第12話012「家族と食卓と母の味と」



「⋯⋯着いたか」


 バス停から降りて、重い足取りのまま家に向かう俺。そんな時だった。


 ブブブブブっ⋯⋯!


 俺のスマホがブルった。見ると、妹で長女のほうの亜美からの電話だった。


「どうしよう⋯⋯」


 俺はこの電話を取るか迷った。家に帰る前に取ったほうがいいだろうか? 果たして、俺が取った行動は、


 そっ閉じ。


「うわぁぁぁ〜やっちゃったぁぁぁ!」


 俺は亜美の電話を取らなかった。その後、ふと着信履歴を調べてみた。


 ズラァァァァ⋯⋯と着信が43件。その内、亜美からの電話が32件で次女の方の由美からは11件だった。


 どうやらダンジョンに潜っている最中に電話をかけまくったようだ。


 実際、着信の時間を見るとダンジョンにいる時⋯⋯しかも『異世界からの能力継承』がわからなかったときにゴブリンに遭遇したあたりに着信は集中していた。


 ちょうどその時は俺もゴブリンに襲われ無我夢中だったのでマナーモードのスマホの着信に本当に気づいていなかった。


 とはいえ、向こうからしたら俺が電話を取るのを拒否ってるとしか思わないだろう。しかも、今も電話取らなかったし⋯⋯。


「ううぅ⋯⋯電話取らなかった選択は失敗だったかなぁ」


 ただでさえ重い足取りがさらに重くなる。


 しかし、それでも歩いて5分ほどすると家に辿り着いた。


「ふぅ〜⋯⋯さてと」


 俺は玄関の前で立ち止まっていろいろ考える。


「い、いよいよか。しかし、どんな顔をして中に入れば⋯⋯」


 緊張から口の中が乾いているのがわかる。ドア越しから中の様子が聞こえる。どうやら台所で妹たちと一緒に料理をしているようだ。


「よし、行くぞ」


 ガチャ。


 俺はドアを開け、「ただいま」と声をかけようとしたその時、


「「あ、お兄ちゃんっ!?」」

「うっ!」


 ドアを開けたそこに、ちょうど玄関近くの廊下にいた双子の妹、亜美と由美にバッタリ会ってしまった。


「あ、あ、いや、その⋯⋯」


 俺は予想外の出来事に言葉にならない言葉を発し、あわあわとしてしまう。すると、


「コラぁぁぁ! 電話取れー!」

「電話取れー!」

「うわぁ!?」


 と、亜美と由美の二人が俺に飛び込んで抱きつく。


「もう! マジで⋯⋯マジ電話取ってよ、タケル兄ぃ! 心配⋯⋯したんだよ!」

「あ、亜美⋯⋯」


 そう言って、亜美が涙を溢しながら俺に訴えかける。


「タケル兄ぃ⋯⋯電話⋯⋯ちゃんと取ってよ。心配だったんだから⋯⋯ね」


 と、由美が涙を流しているだろうが、それを見せまいと俺の胸にグリグリと顔を押し付ける。


「ご、ごめん⋯⋯。ごめん、二人とも⋯⋯。本当に⋯⋯本当に⋯⋯ごめんなさい」


 俺はずっと二人に嫌われていると思っていたので、まさかここまで俺のことを心配して、しかも涙まで流すなんて思ってもいなかったので、嬉しさのあまり俺も少しほろっとしてしまった。


 そんな3人が玄関前で抱き合っていると、


「ほら、亜美も由美も、もうその辺で許してあげなさい。お兄ちゃんも疲れているんだから⋯⋯ね?」


 台所から母さんが笑顔で声をかけてくる。


「か、母さん⋯⋯その⋯⋯俺⋯⋯」

「おかえりタケル。話は後よ。それよりも夕飯できてるわよ」

「母さん⋯⋯うん、わかった」


 そう言って、俺は靴を脱いで家に上がる。


「おかえり、タケル兄ぃ!」

「おかえりなさい、タケル兄ぃ!」

「亜美、由美⋯⋯ただいま」


 俺が二人に改めてちゃんと挨拶をすると、二人はニコッと微笑み俺の両手を引いた。


 俺は3人の言葉と態度に、少しだけ緊張が取れた気がした。



********************



「さあ、今日はあなたの大好きなハンバーグよ」

「⋯⋯母さん」


 居間に入ると、ちょうどテーブルに料理を運んでいた母さんが声をかけてきた。


「あ、あの、その前に⋯⋯俺はその⋯⋯今までみんなに迷惑を⋯⋯」


 俺はここで謝ろうと口を開こうとした。しかし、


「さあ、それじゃあ料理が冷めないうちに食べましょー」

「ほら、ほら、座った、座ったー!」

「⋯⋯料理が冷めるタケル兄ぃ、お座り! ハウス!」


 3人は俺の言葉を全く聞こうとしないどころか、妹二人に無理矢理椅子に座らされた。


「全員揃ったわね! はい、じゃあいただきまーす!」

「「いただきまーす!」」

「⋯⋯い、いただき⋯⋯ます」



********************



「ごちそうさま⋯⋯でした」

「はい、お粗末さまでした」


 俺は母さんに何気ない感じで「ごちそうさま」と声をかけたが本当は母さんの料理にとても感動していた。


 何せ、家族からすれば夏休みからの今までと変わらない日常だろうが、俺からすれば実に5年ぶりの我が家であり、母さんの手料理なのだ。


 正直、かなり美味しかったし、何より自分好みに合わせて作られたハンバーグに『母の味』を強烈に感じたのだ。なのでその結果、


「うっ⋯⋯」

「ちょっ!? タ、タケル、どうしたの、いきなりっ!」

「タケル兄ぃ!」

「タケル兄ぃ⋯⋯!」


 思わず、涙が溢れてしまった。


「ご、ごめん!? 突然こんな⋯⋯」


 俺は突然泣いてしまったことを3人に謝罪しようとした。しかし、


「いいのよ、タケル」

「母⋯⋯さん?」

「私は嬉しいわ。タケルがこうやってもう一度居間ここでみんなと一緒にご飯を食べに来てくれて」

「そ、その⋯⋯! お、俺は⋯⋯」

「大丈夫。大丈夫だからね、タケル。母さんもこの子たちもあんたの味方よ。母さんたちが絶対にタケルを守るからね。タケルが心配や不安に思うことは何もないからね」

「か、母さん⋯⋯!」


 まさか、母さんがそんなことを考えていたなんて⋯⋯。夏休みの間中、酷い言葉を投げかけて何度も突き放していたのに。


「そうだよ、タケル兄ぃ! 私がタケル兄ぃを守ってあげるんだから!」

「あ、亜美⋯⋯」

「うん。タケル兄ぃに非道いことした奴らは絶対に⋯⋯許すまじ」

「ゆ、由美⋯⋯さん?」


 亜美と由美も母さんと同じように俺を守ってあげると言ってくれる。


 あ、いや、若干一名由美だけ、ちょっとニュアンスが気になったけれども⋯⋯。気のせいかな?


「とにかく、今こうしてタケルを見て、母さん安心したわ」

「え? 安心?」

「そうよ。正直昨日までのあなたは自分に絶望していて周りを絶対に寄せ付けないという確固たる決意のようなもので、すごい強固なバリアを敷いていたように見えたもの。でも、今のあなたは、なぜだかよくわからないけどすごく成長しているように感じるわ。心身ともにね」

「っ! そ、そうかな⋯⋯」


 鋭い。やっぱり親ってちゃんと子供のことを見ているんだな。


「私だって感じたよ! 昨日のタケル兄ぃとは全然違うことくらい!」

「亜美⋯⋯そうか」

「⋯⋯私も。あと、よくわからないけど、タケル兄ぃがすごく強くなっているようにも感じる」

「ゆ、由美⋯⋯っ!?」


 驚いたことに、次女の由美が母さん以上に鋭い指摘をした。


「つ、強いって⋯⋯はは、そ、そんなわけ、ないだろ? 俺はいじめられていた・・んだぞ?」


 俺は何とかごまかそうとそんなことを言った。すると、


「いじめられて⋯⋯いた・・? タケル兄ぃ、何で過去形?」

「あ⋯⋯!」


 やばっ!? パニくって思わず由美に過去のことのように言ってしまった。


「わ、悪い、悪い、言い間違えた。いじめられている・・⋯⋯だったよ。ははは」


 俺は必死に取り繕った。


「⋯⋯ふーん、言い間違えか。それじゃあ仕方ないか」


 ほっ。何とかごまかせた。


 それにしても、由美は昔っから『第六感』というか、そういったのが妙に鋭いやつだったな。忘れてたわ。まったく、いつもはボーっとしていて人の話を聞いていない感じなのに。


 まーそれはそれとして。


 俺は由美を見てふと気づいたことがある。


 こいつ、こんなに胸大きかったっけ?


 考えたら、妹たちとは夏休みに入ってからは全然顔を合わせることはなかったから、もしかしたら夏休みの間に急激に成長したのだろうか?


 あ、でも、亜美は相変わらずのちっぱいままなんだ⋯⋯などと考えていると、


「タケル兄ぃ〜? 今、私に対してすご〜く失礼なこと考えてなかった?」

「へっ!? な、何を⋯⋯! そ、そそそ、そんなわけないだろっ!?」


 俺は必死になって亜美の言葉を否定する。


 ふぅ〜、何とかごまかせ⋯⋯、


「全然、ごまかせてないからね?」

「うっ!」


 全然、ごまかせてませんでした。


 ちなみに、二人は俺の一つ違いの双子の妹たちで長女の亜美こと『結城 亜美ゆうき あみ』は活発でハキハキとした性格だ。クラスではいつもリーダーシップを取って皆のまとめ役をよくやっている。まさに『陽キャの日本代表』みたいな奴だ。『さくらんぼの髪留め』が特徴だ。あと、ちっぱいだ。


 次女の由美こと『結城 由美ゆうき ゆみ』は亜美とは逆におっとりとした性格で、特にクラスメートと一緒になっておしゃべりするという感じではない。ただ、なぜかクラスのみんなから『マスコット扱い』されているようで大人気らしい。あと、今年の夏、巨乳へと成長を遂げた我が家の成長株である(あれ、成長株の使い方おかしいかな?)。亜美とお揃いの『さくらんぼの髪留め』をしているが、亜美とは対照的に右側につけている。


 この俺の一つ下の双子の妹たちは、入学当初から同級の1年生だけでなく、上級生からも『美少女姉妹』と注目を浴びていた。それもあって佐川たちからはほぼ毎日執拗に「お前の双子の妹を紹介しろ!」とうるさかった。


 散々いじめられた俺だったがこれだけはつっぱねた。頑として譲らなかった。まーそのおかげであいつらのいじめはそこからさらにエスカレートしていったけどな。


 でも、この時絶対に譲らなかった自分を俺は今でも誇りに思っている。

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