと入っていく……
すると次第に……臭いがした…
――男性の香り――
…何が起こったのかを物語っていて…
「あ……あぁ……」
声にもならない声を私は上げる。
恵美が……
まるで物であるかのように倒れていて
仰向けに…苦渋の表情で…
衣服は乱れに乱れていた。
これは…現実なの? 私は、気を失いそうになった。
「ね、ねぇ…恵美…? ウソでしょ…?」
顔に近づき、息を確かめるも…すでに無かった。
そこで…私は気づいた。……得体の知れないアーモンド臭に……顔にかけられた液体…に……
これってまさか…
…青酸カリ…?
何で…?
……男性の香りを……アーモンド臭で消すため…? それとも…愉快犯的にってこと…?
どちらにせよ卑劣で…想像するだけで頭がおかしくなりそうになった……
「…恵美…ねぇ…お願い…っ」
私は恵美を抱き起こし……抱きしめた……
…声は返ってこなく…て…
「…どうしてなの……?」
何でこんなことに…
……今になって…
……今になって思い返してみると……
私はあのとき…民家に助けを求めにいったけど、その前に私は… 恵美のところへ駆けつけるべきだったんじゃないの…? たとえ、男3人に敵わなかったとしても、せめて…トンネルの外から大声で叫ぶくらいは……
そうしたら、男たちは目撃されたかもしれないと…考えて外へと出てきて…それ以上の犯行は続けなかった可能性もあるんじゃないの……?
いや、そもそもの話…
私が…恵美を一人にしなければ…っ
飲み物を買いに行くとき、恵美を置いていかなければ、こんなことには……っ!!!
…私のせいだ…っ
「ごめんなさい…!! ごめんなさいごめんなさい…っ!!!」
私は恵美を…抱きしめた。力いっぱい…抱きしめた。…声が枯れるまで…泣いた。
…その後の警察の調査で。
恵美は……凌辱された末に、青酸カリでとどめを刺されたということが分かった。…改めて…分かった。
恵美を一人にした自分のせいでこうなったと思い、自殺しようと思った。
でも……
私には、まだやらないといけないことがあった。
自殺なら…しようと思えばいつでもできる…だから、その前に…!!
「男3人を…なんとしても死刑にしないといけない…っ!!」
男たちが捕まったのは、まもなくのことだった。別件逮捕からの、再逮捕だったらしい。
私は…男たちを糾弾した。裁判で、いかにそれが残忍な犯行だったかを…言った。
それは警察調査でも明らかだった。恵美の身体には…男たちの体液がこれでもかとかかってたのは、もう明白だったから…。
……ただ、妙な事実があった。…その体液のDNA検査では、男4人分のそれが検出されたという。
「…それは本当なんですか…??」
「はい…」
初めてその事実を聞いたとき、私には意味がよく分からなかった。
…どういうこと…?
私があのとき、恵美が連れていかれる光景を見たとき…男の数は3人だった。
…実はあのとき、4人目もどこかにいて……後で男3人の犯行に加わったってこと…?
けど、妙なことに…
男3人は…そんな仲間は知らないと…供述した…
かばってるようには見えなかった。だってもし、本当に4人目の仲間でもいたら、とっくにそんなやつの情報は売り飛ばしてるだろうし…見るからに保身に走りそうな男どもに、かばうなんて真似ができるとも思えなかった。
つまり本当に知らないということで… 警察もそう判断して。
どこの誰かも分からない4人目の存在が気がかりだったけど……ともかく私は裁判に集中した。
そしてついに… 男3人に死刑判決が下った。
おそらく普通であれば…殺した人数が一人である場合には…死刑にまでは至らない。けど、それが残忍で……かつ、婦女暴行等の前科がいくつもあったということが…考慮された…結果だった。
やがて刑は執行され、男3人は死んだ。
…が…それで私の気が晴れるはずもなかった。
「私には…まだやることがある…!!!」
自殺はいつでもできる。だから、それまでにできる限りのことはしたいと思った。というのも――
「……人目につかない場所……」
検察は…そう主張していた。だからこそ、犯行がばれにくいと思い、行為に及んだ…と。極めて悪質だ…と。
つまり…。人目につかないような心霊スポットに来るような男というのは…そこに迷い込んできた女性を凌辱する潜在的素質がある……
……なら……そんな男は殺さないと…
皆殺しにしないと…!!!
だって、これじゃ…妹が浮かばれない…っ!!!
妹のような犠牲者を出すわけにはいかない!!! 私が皆殺しにしないと!!!
そう、決まれば、後は…実行するだけ…で。
妹が亡くなった廃トンネルで、来る日も来る日も待ち伏せし……
……ようやく来たところを殺害した。二人…殺害した。
一人目はスマホを使っていて、二人目は竹刀を持ってきていて。いずれの男も油断させたところで簡単に殺せた。
もちろん、二人の殺害だけにはとどまらない。これからも…もっともっと…ここに来た男を殺していこうと思った。…私は恵美の肖像に目を向けた…。
「…恵美……っ」
遺影の恵美が、私に微笑んでるように見えた。さぞかし私の行為を喜んでるのだろうと思う。
こうして私は…いつものように待ち伏せしようとした。
…薄暗い夜のこと。
私が、トンネルに入ろうとしたときだった。
「あ、あの…すみません…」
話しかけられる。振り返ると、そこには男がいた。
いかにも頼りなさそうな風貌というか…そんな青年が立っていて。これは、殺すのも簡単そうねと思った。
「その…廃トンネルがどんなところなのか、見に来たんですが…。あなたも…ですか?」
「…そうですよ…? よかったら…案内しましょうか…?」
「それは助かります…」
すっかり私に気を許してるようだ。…ここまで油断だらけなら。いっそ、この場所で刺してももういいかもしれない。そう思って包丁を取り出した、ときだった。
「現行犯だ!! 捕まえろ!!」
何が、起こったのかと思った。気づけば…私は警官に包囲されていて。
……これだけの人数が……茂みに潜んでたなんて…全然、分からなかった……
そこで、気づいた。私は……私のほうこそ……完全に油断していたんだと……
そもそも…ここまで立て続けに廃トンネルで事件が起きれば、警察はこの場所を警戒しても、それは全然おかしくないわけ…で…
犯人は…再びこの場所に…殺人行為をしに来ると思われたとしてもおかしくは……ないわけで……
それで…待ち伏せされた…。
……つまり、この頼りなさそうな風貌の青年は…おとりの警察……か……
「はは…っ」
渇いた笑いが出た。完全に、私が慢心してた…結果だった。
私は……おとなしく捕まるわけにはいかないという一心で、急いでトンネルの中へと入り込んだ。
…けど。入ったが最後、このトンネルに……もう退路はない。すでに使われていないトンネルなのもあって、この先は…行き止まりだから。逃げ場なんて、もうない…
「終わり…か……」
私はそうつぶやく。
…ねぇ…恵美…。……私……頑張ったよね……?
私は、恵美が亡くなった当初から、いずれしようと思っていた、自殺を…
まさに今ここで決行することにした。
どうやって死ぬかも……もう決めていた。
私は… 青酸カリの入った…小瓶を取り出す。
最期は…妹と同じ死に方をしたい…って思ったから。
そうして…口へと入れようとした、そのときだった。
「…ん……?」
…視界の先が…二手に分かれてることに気づく。
……どういうことなんだろう……?
…このトンネルは一本道で…。二手に分かれた道なんて…なかったはず…だけど…。
気になった私は…その道へと歩みを進める。
するとそこには――
「え……! 恵美……!?」
恵美が…倒れていた。
無残な姿で…倒れていた。
それは、まさに、あの日の……光景そのものだった。
恵美が…男たちに凌辱された…あのときの…
…トンネル内に駆けつけたときに、私が見た…あのときの恵美の姿…で…!!
「…紗耶お姉ちゃん……っ」
私の名前を呼ばれ… 一滴の涙が…頬を伝うのが分かった。
「恵美…!! まだ息があるのね…!?」
私は急いで恵美の体を起こし……ぎゅっと抱きしめた……っ。
「私…あなたに謝らないといけないことがあるの…!! だから私…頑張ってきたの…!!」
あまりに伝えたいことが多すぎて……っ!!
「もう…いいんだよ……お姉ちゃん……っ」
その恵美の声は…力の限りを振り絞って…出しているようで…
私は…恵美を感じながら…心地よい心境に包まれた。
最期の最期に…恵美に出会えてよかった……っ。
けれど、気がかりなことが…あった。4人目…が…
―――――――――――――――
警官隊が…トンネル内で倒れている二見紗耶を発見したのは、すぐのことだった。
二見紗耶に、すでに息はなかった。
青酸カリで自殺をしていたようだった。
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