scene2 : 井浦さんと朝園
◇
井浦さんって何組だろ? っていうかそもそも、あの人ってうちの学校?
本人に聞いて…いや、まだ連絡先知らなかったわ。
……あ、待てよ…? まだ朝園の連絡先も聞いてないじゃん!
はあ〜何やってんだよ俺…前も聞こうって思ってたのにな…
次、会ったら今度こそ聞こう…
「なに百面相しとんねんオモロ」
「うぉっ!」
掃除の時間、箒を持ったまま考え事をしていると、茜が話しかけてきた。
ちょうど聞きたい事があったんだ。いてくれてよかった。
「なあ、井浦さんってここの生徒なの?」
「ひよかか? いや、あいつは別の学校やわ。割とええとこの女子校に通っとーで」
それを聞いて…一瞬、この前の井浦さんの自己紹介のセリフが蘇ってきた。
『同性同士の恋愛しか興味がないよ〜』
「………………。女子高か……へ〜……………うん……」
なんか………。
…空が青くて綺麗だ。
「ああ、今のジョシコウの『コウ』は、学校の『校』な。女子校ってゆうか、言うなら女子中か」
「あ、中学生!?」
「そやで。中三な」
「はあ〜〜井浦さん中三だったんだ!?……そっか…」
インパクトつよ〜…。
だったら尚更すごいキャラの濃さじゃない?
ぼんやり下を眺めると、大きな看板が三人がかりで運ばれていくのが見えた。
「それはそうとさ、井浦さんって配信者向いてそうじゃない?」
「ん〜〜………」
茜も、
眺めながら唸っていた。
「…あかんやろ…」
「そう?」
お、意外だわ。反対されるとは思ってなかった。
個性的で面白いと思うんだけどな、あの人…
「あいつはコンプラ守れるような奴やない」
「………なるほど、おっけー」
吹奏楽部の誰かが、ひと足早めに自主練しているらしい。ファンファーレが高らかに吹き上げられていた。
「そうゆーたらウチら、学園祭の日ぃ近いな」
「確かにね…」
「学園祭…使えるか…」
なんかいつの間にか茜と二人で和んでる。
五月の学園祭って、一年生の俺達は半分お客さんみたいなものらしくて、割り当てられた事前の準備とかはあんまりない。
だからこうやって、先輩達が準備してくれてるのを感慨深く眺めるだけの、申し訳ない立場でいさせてもらってるわけで…
茜が傍にいるままのんびり掃除していると、
向こうの方から、朝園までこっちに向かって歩いて来るのが見えた。
三人集合する? って思ったのも一瞬で、すぐにそれはないんだって思い出す。
それで…なんか前みたいに朝園と茜が他人のフリしてすれ違うのが嫌で、屋内に入って、そこでやり過ごすことにした。
用具室か何か、そんな感じの部屋の中から、窓越しに朝園の姿を確認して……近づいて来たから、茜と一緒に窓よりも低く屈む。
軽い足音が、窓のそばで止まった。
「何話してるんですか〜?」
「うわっ!」
「うおっ!」
上を見ると、開いた窓から身を乗り出した朝園が、涼しい顔で俺達を見下ろしていた。
「何してんねん! 見られるやろ!」
「はぁ…はいはい…」
茜が小声で怒鳴って、朝園はウンザリしてるような態度で顔を引っ込めようとした。
「あ、待って朝園! 連絡先教えて!」
言えた! よし!!
今、一瞬空気がピリッとした気がしたけどそんなの知らね!
ずっと連絡先聞きたかったからね。次会ったら交換するって決めてたから!
朝園は一旦窓の向こうに身を引いて、外で壁にもたれて、スマホを触っている。
暫くして、窓からこっち側に、手だけを下ろしてきた。その手にはスマホが…スマホの画面には連絡先のQRコードが映っている。
「はい」
「…!!…すぐ読み取るから!!」
急いで読み取り機能を呼び出す数秒間。手を伸ばして画面を見せてくれている朝園は、顔を外に向けて辺りをうかがっていた。
「…よし、完了! ありがとう!」
小声でお礼を言うと同時に外で朝園を呼ぶ声がして、手が引っ込められる。
なんていうか…学校の中で俺達だけが共有してる秘密の関わり、みたいな…そんな感じがして、なんかドキドキする。
連絡先も交換し終わったんだし、朝園はもう向こうに行っちゃうな…って思って寂しくなってたら、
もう一度、今度は何も持っていない左手が入って来て、ひらひら振られて、手だけで ―バイバイ― ってした後…今度こそ向こうへ行ってしまった。
「……ははっ…………はぁ……」
なにその、手だけでバイバイってするやつ………
なんか、なあ………
あぁ……もう……
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