scene10 : 三クラス混合カラオケ(一時退避)


喧嘩にはさ、必ずきっかけがあるんだって。

それが、分かりやすい出来事じゃなくても。


例えば、えっと……そう。


トラブルになる前から、

『自分は、遅刻を黙って許してあげてる』っていう思いがあったとする。

そんなふうに思ってる中で、

『相手が、こっちのちょっとしたミスを責めてきた』

とかね。


「あぁー……ありそう」


朝園は平静な表情にうっすら苦笑いを浮かべる。


「そういう事を、え〜っと、増田たち二人がちゃんと伝え合えたら……」


しっかりと話を聞いてくれる朝園に、俺は変に緊張しながら説明していた。

スムーズに説明するってのはなかなか難しいっていう事を、今はいつにも増して実感する。

それで、ただでさえ若干ドキドキしてたのに…


「そのために……」

「――なんか、ペケくんって意外と大人だね」

「へっ?!」


急にそんな事を言ってくるから、驚いてしまう。

不意を突かれて褒められて…るのかも不確かだけど、顔が熱くなってくる。


「いやいやいや! 全然そんなんじゃないよ! 全部、ばあちゃんが言ってた事とか…実際にあった事とかだから。俺のアレじゃないんだ」


「…ふ〜ん?」


「とにかくさ! まずは二人を離して、相手の事をどう思ってるのか聞けたらな…って」


「だから、もう一つ部屋をとれないか確認しに行こうと思うんだけど…どうかな?」


こうやって確認で目を合わせる度に、勝手にドキドキしてしまう自分がいる。

そんな場合じゃないのは分かってるんだけど、どうしようもない。好きなんだからしょうがない。もう…


「とりあえず二人は別々の部屋にしておいた方が良さそうだしね。賛成」


遠くの部屋の一つから他のお客さんが一人出てきて、俺達とは違う方へ歩いていく。


二人で話す時間が終ってしまうのは名残惜しいけど…今はやらなきゃいけない事があるからね。


「しっかり解決して、楽しいカラオケにして、今日は良い日だったって帰りたいな」


俺がそう言うと、朝園は横目でアイコンタクトをとってくる。その表情は、クールだけどちょっと優しい気がした。


「うん、そうしよっか」





カラオケのカウンターに着くと、五人くらいの学生グループが賑やかに受付をしていた。

もう片方のカウンターのお兄さんの所に行って、今から一部屋とれないか聞いてみるけど…


「ご予約いっぱいでして…申し訳ありませんが…」

「いっぱい…っすか……」


早速手詰まりだった。

なんか若干かっこつけたのに、これで部屋取れなかったんじゃバカダサいじゃん……っず…

これ、朝園になんて言えばいいんだよ……


「あ〜〜〜……………………………………………ぁっ…?」


その時、ふと思い当たる。

そういえば今って……


一度立ち止まった。

これは…結構ウザいことをしようとしてるよね…俺。

ここで頼ると、ただただ迷惑をかけることになる。


面倒くさい奴だったんだうへぇ…って見損なわれるだろうしな…

躊躇うけど…


……ここでこんな迷い方してても仕方ないか…。

井浦さんなら、嫌ならちゃんと断ってくれるって信じて…


グループ繋がりで友達登録してあった井浦さんに、今から部屋に行ってもいいか聞いてみる。


〈『いいよ〜』


教えてもらった部屋の中をガラス越しに覗くと、仲邑なかむらさんがこっちに向かって手を振ってくれていた。



「―――それで退避してきた、みたいな?」

「あ、いや。そうじゃないんだ」


とりあえず、今、俺達の部屋で起きてることを井浦さんと仲邑さんに説明し終わって…

申し訳ないのはこっからだ。


「二人にお願いがあって」


二人共、きょとんとした顔を向けてくる。

一方的に迷惑をかけるんだから、それに見合った何かを差し出したい。でも二人が何を求めているのか分からないから…。

まさかこんなセリフを実際に言うことになるなんてね…


「何でも言うこと聞くから…! 何人かこの部屋に連れてきちゃだめ…かな? 出来る限り埋め合わせはするから!」


「なんでも…?!」


「で…きる限りで、お願いしますっ!」

「あ、ふ〜〜ん…」

「…………」


「…嫌ならきっぱり断ってね?…それはそれで何とかするから…」

「ほーー……どうする? みっきー」


二人、お互いに相手の顔を見たあと、仲邑さんが軽い感じで答える。


「私はいいよ」

「おっけー。みっきーがいいなら私もいいよ〜」

「…ほんと?!…………」


申し訳ないけど本当にありがたい…!

実際にいいよって言われるとまた申し訳無さが募る。

そんな事を感じていると…


「困った時はお互い様」


気がつけば仲邑さんが優しい顔でこっちを見ていた。


「仲邑さん…! いいおんな感すご……ありがとう…マジで二人ともごめんね!」


仲邑さんは俺なんかより全然大人じゃんよ…

ホント、ちゃんと心を見ろって…どっかのバカ…


「………はぁ〜〜……よかった…」


安心した…

実際のところ、断られたら相当困ってたから…

マジで二人に感謝だわ…


「本当にありがとう二人とも! お詫び何か考えておいて! ご飯とかじゃんじゃん奢るし……! 」

「え〜〜〜〜別にご飯じゃなくても、何でもっすヨねぇ……んふっ…。みっきーも、…何でもだって」

「うん。ひよかちゃんもう決めた…?」

「うふっ…え〜〜〜〜?」


「じっくり決めてね? ホントごめん! …助かったよ…」


なんとか退避部屋を確保できたことを、朝園に連絡する。

それから、幹事さんにもちょっとしたお願いのメッセージを送って…


「あ、そうだ」


すぐに俺も行かないといけない。

ソファーから立ち上がって部屋を出ていく前に、一つだけ伝えておく。


「ここに呼ぼうと思ってる子、小春ちゃんっていう子なんだけど。もしかしたら、仲邑さんと仲良くなれるかも? って思ってて……」

「…え? …私と…?」



大部屋の前で待ってると、松葉杖をついた小春ちゃんと、小春ちゃんの友達が出てきた。

ばっちり伝えてくれた幹事さんにお礼のメッセージを送って、スマホをポケットに入れる。


「もしよかったらなんだけど…俺の友達がいる部屋に行かない? 女子二人なんだけど…」

「え…うん…」


それだけで、意図を察してくれたみたいだった。

もしかしたら、部屋を出ていく理由が欲しかったのかもしれない。



井浦さん達の部屋は、二人で使うにしては結構広くて、多少人数が増えても余裕を持って受け入れることができた。


で、小春ちゃんを別部屋に退避させたことを、朝園と、クラスの友達に伝えておく。

クラスの友達にも、できれば増田をケアしてくれたら嬉しい、と言っておく。

あっちの部屋の後のことは朝園に任せて…


「こちら、井浦さん、仲邑さん、こちら、小春ちゃんと―――」


とりあえずお互いに紹介するところから始める。

今、部屋にいるのは合わせて五人。

青クラのメンバーの井浦さん、その友達の仲邑さん、

小春ちゃん、小春ちゃんの友達。

と、邪魔者っぽい俺。

かといって出ていくわけにもいかないけど…


「あ、そのキャラ…」


小春ちゃんはすぐに仲邑さんの鞄についているストラップに気がついてくれた。


「推し…」

「私も! ほらこれ!」


そうそう…!

小春ちゃんも、仲邑さんが好きなあのキャラのグッズつけてたんだよね!

だから、もしかしたら気が合うかと思って…


予想通り二人はすぐに打ち解けたみたいで、小春ちゃんは、にこにこしながら仲邑さんの頭を…撫でようとする?


あ、これって……


「あ、仲邑さん中学三年生なんだって…井浦さんも」

「え………? へっ!? ……ホントに?」

「…鈴木先輩にも小さい子に間違われた…」

「……はは…」


拗ねる仲邑さんの頭を、結局、小春ちゃんは撫でていた。


「ごめんね? 急におしかけてきて、さ…」


小春ちゃんが仲邑さん達に言う。


「でも同担に会えたよ?」


仲邑さんがそう言ってくれて、小春ちゃんは微笑む。

小春ちゃんの友達もみんな、いつの間にか柔らかい表情になっていた。


ひとまず悪くない感触で安心……かな。


さて……

向こうの部屋はどうなってるか…




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