第45話 カラスの縁談

~族長執務室~

2月のある日、龍希は補佐官たちと相談役の龍賢、竜礼を呼んでいた。

「マムシと人族の戦争はどうだ?」

龍希は龍算に尋ねる。

「人族に占拠されたマムシ族の町は10を越えました。どうやら警備の手薄な町ばかりを狙って落としているようです。マムシ族長は他種族に援軍を求めていますが、今日までに表だって支援している種族はありません。」

「鹿や他の蛇族もか?タンチョウ族とも仲が良かっただろう?」

龍灯が首をかしげる。


「ああ。花嫁の逃亡で紫竜から絶縁された影響だろうな。」


「いや、にしたって人族は明らかにルール違反だ。停戦協定を結んでおきながら、事前の協議もなにもなく一方的に破棄して攻め込むなんて!」

「まあなぁ。ただ、その、なんと言いますか、表だって人族を非難している種族はないみたいですね。」

龍算はそう言いながら龍希をチラチラと見てきた。


「なんだよ?俺の芙蓉は関係ねぇぞ!

俺だって妻の種族の争いに介入する気はねぇ。」


「分かっております。ただ、獣人たちが族長の奥様に忖度しているのはおそらく事実でしょう。奥様を非難するつもりは毛頭ございませんから、睨まないでください。

誰が悪いという話ではなく、紫竜族長の妻というだけで影響力を持つのです。人族たちがそれを分かっているのかは謎ですが、改めて我が一族としては、妻の種族の争いに介入しないことと、 族長の奥様は人族とマムシ族の戦いに全く関心がないことを公式に発表すべきです。」

龍賢の提案に他の補佐官も竜礼も頷いている。

「分かった。そうしよう。」


「奥様の故郷に戦争の影響は?マムシ族も反撃を始めたんでしょう?」


竜礼が尋ねる。

「いや、マムシは今のところマムシ領に侵入した人族に反撃しているだけだ。奥様の故郷は鹿領の向こうだから、マムシが水連町を攻撃する可能性は低い。」

龍算の回答にほっとしているのは龍希だけじゃない。

「しかし、人族の目的はなんでしょう?かつてマムシに奪われた領地の奪還ですか?」

今度は龍景が尋ねる。

「その可能性はありますね。かつてマムシ族に潰された人族町跡地に近いマムシ町はすでに占拠されていますし。」

「しかし、なんで今さら?」

「マムシが解放軍による本家炎上で弱っているところを狙ったのかと。」


「ん?解放軍は人族の非公式軍隊と聞いていたが・・・」


「はい。今も表向きはそうです。人族の正規軍は解放軍の人族を捕らえては処刑していますので。」

「表向きは、か。人族はやはり油断なりませんな。」


「解放軍による本家炎上といえば鴨族はどうだ?」


龍希は龍灯に尋ねる。

「鴨族は新しい族長が決まって落ち着いてきています。解放軍による奴隷の略奪も昨年末からはほとんどないそうです。鴨は人族と戦争したことはないですし、カラス族やワシ族とも仲が良いので人族がいきなり攻め込む理由もメリットも思い当たらないです。」

「そうか。」


「あ!そうですわ~

族長、龍栄様とカラス族との縁談の承認くださ~い。」


「え?」

「は?」

龍希と龍栄は同時に声が出た。

「え?カラスは縁談拒否じゃなかったか?」

龍希はかつて誰かからそう聞いた。

「はい。龍希様の離婚のせいでカラス族長から拒否されてましたが、この度カラス族から縁談の打診がきましたの~

カラス族長も支持基盤が弱ってきているのです。

鴨族本家の炎上で当時の鴨族長妻と補佐官の妹2人を失い、その前にはワシ族に嫁いでいた妹が離婚して。そこに、マムシ族と人族の再戦ですからね。カラス族もかつて人族と小競合いしたり、人族町にあった解放軍の巣を襲撃したりしてますからね~

カラス族長は反族長派に押されてついに折れたみたいです~

とはいえ、カラス族は主要取引先ですし、族長筋との縁談ですから龍栄様しかいませ~ん。」


竜礼の説明は分かりやすい。分かりやすいのだが・・・


「えっと、龍栄殿は・・・」


「お断りします!」


案の定、龍栄は嫌らしい。


「族長、順番が違います~

族長の承認をもらってから龍栄様に話を持っていきますので~」

「いや、もう聞いてる・・・」

龍希は困っていた。


龍栄の睨みが怖い・・・


「龍栄様、その、族長に次ぐ序列におられるあなた様がいつまでも独り身では、その体面が・・・」

「龍栄様、そろそろ次のお子様を・・・」

龍海と龍賢が説得を始めた。

「竜の子は増えているし、族長筋の子どもは4人もいるのだから、問題ない。」

「いえ、あなた様の血筋を絶やすわけには・・・」

「そうです。竜縁様も再婚を望まれておりますし・・・カラス族なら文句のつけようがありません。」


「嫌です!」


龍栄は断固拒否らしい。

「も~仕方ないですねぇ。奥様から族長のリュウカ借りてきますから、今度こそ喧嘩してください。」


「勘弁してくれ!竜礼!」


とんでもないことを言い出した竜礼を、龍希は慌てて制する。


「え~龍栄様を押さえつけられるのは族長だけですよう。一族のために一肌脱いで下さい。

大丈夫です。族長が勝ちますから。」


「い・や・だ! 龍栄殿と喧嘩なんて冗談じゃねぇ!」


「え~カラスの縁談は断れませんよう。龍栄様を半殺しにして再婚を承諾させてください。」

「いや、怖いって。龍光じゃダメなのか?」

「ダメです~序列的にアウトです~

それに、カラス以上の縁談を龍栄様に用意できません。」

「ええ・・・」

龍希は困ってもう一度龍栄を見るが・・・


睨み返してくる。 なんとも恐ろしい顔で・・・


「龍栄殿が嫌なら、承認なんてできねぇよ!」

龍希は助けを求めて龍海と龍賢を見るが、2人とも顔を見合わせている。


「も~しょうがないですねぇ。じゃあ、龍栄様はお茶会しましょ。」


「は?」

「へ?」

竜礼の突然の提案に皆ポカンとなっている。

「お茶会?竜礼殿とですか?」


「私と、竜縁ちゃんと、族長の奥様と。」


「は?芙蓉は関係ねぇだろ!」

龍希は竜礼を睨む。

「関係あります~仕事しない族長を動かせる唯一の存在ですもの~

ついでに龍希様のせいで奥様はカラス族から恨まれてるので関係改善のチャンスですわ。」


「はあ!?芙蓉がカラスになにしたってんだよ!」


「なにもしてませ~ん。 龍希様がカラスとの離婚を正式発表する前に奥様と再婚したのが悪いのです。」


「う・・・」

「竜礼殿?族長もそのお茶会に参加されるのですよね?」

龍栄は何やら青い顔になって尋ねる。

「いいえ。」

竜礼の返事に龍希はキレた。

「はあ!?芙蓉を1人にするわけねぇだろ!」

「私も竜縁もいますのでご安心を。龍栄様は奥様に何もされませんわ。それでも~1時間も同じ部屋に居れば奥様に多少なりとも龍栄様の匂いがついちゃいますけど・・・」


「はあ!?ふざけんな!絶対に許さねぇ!」


「や~ん、怖い。もちろん奥様に無理強いなんてしませんよう。

でも~奥様がお願いされたら族長は逆らえないですからねぇ。」

「う・・・」

「竜礼殿・・・その後、俺が族長に殺され・・・」

そう言う龍栄は真っ青になっている。


「はい。言ったでしょう?結婚するか、族長と喧嘩するか選べって。」


竜礼はなんとも凶悪な笑みを浮かべている。

龍希もやっと理解した。

竜礼の言うとおり、妻のお願いには逆らえない。

でも妻から龍栄の匂いがしようものなら、龍栄が妻に何もしていないと頭では分かっても、龍希は龍栄を殺したくなるに違いない。

理屈じゃないのだ。


「竜礼殿、いくらなんでもやりすぎです・・・」


補佐官たちも龍賢も真っ青になっている。

「じゃあ2日あげるから龍栄様を説得してね~

ダメだったら奥様にお願いして桔梗亭にお茶会にし行くから~」

「ええ!?」

男たちは悲鳴をあげた。

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