第46話 妻の経歴

~族長執務室~

「では、す、進めさせて頂きます。」

龍栄の顔色を伺いながら、遠慮がちに喋っているのは竜染だ。


『ざまあ』


ふて腐れた顔でソファーに座る龍栄を見て、龍景はそう思わずにはいられない。

昨日が、竜礼が勝手に決めた龍栄説得の期限だったが、まあ

あの龍栄

が族長以外の言うことなんて聞くわけがない。

父も龍海様も意地になった龍栄を前にお手上げ状態だった。

族長も気が進まないようだったが、奥様のこととなると別だ。

龍景は昨日夕方の族長執務室でのやり取りを思い出してまた顔がにやけてしまった。



~族長執務室~

「ぞ、族長、龍栄様。もう日が暮れますがいかがされます?」

龍海が遠慮がちに2人に話しかける。

「う~ん。」

族長はまた頭を抱えている。

「・・・」

龍栄は何も言わないが、相変わらず青い顔だ。


そうだろう。

族長抜きで族長の奥様交えたお茶会なんて・・・どう考えても族長に半殺しにされる未来しか見えない。


「仕方ねぇ。龍栄殿、喧嘩しましょう。」


「は?」

突然の族長の宣言に龍栄は目を丸くしている。

「俺だって嫌ですよ。正直、龍栄殿の縁談なんてどうでもいいし、喧嘩だってしたくない。でも、芙蓉が絡むと俺は手加減できなくなるので、俺が正気のうちにやりましょう。」

族長はそう言って立ち上がった。


「いやいや!俺は奥様とお茶会なんてしませんよ! 龍希殿が自分の妻説得すれば済む話でしょう!」


龍栄は慌てている。

「いや~芙蓉が俺の言うことどこまで聞いてくれるか分かんないですし。てか、こんな他竜の縁談に妻を巻き込みたくない。さくっと俺と喧嘩して再婚してください。」

「ええ!?」


龍栄は助けを求めるようにこっちを見てきたが・・・


「本家はやめて下さいませ。 お二人の喧嘩となれば、手加減されてもかなりの被害がでます。」

「屋外の修練場に参りましょう。あそこなら周囲が焼けても実害はございません。立会人は龍海殿と、龍灯殿にお任せいたします。」

龍海と父は乗り気だ。

「え?俺も立ち会いですか?」

龍灯は嫌そうだけど、


「お茶会後の殺し合いよりマシだろう。」


「・・・畏まりました。」

父の一言で龍灯も覚悟を決めたようだ。

「いやいや!縁談ひとつで冗談でしょう!?」

「あの竜礼ですよ。あいつはやります。 族長だって不本意といえども奥様が絡めばまあ、正気を失って龍栄様を殺しに行きかねませんので、今喧嘩するのがお二人にとって最善策ですよ。」

「ええ!?」


「龍栄様、ハヤブサの縁談の時、結婚するか喧嘩で決めるかどっちか選べって俺に言ったじゃないですか~ それと同じですよ。」


龍景はハヤブサの恨みを忘れてはいない。

「さ、龍栄殿、行きましょう。大丈夫です。俺が負けたら縁談断っていいですから。」

族長はそう言ってもう執務室の扉まで来ている。


やはり龍希様は腹を括ると頼もしい。

この決断力と行動力により、一族の大半から族長に選ばれたのだ。


「・・・」

龍栄も観念したようだ。


正直、龍栄と族長が本気で喧嘩したらどっちが勝つのか分からないが、龍栄には縁談断るために族長と喧嘩する覚悟まではないことは龍景にだって分かる。

族長も分かっているのかな?

いや、あの顔は脅しじゃなくて、仕方なく喧嘩するかあって顔だな。

異母兄の性格とか考え方を全く分かってないんだよな~

母親が違うとそういうもんなのか?

龍景は不思議に思ったが声には出さなかった。


まあ、そんな訳で平和的?に龍栄とカラスの結婚が決まった。

そして今朝、序列会議での話通り、龍栄の担当はめでたく竜礼から竜染に変更になった。

しかし、竜染も気の毒に。

不機嫌全開の龍栄の顔色を伺いながら縁談を進めるなんてとんだ貧乏くじだ。

また胃腸に穴開けて寝込まなきゃいいけど・・・


龍景は竜染に少しだけ同情した。

産まれてすぐに母親と守番を、その翌年に父竜を亡くした竜染は本家で育てられ、龍景は父が本家で仕事をしている間、よく龍希様、龍栄、竜染と遊んでいたが、竜染は気が小さく、身体の弱い女だ。

龍栄と衝突することはまずないだろうが、まあ苦労するだろうな。


「嫁入りはいつ頃になるんだ?」


族長が竜染に尋ねる。

「カラス族は3月以降ならいつでもと言っておりますが、桔梗亭のリュウカの部屋の改修が必要となりますので、その・・・」

竜染はちらりと龍栄を見る。

「だ、そうです。龍栄殿、明日から改修を始めて下さいね。竜染を困らせたら竜礼に担当戻しますので!」

族長がそう言うと、龍栄は不満そうな顔のまま頷いた。


「相手のカラスは族長筋だっけ?」

「はい。今のカラス族長のいとこで、今年28歳になります。前婚で産卵経験もございます。

ワシと離婚した族長の実妹もいるのですが、まあ、その年齢等々が・・・」

竜染はなぜか言葉を濁している。

「ん?族長の妹は歳なのか?」

族長はくびをかしげて尋ねる。

「はい。もう30歳後半ですし、その、ワシ領にいた時に、ココの息子ワシに拐われてワシの子を産んで育てているのです。族長たちが白猫領で助け出したカラスです。」

「あ~そういや檻に入れられたカラスが居たなぁ」

族長と同じく龍景も思い出した。


「ん?あれ?族長の妹って鴨族本家で焼け死んだんじゃなかったか?」


「死んだのは別の妹2匹です。鴨族長妻だった末子のタヤと、族長の元妻でカラス族長補佐官のサヤです。ワシと離婚したカヤはこの2人の姉です。」

竜染が族長の質問に答える。

「妹多いな。」

「はい、先代の時代から有名な4姉妹でした。妹たちの縁談でカラス族長は支持基盤をえました。」 「ふ~ん、なるほどな。もう少し若けりゃ妹の方だったのになぁ。」

族長はそう言ったのだが、


「ええ!?何を仰います! 誘拐されて閉じ込められて夫でもない雄の子を産んだ獣人なんて絶対にダメです!」


竜染は怒り出した。

「え!?」

族長は面食らっている。

「まあ・・・俺も竜染と同意見です。俺は、族長でないとはいえ、妻の経歴としては、ねぇ・・・」

龍栄も同意した。


族長は困った顔になっている。


『やっぱり族長の奥様の過去は隠しとかねぇとなぁ・・・』


龍景は心の中でため息をついた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る