第25話 俺、帰還する

 ユリアナを引き取った際に申請が必要だった。

 で、総合ギルドに立ち寄り、ユリアナを奴隷から平民に引き上げる申請。これにも相応の金を支払った。まあ、姉ちゃんが、出したけど。


 でも書類はアズルレーン王国に籍を置くかの申請書だったらしく、中身を読まずに姉ちゃんはとっとと済ませたいがために俺の名前を記入してしまったのだ。


 受付嬢に言われて初めて気づいたミスに焦りパニックに陥った姉ちゃんはその場を離れた。そしてユリアナに必要な物資の買い物に出ていた俺のとこまで走ってきたというわけだ。

 もちろん姉ちゃんが立ち去ったことで、申請は通ってしまい結局、俺はこの国に籍を置いた、そういう形となった、いやなってしまった。

 

 てことは、ユリアナの手続きがまだ済んでないよな。


 その時だった。

 姉ちゃんに学園長から連絡がきたのは。

 首から下げていた緑色の水晶を取り出すと、輝きと同時に学園長の声が聞こえてきたのだ。

 

「ユリアナの平民申請はわたくしが済ませて置いたわ。それとネオの戸籍がこの国になっているようだったから、あなたの戸籍を魔国に変更して置いたから。だから気をつけなさい。問題を起こせば即処刑よ。この国に籍がないあなたはね」


 その用件だけ伝えて、水晶の光は収まった。

 でも助かった、ユリアナの申請だけじゃなく、俺の戸籍まで。しかし物騒なこと言ってたな。

 問題を起こせば即処刑って慈悲も何もありゃしない。

 

「姉ちゃんよかったな。尻拭いしてもらって」

「ふん、たまたま間違えただけだもん」

「それよりも俺ってどういう扱いでこの国に滞在できてるんだ?」

「簡単に言うと魔国からの留学生って感じかな。でも魔国に籍を置いてるから、身分の保証がされていない感じね」


 とは言っても、俺、魔国に一度も行ったことないんだよな。どこにあって、どんな場所で、どういう発展を遂げているのか楽しみではある。

 けど、行くのはまだ先の話になりそうだし、そもそも姉ちゃんからそう言った行こうって言葉を一度も聞いたことがない。


「さて、姉ちゃん帰るか。故郷に」

「そうね、帰ろう帰ろうぞ!」


 そして帰り道の馬車の中で俺は必要最低限の物をユリアナにプレゼントした。主に服と靴。もちろん女性だから、身だしなみを気にするのも考慮して、姉ちゃんが勧める化粧品に香水、ちょっとしたアクセサリーも渡した。


 ドレスみたいなお嬢様らしい物を買ってあげたかったが、平民がそんな高価な物を身に着けると大変なことに巻き込まれる危険性もある。だから敢て今回は買うのをやめた。

 決して金がないわけではない。


 でもプレゼントした物がそんなにも嬉しかったのか、前の自分を思い出しての悲しみかはわからないが、ユリアナは服を抱き締めながらずっと泣いていた。


 とある森の前で馬車を降りると、あの懐かしい大樹があんなにも近くに。


「帰ってきたな」

「そうね、帰ってきた。ネオ君とお姉ちゃんのおうちに」


 しかしユリアナはポツンッとした目をしている。

 どこからどう見ても建物がない。そう思っているのだろう。


「あの大樹の麓が俺と姉ちゃんが暮らしてた場所なんだ」

「ねえ、ネオ君、ユリアナちゃん固まっちゃってるよ」

「いや、そんなこと言ったって仕方ないだろ。だってあそこが家だし」

「そうよね……案内する?」

「ああ」


 姉ちゃんはユリアナの手を引いた。

 木々が立ち並ぶ茂みを抜けると、俺が育ち、姉ちゃんと暮らしたあの場所の光景が広がっていた。


「ただいま」


 俺は大樹に向けて囁いた。

 その時、まるで俺と姉ちゃん、客人のユリアナを迎えるかのように暖かく優しい風が俺達三人を包んでくれたのだ。まるで「おかえり」と歓迎してくれているかのように。


「ここは不思議ですね。心がだんだん温かく……」


 ユリアナは手を胸に当て、大樹を優しく見つめる。何を思ってあんな目をしているのか、俺には知る由もない。

 きっと何か思うことがあるのだろう。

  

「相変わらず俺たちを高い場所から見守ってくれてるみたいだな」

「お姉ちゃんがここ見つけたの。すごいでしょ~」

「どうせ彷徨ってたらここに辿り着いた、みたいなパターンだろ?」

「もうネオ君のいじわる」

「お二人は本当に仲がよろしいのですね。お救いいただいた身で言うのもなんですが、雨風凌げる場所はどこに?」

「そうだな、この大樹の下だけだ」


 嘘だ、と言いたげな表情に俺と姉ちゃんは笑いを堪える。まあ、そりゃ当然だと思う。


 外で一日過ごすなんて普通誰しもがするようなことじゃない。虫はいるし、最初の間は身体が慣れてないせいもあってか体調不良にも陥る。

 でも、この環境に慣れた時、嘘みたいに体調を崩すこともなくなる。それにこんな自由な世界があったのか、と感じることもできる。

 壁に囲まれた狭苦しい部屋で一日過ごすより、自然を見て、感じて、過ごす方が気分も爽快で落ち着くのだ。


「さて、今日は早いけど各自休むか」

「そうね、お姉ちゃんも疲れちゃった」

「もう休まれるのですか?」

「ああ、すぐに日が暮れるから」


 俺は焚き火の準備をする。

 そこら中に散らばっている小枝を一箇所に集め、燃えやすい樹皮に姉ちゃんに頼んで火を点けてもらった。それを小枝の隙間に入れて、空気を送り込むと、はい、これで準備完了。


「姉ちゃん準備できたぞ」

「はーい、じゃあ今日は寝よっか。あ、そうだユリアナちゃんお腹空いてる?」

「いえ、大丈夫です」


 大樹の元で横になると、姉ちゃんが俺を抱擁するかのように横になった。


「姉ちゃん今日は会長が……」

「気にしなくていいの」


 その様子を見てか、ユリアナまでマネをし始めたのだ。

 顔が近い。姉ちゃんの後ろに行けばいいものの、なぜ俺の前にくる? それに顔がものすごく近いし、いい匂いもする。

 改めて見るとやっぱり肌白くて綺麗だよな。


 そんなユリアナの匂いと姉ちゃんの温もりに包まれながら、俺は眠りに就いた、はずだった。

 全然眠れない。

 正面を見ればユリアナが、後ろには姉ちゃんが、こんなの落ち着かないじゃないか!


 二人は熟睡してるようだし起こさないようにしないと。

 

 そっと立ち上がった俺は、少し先にある川まで歩いた。特に用事があったわけではない。

 久しぶりに帰ってきたから、ここにきたくなったそれだけのことだ。


 水の流れる音が落ち着く。

 そのうち眠たくなるだろうと、夜空を見上げ星を眺めた。月は見えないが、星の数はいつも以上に輝いている。


「今日話すべきだったかな……」


 何を話すべきだったか。

 俺には成長した姿を見せたい人がいる。

 姉ちゃんじゃなく、本当の家族だ。


 あんな形で別れてしまった、きっと心配しているに違いない。実際、あれは姉ちゃんが操っただけで、家族全員が俺を愛していた、と姉ちゃんが言っていた記憶がある。

 だからこそ会いに行くべきだと俺は思ったのだ。


 美人ママ――フィアはもちろん、実の姉セレシア、そして操られた張本人……名前も知らない父親に。


―――――

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