scene9 : 三クラス混合カラオケ(ペケと璃々)
◇
『今、部屋の中…どんな状況?』〉
念の為、朝園にもそうメッセージを飛ばしてみたんだけど…少しだけ時間を置いて、予想外のメッセージが返ってきた。
〈『どんなって?』
「あれ…?」
何か伝わりにくかったかな…?
そう思って続けてメッセージを打っている途中、化粧室がある方から、朝園たちが現れる。
「あ…」
「おっ…」
「朝園さんたち……」
朝園は友だち二人と一緒だった。
「ぁ…」
「ぁ……」
「……?」
今ここには…俺の他にも人がいる。男二人と、朝園側の女子二人も。
だから朝園は ――たぶん朝園にとってはいつも通りの―― 大人びた振る舞いで、話しかけてくる。
「…何か…あったの…?」
「……………。そっか…三人も部屋に居なかったんだ?」
女子三人にも、増田と小春ちゃんが喧嘩し始めてしまったことを説明する。
一応、あの二人は元から仲が悪かったらしい、ってところから順を追って。
「二人って仲悪かったんだ?」
「あ~」
「俺もさっき教えてもらった」
「……」
「なんとか…できないかな……。…ね……璃々ちゃん……」
「…心配だね………」
「落ち着いて話せたらいいんだけど……」
「うん…」
朝園は、ごく自然に優しく言う。
アカネ達と居る時とはまるで違う雰囲気で。
みんなで相談する中、朝園は静かに佇みながら、心配そうな表情を浮かべている。
時々優しく頷くけれど、口数は少なくて、仕草は落ち着いていた。
この振る舞いのことを朝園自身は「猫を被ってるってこと?」なんて冗談交じりに言ってきたけど、そんな感じじゃない。
なんていうかもう………遠い…というか……
そう思ってしまうぐらい、違和感も湧いてこないくらい、自然に綺麗だった。
朝園の友達が言う。
「――――一回冷静になれるまで…そっとしておいたほうがいい…かな……」
「そうだねー…」
「うん」
「んー」
「うん…」
「……………」
「それで――――」
それから一旦、しばらくは女子三人の間で会話が回って、
その終わりに…
「―――どう…かな? 小林くん…」
と言ったのは朝園だった。
「………」
「……」
「………?」
「…………?」
「……?」
朝園が “くん” って言ったから…俺たち男子同士で顔を見合う。
小林……って、いたっけ?
いや、三人とも小林じゃない。
じゃあ…
だれのこと………?
朝園は…俺の方を見てる……
「あっ俺……?」
「……?」
嘘だろ…
…………朝園…?
「……………………鈴木…です…」
「あっ。ごめん」
男二人が笑いをこらえてた。
……………………まじ?
………いや……
………
………………えぇ……?
「あ、あぁ………いや…全然ダイジョーブ…」
…スーーーーーッ………
……………え………
……………………きっつ……
…………………めちゃくちゃ恥ずかしいんだけど…………
……朝園…………
…………はぇぇ………
………………まじ??…
「…………………………………」
「あ〜〜、とりあえずまあ、戻るか」
「う〜ん…だなぁ」
「うん…」
「そうだね…」
「………」
……………えぇ……
「え、あ……飲み物忘れてた………」
「ああ、部屋戻ってるわー」
「うぃ〜……」
ちょっとキツめのショックを引きずりながら…俺は一人でドリンクバーの方へ引き返していく―――
「ごめん、先に戻ってて?」
「え? あ…………うん…?」
「…………」
「……」
「あれ? 璃々ちゃんは?」
「先に戻っててって言ってたよ」
◇
さっきのショックを引きずりながら…ドリンクバー横の空きスペースで、手をついて目を瞑っていた。
「スーーーーーーッ……………」
十五分くらい時間が欲しい…
朝園…俺の苗字覚えてなかったんだ……
いや〜〜。そうだっけ…?
呼ばれたことあった気もするけどなあ…
いや、ま…ペケってあだ名の方はちゃんと呼ばれてるから、そんなに気にすることないっしょ…
………
…………
好きな人に名前覚えられてなかったの、きっつ…
いや……そんなに気にすることない…
きっつ…
…くないっしょ…
きっつ…
……………きっつ……
「…で……どうする?」
「うわっ! あ…朝園…?」
朝園は、「大した事なんて特にないでしょ?」って態度で現れて、普通に話しかけてきた。
自然体で、スラスラ歩いて…
俺から横に少し離れた所で、腰の高さの台に背を向け、手をついてもたれ掛かった。
平熱に冷めた声で、横目で視線をこっちに飛ばしながら言う。
「さっきの――――覚えてないとかじゃないから。ちょっと間違っただけ」
「あ、うん……」
慰めてくれるとか…
その優しさで逆に恥ずいかも…
そんな…無理にフォローしなくても…
「大体ね、前に鈴木君って呼んだことあったでしょ?」
「…………えっ?…………ああ……!」
いや、やっぱあったかー!
ちゃんと鈴木くんって呼ばれてたんじゃん…クラブに入る前に何回か話した中で!
それじゃあ苗字覚えてないってわけじゃないんだ…
「……そっか……。 はあーー…よかった……」
「それで――どうする?」
「どう、って…………ごめん、何の話…?」
「あの二人のことに決まってるでしょ?」
「あ、ああ…! 」
ショックすぎて直近の記憶飛んでた…
増田と小春ちゃんの喧嘩の話か…。
「このままじゃどうにもならないでしょ?」
「…えっ…?」
朝園の意見が、さっきまでと変わっていた。
さっきまでは…とりあえず落ち着くまでそっとしておこう、ってみんなの方針に、流されるまま同意してたはずだけど…。
今の朝園は一変していて…
「今日はもうこんな感じかもね」
「…………そう……なのかな…」
「たぶんそう」
「……………そっか……」
キツいくらいに現実主義というか…クールだった。
そのギャップに少し戸惑ってしまう。
このままじゃ…雰囲気が戻ることはない…か………。
不自然に意識した息が…溜め息みたいになってしまった。
どうする…か…
俺は…
「…できれば、二人に仲直りしてほしいな」
「―――ありえると思う?」
「たぶん」
「へー?」
朝園が、意外そうにこっちを見てくる。
増田と小春ちゃんは、何かきっかけさえあれば、仲直りできる…と思う。
根拠なんてないけど。自分でもなんでかは分からないけど、二人が仲直りできる前提でどうすればいいか考えてた。
今まで何回か女子同士の喧嘩に居合わせた事があったから…それで仲直りの光景が浮かぶのかもしれない。
というか…
俺が…悪い意味でポジティブだからかもしれない。
部屋の外には今、俺と朝園の二人だけがいて、他のお客さんの誰もがそれぞれの部屋の中にいる。
どこかの部屋で歌う誰かの声が、小さく漏れ聞こえてくる。
「―――仲悪い人ぐらい、いるんじゃない?」
朝園は、なんでもないことのようにそう言った。
「別に珍しい事じゃないじゃん。なんで――わざわざ仲直りさせたいの」
なんか…朝園がそれを言った、っていうことが、上手く飲み込めなかった。
淋しく感じるくらい胸に響いて、ショック…とも少し違う何かのせいで…何故か顔を見れなかった。
それがどうしてなのか…考えてみると、だんだん…ぼんやりと見えてくる。なんだか、朝園がどんな人なのか分からなくなっていく感覚があった。
朝園は…
あの日、朝園にフラれる前までの、俺が元々知ってた朝園は…
みんな幸せになればいい、なんて事を思ってそうな人だった。
誰も傷つけず、それでいて特別で、優しくて、柔らかくて、暖かくて。周りにいる皆のことを愛おしんで…
その綺麗な人当たりが…上手な対応だとしても。
それは心から思ってる言葉をきれいにして伝えてるんだと、そう思っていた。
素の朝園…みたいな一面を見せてくれるようになってからも、実はそこの印象は変わってなかった気がする。
思ったままを言って、楽に振る舞って、ただそれだけだと。
つまり、あの綺麗な振る舞いは、『嘘』じゃなくて『飾り』の仮面だと思ってたんだ。
さっきの言葉が、ずるずると保っていた元のイメージを、今になってやっと壊した気がした。
朝園はきっと、完全な嘘をつける。
それも、誰も気付けないくらい上手に。
ふいに、二人の間にとても遠い距離が現れたみたいだった。
その距離をどうにかしないと、って、心が焦って、
とっさに手を伸ばしたくなる。
この人のことをもっと知りたいと…
そして、朝園との唯一の繋がりを思い出す。
思いがけず、それが意識を現実に引き戻した。
それは丁度、今投げかけられている質問の答えにもなっていた。
どうして、わざわざあの二人を仲直りさせたいのか。
その答えは同時に、彼女に手を伸ばすってことにも思えた。
彼女を知っていく予感……そして、
もしも、目の前にどうにかなりそうなトラブルがあるなら、とりあえずどうにかしたい…って衝動
それでいいんじゃないか?
「――だって俺ら、”青クラ”だし?」
「…………………」
朝園はほんの少し驚いたような表情を浮かべていた。
それから…
「あっそ」
そう言いながら、ちょっと笑ってくれた。
朝園を初めて、素で笑わせられた気がした。
「一個聞きたいんだけど…青クラってどういう意味なの? グループ名のやつ」
聞くタイミングをずっと逃してたんだよね。
青クラ―――――
せっかくそのメンバーに入れてもらったわけだから、名前の意味ぐらいはちゃんと知っておきたい。
「『ドラマチックな…青春の、ディレクターズクラブ』の略。間違ってるかも。茜と先輩がつけたから」
青春…ディレクター…
青春…演出家?
――演出が必要や――――――――
あの時…茜が言ったあの言葉を思い出して、
ふわふわしてたイメージが、やっとまとまった気がした。
あの集まりにそんな名前がついてたんだ…?
それなら…
青クラメンバーの朝園と俺が協力して…
思いっきり喧嘩中の二人を仲直りさせるんだとしたら、
これも、活動の一環っぽくない?
そんな名分があるだけで、仲直り一つとっても、なんかワクワクする事に思えてきた。
トラブルも、解決して青春になればいい。
「まあ―――」
そして最後に朝園は―――
味方してくれてるのか、呆れてるのかなんなのか
やっぱり複雑で繊細に、
掴みどころなく、冷ややかに微笑みを湛えながらこう言った。
「――ペケくんがどうしてもっていうなら、手伝ってあげよっかな…?」
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