第26話 俺、過去を見る
悩んでいると、背後から話しかけてきたのはユリアナだった。
「何をされているのですか?」
「えっと、その敬語いい加減やめてもらえないか?」
「ですが、今のわたくしは貴族でもなければ、ただの平民に近い奴隷。そんなこと許されるはず……」
「俺がいいって言ったらいいの」
「そう、それがあなたの望みなら。こんな感じでいい」
ようやく元のユリアナが戻ってきた。
あの時、出会った時みたいなツンとした感じだ。
「それで何を言わないといけないの? わたしが聞いてあげる」
「会長……今、わたしって」
「元々は自分のことわたしって言うのよ。だけど父上にそこはわたくしと言いなさいって何度も注意されるうちに、ね。いつしか学園やお茶会ではそんな感じになったわけ」
「へ、へぇ~。大変だな貴族も」
一気に距離を縮まった気がする。
話し方も丸っきり変わったし、元は貴族のお嬢様とは思えない感じだ。どちらかと言えば……ちょっと荒れた幼馴染みたいな感じだろうか。
「で、あなたの話は? わたしでよかったら聞くけど」
「俺、実は姉ちゃんと血は繋がってないんだ」
「ふーん、そうなの。なんとなくそんな気はしてたけど」
「ここまで育ててくれたのは姉ちゃんだけど、俺にはほんとの家族がいて、明日にでも会いに行こうと考えてる」
「そう、いいと思うわ。今のうちに顔を出すのが懸命よ。いつ何が起きて、どうなるかわからないから世の中は……」
「ありがとう、明日、姉ちゃんに伝えるよ」
ユリアナが言うと説得力がある。
そりゃ彼女は親から見放され、追放され、そして売られたんだからな。
結局、どういう感じでそこまでの話になったのかがわからない。魔剣大会で敗北した、それが原因になったのは理解している。
けど、本当にそれだけが理由か?
「聞いていいのか迷ったけど、結局のところどうなんだ?」
「私のことを知りたいの?」
「そりゃ知りたいよ。これから俺たち一緒に行動するんだからな」
「いいわ。あなたに話してあげる」
「ああ、頼む」
「わたしはね――」
ユリアナが少し迷いながらも一から順に話してくれた。しかしここで不可思議な出来事が起こった。
大樹が白く輝き出したのだ。眩い光を放ち、その光はやがて俺とユリアナを呑み込んだ。
辺りは見覚えのない光景が広がっている。
黄金色の髪をした少女がそこそこ年配の男性に無邪気に抱き着く幸せそのものの姿。
これは、俺の記憶ではない。
ということは、まさかユリアナの記憶か?
その証拠にユリアナの開いた口は塞がらない。
頭を抱えて動揺しているようにも見える。
「これは、わたしの記憶……」
「大丈夫か?」
「ええ、だけどこれはどういう状況なの?」
「さあ俺にもさっぱりだ」
俺とユリアナに進まんと言わんばかりに目の前に橋がかけられていく。
これは幻覚か何かだろうか?
でも自分の頬を抓っても痛みを感じる。ってことは、紛れもなく現実だった。現実なのにどうして、神の御業とも思える出来事が起きるんだ。
“さあ、ユリアナ近くにおいで”
“はい父上”
“いい子だ。お前はオブリージュ家を継ぐ者。しっかりと励むのだぞ”
あの男はユリアナを売ったという例の父親か。
見た感じ何事にも厳しそうだ。妥協は許さず、最後までやり遂げる、そんな男に見える。
でもユリアナと一緒にいる時は表情が柔らかい。
娘思いの父親なんだな、現段階ではそう思えた。
続いて見せられたのは、ユリアナが成長してからの記憶だ。
ユリアナとその父親の関係に亀裂が入った場面だ。
“父上、わたしには魔術の才があります。必ずオブリージュ家を”
“少し静かにしてくれ、取り込み中だ”
“ですが、わたしには――”
“クドい、そこまで才あることに喜びを感じるなら、自身をわたしなどと呼ぶな。才ある者は威厳を保ち、それでいて上品でならなければならない”
“はい……”
さっきユリアナが言ってたやつだな。
才あることに喜びを感じるユリアナとそれをあまりよく思っていない父親か。
なんだか複雑だ。
父親の方も思うことがあるようだし。
“なあ、リズベルト。このままでは娘が。私の娘がおかしな道へと走ってしまう。あの子には家のことなど気にせず自由に生きて欲しい”
“でしたら一つ案がございます。近々行われる魔剣大会で敗北していただきましょう。そして我も心苦しいですが一度奴隷に落とし、希望に賭けてみては?”
“娘を奴隷にだと!? 何を考えている、そんなこと承知するはずないだろう!”
“最近、妙な噂を聞きました。お嬢様が一人の少年と接しお笑いになられたと”
“それは真か! そうか、娘が……だとしたらまだ希望は。すぐに学園長殿に連絡を”
それがユリアナの父親と若い男性が話してる場面。その若い男というのはリズベルトと言ってオブリージュ家に仕える人間だろう。
それに少年というのは、多分俺のことだ。
ユリアナが学園で話した時、笑ったってだけで大騒ぎになっていたからな。
しかしここで俺にも関わってくるとは、単なるユリアナの記憶かと思ったが、そうじゃないみたいだ。この二人の会話をユリアナが知るはずがない。
もし知っていたら色々と状況が変わっていたはず。
そして、次に見たのは、重い空気の中ギュッと拳を握りしめるユリアナの父親、その姿を見て少し心配な素振りを見せる学園長。
そんな二人の光景だった。
“学園長殿、少し頼みを聞いてもらえないだろうか?”
“ふむ、頼みというのは?”
“私の娘――ユリアナを魔剣大会で敗北となる道筋を用意していただきたい”
“ほう、理由を聞かせてもらえるかの?”
“双子の妹シンシアに家督を譲る、それだけでは納得していただけないだろうか?”
“気づいたのじゃな? シンシアの企みを”
“幼い頃から察してはいました。ですが、まさか姉を蹴落としてまで成り上がろうとするとは思えず”
“うむ、でしたらこちらで何とか”
“感謝します、本当に……”
霞んだ声を出し涙を堪える父親。
やはり辛かったのだろう。
苦渋の決断だったというわけだ。
しかし人は見かけによらないとはこのことだ。厳しくも思えた父親はユリアナのために涙を流す。
妹のシンシアは家督を継ぎたいがため、姉であるユリアナを陥れようと模索していた。
そして最後に見せられたのは、ユリアナが勇者との勝負に完敗し、自分の願望が叶い大喜びするシンシアの姿。
それを扉の隙間から見つめる父親の姿だった。
“あははははっ! ユリ姉は奴隷に落ちた! とうとう邪魔者は消えた。オブリージュ家に相応しいのはこのわたし! 殺すことはできなかったけど、まあ、それは別の機会に”
”やはり……か。どうかユリアナこの私を許して欲しい。父親として無責任だったかもしれない。奴隷に落とすことだけはしたくなかった。しかし方法が……それしかなかった。せめてあの少年と幸せに”
この光景を最後に俺たちを呑み込んだ光は消え、川と森林が見える場所へと戻されたのだ。
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