scene2 : 家庭科室
◇
ろくでもない女だってのは分かってるけどさ…
だからってシカトして帰ったら後でどうなるか分からないから。
結局言われるがままに来てしまった家庭科室の中にはやっぱりアカネがいて…パッと見は退屈そうに見えた。
俺が家庭科室の外で踏み留まってすぐ、あいつはこっちに気がついて、デカい声で呼びかけてきた時には嬉しそうに笑っていた。
そしてアカネは二言目に、
「で、なんで
と言った。
◇
廊下の方からは、まだ下校時刻真っ只中のガヤガヤした声が聞こえてくる。俺達二人は、前から二列目の窓際の机に、向かい合って座っていた。
「はっ?!好きとか……!」
茶色い肌によく映える、目の白色。その中にある 真っ黒の瞳で じーーーーーーっと見つめてくるアカネ。
その視線に耐えられなくて、
「…っ」
俺は目を逸らしてしまった。
なんか負けた気分だよくそ…。
「大体さ! 急になに!? なんで俺が朝園のこと好きみたいに―――」
「じゃあ付き合いたくないん?」
「…!……ぅっ……………ス…………」
「ぷっ……あははっ、ホラな!…………ははははは!!」
……くっそ…………! …上手い言い訳が出てこなかった…!
なんなんだよこいつ! 大体なんで会ったばっかの俺の好きな人とか把握してんだよ? 何者…?
「あぁ〜、もう! あんな人がいたらそりゃ好きになるだろ!」
「一目ぼれか?ん?なぁ?」
「〜〜〜っ! ぁぁっ………っ…そうだよ!そんな感じだよ!ぁ〜〜!!」
「う〜わっまじか。ホンマに一目惚れかい。は~~、うっざいわー」
「うっざいって……………ひどくない………?」
言いたい放題だな…溜息つくしかないよ、もはや。
結局何なんだこいつ…なんで俺のことなんか呼び出したの?
そう聞こうとした瞬間、またアカネの方が先に口を開く。
「朝園璃々、なぁ…」
「……?」
「あんな美人、そうそうおらんよな」
そう言いながらなぜかアカネは上目遣いでこっちを睨みつけて(…?) くる。不意をつかれてドキッとした。
朝園が美人なのは本当にそう。見かけるたびにそう思ってる。けど、それをはっきり肯定するのが恥ずかしくて、「ぅん…」みたいな曖昧な返事になってしまう。
そんな俺の返事を不機嫌そうに聞き届けたあと、アカネは合わせていた視線を外して立ち上がり、開けた窓の
「…彼氏おらんのが奇跡やで」
「…いないのか?!」
「………そやで。告るなら今しかないやろ?」
………告白…?
「それは…」
「自分、
「はぁっ!? いやいやそんな急に?!」
思いもしなかった言葉に、ちょっと訳が分からなくなってきた。
「いつ彼氏ができるか分からんで〜? ええん? 他の男にとられても」
「それは…! あれだけど、今はまだ―――」
「明日とか」
「ムリムリムリムリ!? なっ…ま〜じで冗談キツいって! 」
どんだけ嵐だよこの人…!
テンパりすぎて
「大体、朝園とはクラスも違うし、全然仲良くすらないのに。急に、告白とか、さぁ…」
まだ朝園のこと知ってから一ヶ月ちょっと経ったぐらいで…確かにすぐに好きになってたけど、それでも好きになってから一ヶ月とかでしょ?
喋った事もちょっとあるぐらいで…
まだ告白なんか考えたこともなかったし…
「とにかく、そんなすぐには……」
「じゃぁ――――」
何が楽しいのか、アカネはまだ捲し立ててくる。
俺は熱くなってる顔でどんな表情して向き合えばいいか分からなくて、顔を背けながら喋ってる。
だからアカネの表情は見えてないけど、
絶対楽しんでるよな、…って、
今、こいつはケラケラ笑いながら喋ってる…って、そう思ってた。
「…いつ? …………………いつになったら告るん…?」
「………!…」
恐る恐る顔を上げて見てみると、
アカネは見てて寂しくなるほど遠い目で、窓の外を眺めていた。
思いもしなかった言葉と表情に、頭を殴られたように錯覚する。
俺が何も言えなくなったせいで、教室の中はシーーン…と静まり返ってしまった。…まるで時間が止まってしまったみたいに。かなり遠く方から聞こえてくる、生徒達の声だけを背景にして。
「…………………… ” いつ ” ……………」
そんなこと考えたこともなかった。
"いつかいい時が来たら" …そんなふうに、適当な感じで考えてたと思う。アカネの言葉を受け止めた途端、自分が…びっくりするぐらい間抜けに思えてしまった。
「そうだよな……」
告白するのにぴったりな――――丁度いいシチュエーションとか、都合よく仲良くなれる機会とか、自然と順調に仲良くなっていった末に訪れるような、ここぞっていうタイミング――――
そんなのは、たぶん来ない。
一生そうやって、タイミングが…だとか言いながら、何もせずに過ぎていくんだ。
なんか………何て言えばいいんだろ……。
なんでそんなこと聞いて来んのかな …っていうか……
………こいつ、いつもそんなふうに考えながら生きてんのかな。
何を考えてるのか分からないアカネの横顔が、すごく大人びて見えて、それがなぜか無性に寂しくて。
この切ない感覚、どっかで味わったことがあるような……
「好きなんやろ? 朝園璃々のこと」
「…! あぁ……好き………だよ…」
もしも、朝園の隣を歩いていられたら…。
朝園と二人で他愛ないことをもっと喋れたら…。
それはもうどんなに幸せだろう…
「でも…色んな人に告られて、全部断ってるんだよなぁ」
それなのに俺が告白して、受け入れてもらえるとは思えない。
やっぱそんな簡単には…なぁ…。
「あの子、今までホンマ嫌になるぐらい告られて来たはずや」
「……だろうな…………」
そうやって俺も告って、ふつーにフラレて、はいおしまい…って……そうなる未来しか見えないんだよな…。
「そこでや!」
「っなぇ?」
机に戻ってきたアカネは勢いよく身を乗り出して、スイッチが切り替わったみたいに熱くなっていた。
「嫌になるほど告られてきたからこそ! 今まで見たことないようなことされたら、もうキュンキュンしてもうて、やば!この人今までと違うかも! アリかも!……ってなるんやんっ!!!」
声がでっか!
さっきまでの大人っぽさはどっかに消えて、なんかもうヤケクソみたいにデカい声出して…振れ幅激しいな…この人…。
「見たことないようなこと……? されて、キュンキュン……………………すんの?」
「そんなもんやって! 女子のウチが言うんやから間違いない」
あまりにも自信満々な言い草で、なんかそう言われたらそんな気もしてくる。
むしろ絶対キュンキュンとかしなさそうなコイツが言うと、謎の信憑性がある…かもしれない…。
「今まで見たことない…告白…か…」
考え込んでいる途中、不意にアカネはどっか明後日の方を向いた。
「それに、自分……そんな悪ない思うで?……………………………顔面…」
「いや顔面って………………………」
アカネが向く方に何かあるのかと思ったけど、そこにあるのは何も書かれてないまっさらな黒板だけ。
何だ? …悪くない…顔面……。顔面が悪くない…… 俺の?
「え………それって…俺が朝園と二人で並んでても見劣りしないような――――」
「いややっぱ調子乗んな!!」
「あ…ハイ…」
いや分かってるけどさ、なんだよもー。一瞬、朝園とお似合いだったのかって思っちゃったじゃん!
まぁ、もしそうだったらそんなの学校一のイケメンだからね。そこまで良い顔ならさすがに自分で気付いてるよね。
なんか血色の良い顔をしてるアカネは、教室の前の方へとペタペタ歩いていく。
「なんにしてもやな。そのまま普通にジブンが告ってもあかん」
家庭科室特有のデカい教卓に辿り着き、塾かなんかの講師みたいに、バン、っと音を鳴らしながら手をついて語りだす。
「特別なことしてこそ、ワンチャンあるんや」
「特別なこと…」
「つまりな……」
そして、親身になってくれてるのか 楽しんでるのか なんなのか、アカネは微妙にニヤッとした表情で言った。
「演出が必要や」
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