第20話020「家族への説明。由美の疑惑」



——放課後


 お昼休みに『クールビューティー様弾劾裁判』で何とか無罪を勝ち取った俺は家路を辿っていた。


「はぁぁぁ、しかし何だったんだ、あの『クールビューティー様弾劾裁判』ってのは! あと、その裁判を仕切ってた『雨宮親衛隊』ってなんだよ! どこぞの新興宗教みたいに怖かったんですけどぉ!」


 クラスの中の数人が突然顔まで隠す白い三角のでっかい覆面を被っていた。佐川の話によると、そいつらは雨宮さんを『主神』とする(いや、主神って何だよ!)『雨宮さんを遠くから謹んで見守る親衛隊』⋯⋯略して『雨宮親衛隊』というものらしい。いや、ウチのクラス大丈夫ぅ?


「まぁ、でも⋯⋯楽しかったな」


 今日のお昼休みはいろいろあったけど、ぶっちゃけ高校に入って一番楽しかった。


「そういや佐川も最初はぎこちなかったけど、話したら、それなりに、良い感じだったな⋯⋯」


 異世界に行く前は佐川のことを「殺してやりたい」と思うほど憎くて仕方なかったのに、でも、今はそんな気持ちは全くない。


「まぁ、ちょっと・・・・脅してスッキリしたってのもあるけど」


 とにかく、今回こうやって佐川やクラスのみんなと気軽に話せるようになったのは雨宮さんのおかげでもある。ていうか雨宮さんのおかげで相違ない。


 雨宮さんには本当に感謝だな。今度俺の方から彼女のところへ行って感謝の言葉を伝えよう。


「そういや、雨宮さんってチャンネル登録者数40万人以上の有名Dストリーマーって言ってたな。今日家帰ったら早速観てみよう」


 俺も明日土曜日にはいよいよ探索者シーカー養成ギルドへ行ってF級探索者シーカーの資格を得ることになる。そしたら、俺もDストリーマーをやってみたい。


「その前に——今日帰ったら家族みんなに話さないとな」



********************



「「「えっ? タケル(兄ぃ)が探索者シーカーになるぅ?!」」」


 その夜——俺は母さんや妹たちに明日探索者シーカー登録に行くことを話した。


「タケルが探索者シーカーって⋯⋯レベル2になったの?」

「うん」

「タケル兄ぃがレベル2に? それっていつからなの?」

「今週の初め頃⋯⋯かな?」

「た、確かに、タケル兄ぃの体が妙に細マッチョになってるってことは把握・・していたけれど、まさか、レベル2になっていたなんて⋯⋯」

「うん? 由美? 把握って何かな?」


 3人は一様に驚いていた。


 それもそのはずで、本来であればF級探索者シーカーになるために必要なレベル2に上げるというのが簡単じゃないのは誰だって知っていたからだ。


 一応、3人には今年の夏休みに密かに部屋から抜け出して『探索者シーカー養成ダンジョン』に通っていたことを告げ、辻褄を合わせた。見た感じ、3人とも信じているようでよかった。


「登録料の5万円は貯金で払えるから心配しないで」

「それはいいけど、不安だわ。探索者シーカーだなんて⋯⋯」


 母さんはそう言って不安そうな顔色を浮かべる。しかし、


「母さん、大丈夫だよ。タケル兄ぃって強いから!」

「亜美? それはどういうこと?」

「ちょっと前までタケル兄ぃをいじめていた人たちがいたけど、今ではタケル兄ぃを見たらコソコソして避けてるって言ってたから」

「え? それってどういう⋯⋯?」

「きっとタケル兄ぃがあいつらをギャフンとやっつけたんでしょ! ねっ! そうでしょ?」


 亜美がそう言って俺にキラキラした目で言い寄ってきた。一瞬返答に迷うも「ここはそういうことにしたほうが母さんを安心させられるかな?」と思った俺は亜美の言葉に乗った。


「ま、まあ、そんな感じかな?」

「やっぱりー! 同級生の間で噂になってたんだ、タケル兄ぃのこと!」

「え? 噂?」

「タケル兄ぃが現役高校生探索者シーカーの佐川先輩やその舎弟シャテーさんたちをボコボコにしたって!」

「ええっ!?」


 おい、亜美!


 こいつ母さんの前で何てこと言ってるんだ。そんなこと言ったら、


「ちょっとタケル! どういうこと?! 母さん、あんたが学校でいじめにあってるっていうのは亜美と由美から聞いていたけど、そんな話は聞いてないわよ!」


 母さんがすごい剣幕で詰め寄ってきた。


「い、いや、喧嘩なんていうのとは違うよ?!」

「え? 違うの?」

「俺はただ佐川たちに『もうこんなことはやめてくれ』って言っただけだよ。もちろん最初は手を出してきたけど俺はけまくっただけだって。それでF級探索者シーカーなのに俺に一発も当てられなかったのがショックだったのか、最後は『もうお前には関わらねーから俺の目の前に現れるな』って言って諦めてくれただけだよ」

「え? それってつまり、F級探索者シーカーの佐川先輩がプライド傷つけられて諦めたってこと?」

「まーそんな感じだ。だって、周りの取り巻き連中に力の差を見せつけようとしてうまくいかなかったんだからな。それで俺に関わるとこれからもこんなことになるのは損するとでも思ったんじゃないか? 知らんけど」

「そうなんだ。私、てっきりタケル兄ぃがあいつらをぶっ倒したのかと思ったよ」

「そ、そんなこと、できるわけないだろ?! いくらなんでも4人相手に勝てるわけないじゃないか!」

「ま、まーそうだけど。でも、みんなも私と同じようにタケル兄ぃがやっつけたって思ってるよ?」

「別にいいさ。俺に被害が及ばなければ。とにかく、何が言いたいかっていうと、俺がF級探索者シーカーになって佐川の攻撃を避けるくらいには能力が上がったってことだ」

「そうか、そういうことだったんだね。でも、すごいね。高校生で探索者シーカーって一般の人よりも身体能力がかなり高いはずなのに、そんな佐川先輩の暴力を全部避けて諦めさせるなんて。それだけタケル兄ぃに探索者シーカーの才能があったってことだもんね!」

「お、おう。コホン⋯⋯ま、まあ、ともかく、これで母さんも少しは安心した?」

「そう⋯⋯ね。前と違ってだいぶ逞しくなったみたいで、それに関してはお母さんも嬉しいけど⋯⋯。でも、探索者シーカーはその⋯⋯ダンジョンでバケモノと戦うんでしょ?」

「お母さん、魔物だよ、魔物」

「とにかく! タケル⋯⋯絶対に無理だけはしないと母さんに約束して!」

「うん、約束するよ」


 どうやら、母さんは俺が語った『佐川たちとの顛末』を聞いて、少しは安心してくれたようだ。亜美も俺の話を信じてくれた。


 ぶっちゃけ、今のはすべて『口からデマカセ』なのだが、それにしてもよくもまぁ、これだけのデマカセをスラスラ言えたもんだと自分で言っといて感心した。


 まー、『スキル:交渉(極)』を使ったというのもあるが(テヘペロ)。


 そうして、無事家族を安心させることができた俺は、明日いよいよ『探索者シーカー養成ギルド』へと向かう。



********************



「由美、どうしたの? そんな眉根寄せてブサイクな顔して?」

「うるさい。誰が『陰キャコミュ障ブサイク』だ」

「そこまでは言ってないっ!?」


 と、亜美のからかいを軽くあしらった由美であったが、しかし、顔はまだ眉根を寄せ難しい顔をしたままだった。


「⋯⋯タケル兄ぃが夏休みにずっと部屋に引きこもっていたことは間違いない。だって、タケル兄ぃの部屋には私がWebカメラを5台設置してモニタリングしていた。そんな『タケル兄ぃウォッチャー』の私が言うんだから夏休み中部屋にいたのは間違いない。なのに、どうやって外に⋯⋯?」

「⋯⋯(ポカーン)」


 何からツッコんだらいいかわからないくらいなことをボソッと呟く由美に、ポカーンとする亜美。


「で、でも、さっきタケル兄ぃにステータスを見せてもらったら確かに『レベル2』となっていた。てことはレベル2になったのは事実。でも、それだと5台のWebカメラが映していたあのタケル兄ぃは一体何だったの? 偽物? いやいやいや、そんな非科学的な。でも、それじゃあどうやって外に⋯⋯?」


 由美の眉根が寄り、深い溝をさらに深くしていく。


「タケル兄ぃが24時間ずっと部屋にいたのは間違いない。なのに、どうやって探索者シーカー養成ダンジョンへ? しかもレベル2になるには『レベル1の壁』っていう一般人でだいたい1年はかかるって聞いたことがある。ということは、夏休みの2ヶ月間だけでレベル2になるには、おそらく、ほぼ毎日⋯⋯。しかもほぼ1日中ダンジョンに入って魔物を倒して経験値を得る必要があるはず」


 由美は手元にある情報だけでさらに考察を続ける。


「それをタケル兄ぃは夏休みの間中ずっとやっていたってこと? 私たち家族に気づかれずに? そんなのあり得ない。少なくとも私の5台のWebカメラの目からは逃れることなどできるはずがない!」


 由美が力強くそう呟く。後半は少し犯罪チックなのはご愛嬌。


 どんどん深まる謎。タケルへの疑惑。


 とりあえず由美は「一旦冷静になろう」と混乱する頭を冷やそうと、まだポカーンとしている亜美を他所目に浴室へと向かった。

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