第47話 母の遺伝

~応接室~

2月の終わり、芙蓉は夫に連れられて応接室にきていた。

これから、龍景が再婚相手のハヤブサ妻を連れて挨拶にくるらしい。

カバとの離婚は何年前だっただろうか?


「失礼します。」

営業スマイルを張りつけた龍景が入ってきた。

一歩後ろにドレスを着たハヤブサの獣人がいる。色鮮やかなドレスはオウム族の毛織物だ。


「族長、奥様、結婚のご挨拶に参りました。」


龍景はそう言って一礼するとハヤブサを見る。

「初めまして。ハヤブサ族のヤードと申します。」

ハヤブサは深々とお辞儀する。

「ああ、初めまして。龍景を頼んだよ。」

夫は営業スマイルでいつもと同じことを言っている。

「初めまして。これからよろしくお願いします、ヤードさん。」

芙蓉は作り笑顔でハヤブサに微笑みかけた。

大きな身体のカバとは全く違う。鳥族は羽があるのに痩せて見える。いや、引き締まっているというべきかな?

芙蓉はハヤブサの獣人は初めて見るが、小顔に真ん丸の瞳がなんとも愛らしい。

ハクトウワシのケープよりも小柄だ。


しかし、このハヤブサも明らかに顔色が悪く、元気がない。

他の獣人の妻と同じく視線は床に落としている。

紫竜との結婚が嫌なのか、臭いにやられているのか、夫に怯えているのか・・・全部かな。


「お時間を頂きましてありがとうございました。」

龍景夫婦はそう言って退室していった。

「はは。あいつはまだ不満そうだなぁ。」

扉が閉まるなり夫はそう言って笑う。

「え?」

芙蓉は驚いて夫を見る。

「龍景だよ。あいつはまだ自由な独身生活がいいって言ってたのに、同じく再婚を嫌がる龍栄にハヤブサを押し付けられたんだ。」

夫は笑いながら教えてくれた。

「そ、そうなのですか?」


「ああ、ま、その龍栄もカラスとの再婚が決まったけどな。」


「まあ・・・ついにですか。」

龍栄が白猫の妻と死別したのももう何年も前だ。

父が再婚してくれないと竜縁は何年もぼやいている。

「ああ、4月ころに嫁入りの予定だ。カラスは主要取引先だからな。龍栄以外に引取り手はいなかったから、ちょうどよかった。」

「・・・」

芙蓉は返事に困った。


別に夫がカラス妻と離婚したのは芙蓉のせいではないのだが・・・

夫がカラスとの離婚と芙蓉を枇杷亭に連れてきたことを何ヶ月も隠していたせいで、芙蓉が枇杷亭に来たから、夫は別居中だったカラス妻と離婚したと思われているらしい。

それからカラス族との縁談が10年近くなかったのはきっと・・・芙蓉は気まずくて仕方ない。


夫はそんなこともすべて忘れてしまったのだろうか?


紫竜の雄は再婚すると前妻のことをきれいさっぱり忘れるのだと、ケープが教えてくれた。

こんなにも妻に執着する生き物なのに?

紫竜の生態は理解できない。

いや、唯一の妻に執着するためには、他の女のことを忘れることは必要なことなのかも知れない。


「芙蓉どうした?」

夫の心配そうな声で芙蓉は我に返った。

「あ、いえ。鳥族の奥様は久々ですね。」

「ん?ああ、なんか最近まで鳥族に嫌われてたらしい。こっちも白鳥とワシは避けてたし。」

「そうでしたか。」

「あと、胎生の妻が増えたから、女たちは卵生の妻を増やしたいらしい。特に鳥族の母親を持つ竜は飛ぶのが上手いからな。」

「そうなのですね。あ、ではあなたも?」

夫の母親は孔雀の獣人だ。


「ワシや白鳥、カラスを母に持つ奴らには敵わないからなあ。 俺は、泳げたり、速く走れたりする方が羨ましいよ。」


「そうなのですね。・・・ごめんなさい。私は何も・・・」

芙蓉は落ち込んだ。

獣人の身体能力なんて芙蓉には皆無だ。

子どもたちに何の恩恵も・・・


「ん?どうした芙蓉? 俺達の子どもはみんな、知能が高いし、協調性はあるし、手先は器用だしで、他のやつにはない長所があるから一族は大喜びしてるんだ。

竜琴は君と同じく繁殖能力も高いんじゃないかって、黄虎や朱鳳が目を付けてるし。」

「ええ!?」

芙蓉は驚いた。


「え!?協調性?繁殖・・・能力? え?私には空飛ぶ羽も、早い足もないし、泳げもしないし、人の中で頭がいい方でもないのに?」


「え?またケンソンかい? 空を飛んだり速く走るなんて獣人の使用人でもできる。でも、人族の母親から受け継いだ能力は代わりがきかないんだ。あの子たちが芙蓉から受け継いだ知能や協調性は紛れもない財産さ。君は最高の花嫁だよ。」

夫は嬉しそうにそう言うけど、芙蓉は信じられない。

芙蓉は人の中でも凡庸というか秀でた才能なんてなかった。

上の子たちには、芙蓉が小学校の勉強を教えているけど、飛び抜けて頭がいいわけでもない。

獣人と違って、夫は漢字の読み書きも、100万を超える数字の計算もできるから、紫竜一族の中で子どもたちの知能が高いとはとても・・・むしろ竜縁の方が龍陽・竜琴よりも賢いのではないかと思っている。


「そんな・・・大袈裟です。あの子たちはみんないい子ですけど、漢字の読み書きなら竜縁様の方が・・・」

「え?竜縁?あいつは白猫の母だからなぁ。頭の成長はもう止まるんじゃないかって、竜夢が言ってたぞ。それに比べて龍陽と竜琴はまだまだ知能が成長中だってさ。教えたことをどんどん吸収して、教えてないことまで自分達で思い付くって女たちは感動してるよ。」

「ええ!?」


子どもたちの教育は雌竜たちも行っているらしい。妻には教えられない話もあるからと、時々、竜冠や竜礼が子どもたちだけ連れていくのだ。

「芙蓉?どうした?」

「あ、いえ。子どもたちは皆勉強熱心ですから。 でも、母親の種族の特徴というか長所を竜の子は皆引き継いでいるものなのですか?」


「ああ。そうだな。龍栄が腕力が強くて木登りが得意なのは熊の遺伝だし、龍算、竜礼、龍緑が泳げるのはワニの遺伝だ。

母親の種族に偏りがでないよう女たちは縁談を調整してるんだと。最近だと、水生獣人が足りないからって、カバやカワウソとの縁談に熱心だったな。」  


「・・・そうなのですね。」


なのに夫は政略結婚したカラスと勝手に別れて、勝手に芙蓉と再婚したのか・・・女たちはさぞ怒っているのではないだろうか?


「あの・・・あなた?」

「ん?」

「その、怒られませんでした?政略結婚したカラスと別れて、私と再婚したことを。」

「え?前妻ってカラスだっけ?

ん~父上は俺が婚前交渉して、芙蓉を何ヶ月も隠してたことには怒ってたけど、芙蓉との再婚と懐妊には喜んでたぞ。

しかも俺はどこの取引先からも縁談拒否されてるらしいから、皆、芙蓉と別れるのだけは止めろって言うんだ。俺は別れる気なんてないのに。芙蓉だって俺と添い遂げるって思ってくれてるだろ?」


「え?はい。私はずっと、あなたのおそばにいたいです。」

「俺は芙蓉と結婚できて幸せだよ~」

夫はそう言うと芙蓉の肩を抱き寄せて唇を重ねる。優しいけれど濃厚なキスに芙蓉は耳まで真っ赤になった。


「もう。私もあなたと結婚できて幸せです。」


濃厚なキスから解放された芙蓉は、そう言って夫の胸に頭を預ける。

芙蓉にこんなにも情熱的な言葉をかけてくれるのも、優しくしてくれるのも夫だけだ。

この幸せがずっと続いてほしい。

芙蓉の望みはそれだけだった。

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