scene3 : 自称不憫な人 ☆


朝園の連絡先を新しく登録して、初めてのメッセージを今まさに送ろうとした瞬間……グループ招待のメッセージが届く。

招待してきたのは隣りにいる茜だった。

グループ名は…『青クラ』?

この前、秘密基地に集まった四人のグループだ。


「あれ? 結局メンバーって四人? 先輩は入ってないんだ?」


グループには、茜、朝園、井浦さんと、俺の四人だけ。

俳優のパイセンこと鯛津先輩のアカウントはなかった。


「ああ、今こっちにおらんのに、グループ内でうっさかったから、追い出しとったわ。またスカウトする子 見つかったぐらいのタイミングで入れる」

「ええ…………そんな感じなんだ……。部屋まで提供してくれてるんだし、優しくしてあげない?」

「仕事のおかげで十分すぎるぐらいええ思いしとんねんから、ウチらは逆でバランスとっとんねん」

「 …いや…何その理論?」

「ってゆーか、あの人に親切にすんの、なんか勿体ないわ…」


テレビで人気な人の扱いとは思えないな…

鯛津先輩…


「不憫だ…」

「え?」

「ん?」


今の「不憫だ」は俺の声じゃない。

横を見ると、欄干らんかんに肘をかけて、遠くを眺めている男子生徒が居た。

初めて見る顔だ。細めの体格で背は普通。長い前髪で目が隠れていて、どっちかというと暗い雰囲気の人だった。


「ああ…聞こえるなぁ…僕を追い出した子達のラッパの音が………不憫だ、僕は…」


確かにラッパを練習してる音が聞こえる…ってかこの人、こっちに話しかけてない…?

独り言にしたらバカハッキリしてるし、周りに他の人とかはいない。

まあ……声かけてほしいんだろうな……


「何かあったんすか?」

「おいマジかペケ…」

「聞いてくれますか…」


その人は虚無な目をしながらもスラスラと話し始めた。


「僕、ついこの間まで吹奏楽部だったんです。でも、辞めさせられたゃったんです…」

「 辞めさせられた?」

「追い出されたっていうか…そんな感じで、吹奏楽部の人たちに拒絶されたんですよね…キモイからって」

「…ええっ………? …ひどくない? それ…」

「そんなことあるか? いくらキモいゆーても、辞めさせるとかそんなん、なあ。よっぽどのことやろ?」

「ね………何があったらそんなことに…?」

「優しいっすね…あなたたち……」


その人はしんみりした雰囲気で続ける。

本人が冗談めかして言ってるから軽く聞こえるけど、普通に穏やかな話じゃないよね? これって…


「一応、去年はうまくやれてたつもりだったんですけどねぇ…」

「去年…? あんた先輩やったんかいな」

「あ、二年です…威厳ないっすよね僕…。だから、こんな状態になったんだろうな……」

「まあ威厳はないな」

「ちょっ! 茜!」

「はは、いやいや、いいっすから…本当のことなんで…」

「でも…すいません…」

「いやいや……。…それで、去年はなんていうか…いるかいないか微妙ぐらいの立ち位置で、存在感薄いなりに、邪魔にならないようにやってたんです」


「それが終わったのが今年になってからで…一年生が入ってきてからですね…」

「ああ…」

「入ってきた一年生に、どうしても先輩として教えることになるじゃないですか」


「でもその子が僕に嫌悪感抱いたみたいで…」

「………それは…きついっすね…」

「…………」


「気持ち悪いって言ってきて…」

「………」

「………」


「でもそれからは気を使って、できるだけ関わらないように、近づかないようにしてたんですけど…」


「どうしても合奏のときとかは隣になったりするし、練習で割り当てられる部屋も余裕があるわけじゃないから、同じ部屋で練習せざるを得ないとか…」


「同じパートにいるのが嫌、とかも言われて、どうしようもなくて…」


「最後には、やってもないのに、二人きりの時に僕が迫った、とか…キモい目でじろじろ見てくる、とか…」


「……その現場を見てた人はいないし、どちらの言い分が正しいかどうか分からないから、先生たちも対応に困って…」


「それから…一年の女子で集まって、僕の陰口とかをわざと聞こえるように言ってきたり…」


「そういうのに……色々…耐えられなくなって、辞めたんです…」


「………」

「……不憫どころじゃないじゃないっすか…!」

「はは……ね…」


「なんやそれ。あんたが辞める必要ないやろ? そいつらの方を辞めさせぇや」

「あ、いや……。もう今更、戻りたいわけじゃないんです。吹奏楽部に戻っても、もう楽しくやるのは無理ですし…」


「ただ…あまりにもやりきれなくて…誰かに聞いてほしくて……それだけなんです」

「…………………………」

「は…………?」


「……二人とも、ありがとうございました。こんな陰キャの話を聞いてくれて…」


「……味方側に立ってくれて嬉しかった…」

「いえ……………」

「…………………………………………」


茜はその話の主犯が誰なのか問いただそうとしたけど、先輩は言わなかった。

先輩曰く…


「復讐したくない…というのもまた違うけど、傷つけたいわけじゃないんです。恨めしいけど…違う」


…と。


「どうしても吐き出したかった、ただそれだけだよ…。もっと自虐ネタっぽくして笑わせる気だったのに、不快な思いを移してしまってごめん」


そう言って去っていく先輩に、かける言葉が見つからなかった。




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