第24話 俺、静かな時間を過ごす

 俺は一人で竹林を抜け、もう一度宿を訪れた。

 すると中から笑い声と物音が聞こえてくる。中に入ると、姉ちゃんが先回りしていたようで、暗い顔をしたユリアナを肩に抱き寄せ、真摯に話を聞いているようだった。


 乙女同士の会話に男の俺が入る、そんな無粋なマネはできない。


 俺はそっと足音を立てず以前泊まった和室に移動した。話が終わるまで暇で仕方ない。何をしようか、そう考えるとだんだん眠気が襲ってくる。


「今日も一日疲れたな」


 その一言だけ呟いて、気づけば俺は眠りに落ちていた。



 いつの間にか眠っていたようで、目を開けると外はまだ真っ暗で二つの月と幾千もの星が夜空で輝きを放っている。


「ネオ君、寝てる?」

「起きてるよ」

「入ってもいい?」

「ああ」


 襖を開けたのは姉ちゃんだった。

 右手に徳利とっくり、左手にお猪口ちょこを二つ持って俺の隣に座ってきたのだ。徳利とっくりというのは、主に酒を入れる容器、お猪口ちょこが酒を飲むために使う器だ。

 そんなことどうだっていい。

 誰に説明してんだ、俺。


「一緒に飲まない?」

「俺はまだ未成年」

「そう? だったらお茶でいい?」

「うん」


 姉ちゃんは和室に置かれてあった茶器セットの中から急須と茶碗を出した。魔法で沸かした熱いお湯を茶葉が入った急須に注ぐと、懐かしい香りが部屋中に広がった。

 この世界にきて一度も飲んでいない。懐かしい香りだ。日本の宿と似通った雰囲気のある宿だと思ったが、まさかこの世界にも緑茶が存在するとは驚きだった。


「はい、ネオ君」

「ありがとう」


 夜空に輝く月と星を眺めながら二人で過ごす時間。久しぶりだ、こんなにも静かな場所で二人きりになるのは。

 あの大樹の元で暮らして以来だ。

 ゆったりしながら夜空を眺めていると、姉ちゃんから話を切り出した。


「ねぇ、ネオ君」

「ん? なに?」

「あの子、これからどうするつもり?」

「会長のことか。正直、どうしようか迷ってる。助けたのはいいけど、その先のこと一切考えてないし」

「お姉ちゃん彼女と話したの」

「それで? 何て言ってたんだ?」

「こっちにきなさい」


 そう言った姉ちゃん。

 次の瞬間、物陰から現れたのはユリアナ本人だったのだ。まだよそよそしい部分は若干残ってるが、顔色はよくなっている気がする。

 ちゃんと食事もできて、風呂も入ったらしく浴衣も着て、それなりの格好もしているようだ。

 でもここまで浴衣が似合うのも珍しいな。


 姉ちゃんは胸が強調されるあまりそっちばかりに目が行くが、ユリアナの浴衣姿はずっと見てられる。決してユリアナの胸が小さいとか、そういう意味じゃない。

 単にめっちゃ浴衣が似合ってる、それだけの話だ。


「彼女、キレイでしょ。お姉ちゃんも負けてられない」

「ああキレイだ」


 小声で呟くと、ユリアナは俺に頭を下げた。


「今までのこと、ごめんな……さい。わたくしどう謝ったらいいか。貴族出身だからと、平民と言ってバカにしてあんなにあんなに辛いなんて、思わなかった……」

「それを俺に言われてもな。まあ会長ぐらいの貴族様からすると平民は汚く貧乏な虫けら同然なんだろう。けどな、平民は平民なりに必死に働いて生きてる。それも悠々と暮らしてる貴族と違ってな。と、俺もあまり言えたギリじゃないが」

「そう、なのですか?」


 ユリアナは不思議そうな顔で俺を見つめる。

 最後の言葉が引っ掛かったのかもしれない。

 

「元は俺も貴族の生まれ。わけあって姉ちゃんと暮らしてるが、実際、学費も姉ちゃん、食費も姉ちゃん、宿泊費も姉ちゃん。俺は姉ちゃんのヒモだ」

「は、はぁ……」

「こんな自分勝手でろくでもない、それでいて金もない俺でもこの世界でなんとか生きてる。そういう世界なんだここは」


 言いたいことを上手く伝えられない俺。

 そんな俺を見兼ねてか姉ちゃんが、俺の肩を叩いたあと代わって口を開いた。


「ようはね。ネオ君は自分みたいな最低最悪な人間でも必死に足掻けば生きていける、そう言ってるの」


 いや、そこまで自分を悲観してないが……まあいいか。ちょっとでも俺の言葉でユリアナが勇気ずれられたらいいが、やっぱり厳しいよな。


 幼い頃から魔法と魔術の才を持ち、傲慢とも取れる両親に育てられ、さらには国の支えとなる四大貴族と名高い家系の生まれ。

 そんな彼女が俺みたいな一平民の言葉を聞くはずがないのだ。


「そう、ですね。わたくし頑張ってみます」


 思いもよらない返事だった。

 まさか俺の言葉を受け入れた、だと。

 

「なら力になれることがあったらいつでも――」

「わたくしをネオ様の奴隷にしてください!」

「はい?」


 気のせいか?

 今、俺の奴隷になりたいって言ったか?

 いやいや、まさかそんなはずはない。

 会長時代の彼女を知ってるからこそ、尚のことさらあり得ないと断言できる。


「リリスさんが一番だと理解はしています。ですがわたくしを……あの身体を弄ばれるような地獄から解放してくれたネオ様の元でお役に立てればと思いました」

「そんなこと言われても……雇う金はもちろん、今後の会長のためにならないと思うけど」

「なるか、ならないかはわたくしが決めます。だから、だからどうかわたくしを、わたくしの居場所を……お願い」

「と言ってるが姉ちゃんはどう思う?」

「お姉ちゃんはいいと思うけどね。だって屋敷の掃除も手伝ってもらえるし、食事の準備も、寝坊助さんの面倒も分担できるしね」


 その言葉を姉ちゃんから聞き、俺は決心した。

 ちょっとでも彼女の力になれるなら、それに彼女を救った責任もあると思ったからだ。できる限り彼女のサポートをして、その先は彼女自身が自分で決めればいい。


 俺はそのサポートをするだけだ。

 まあ、損はないな。

 でも、またさらに屋敷が賑やかになる、そんな気がした。

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