第43話 水連町捜索

~水連町郊外~

1月のある雪の日、龍緑は、竜礼、龍景と水連町近くの森の中に馬車を止めて降り立った。

執事たちには馬車の番をさせ、フードつきの外套を着て2人とともに人族町の門に向かう。


「う・・・」


龍景が不愉快そうな顔になっている。

臭い・・・黄虎、虎豊の臭いだ。

前回と同じく門の向こうで待ち構えている。 龍緑はイライラしながら2人と門をくぐった。


「今日は紫竜が3匹とは、ずいぶん・・・」


「はーい!虎豊!」


竜礼の一言でニヤニヤ笑っていた虎豊の表情が一瞬で凍りついた。

「久しぶり~ なんでこんな僻地にいるの~? 左遷?」

竜礼は全く気にせず虎豊に近づいていく。

「なんでお前が?」

今度は虎豊は不愉快そうな顔になっている。


「虎豊に会いにきたの~

私また独身に戻ったのよ~

最近、黄虎族長はうちとの縁談に乗り気らしいじゃない?私とあんたで前例つくる~?」

「はあ!?紫竜とつがうなんざ冗談じゃねぇ! くせえから近づくな!」

虎豊は怒鳴るが明らかに分が悪い。


雄同士なら多少の小競り合いはあるが、雄の黄虎と雌竜では勝負にならない。

だが、虎豊は調査のために水連町に派遣されているはずだ。雌竜を攻撃して騒ぎを起こすわけにはいかないのだろう。

というか、雄の黄虎の方から雌竜を攻撃したとなると、黄虎族と紫竜族の大問題に発展する。

だから、虎豊は竜礼に手をあげることはできないのだが・・・

それでも雄の黄虎にぴったりくっついて挑発するなんて普通の雌竜には無理だ。


やはり竜礼はヤバい。

龍緑は少しだけ虎豊に同情しながら龍景とその場を離れた。

虎豊は追いかけてこようとしたものの、隙をつかれて竜礼に片腕を掴まれて悲鳴に近い声をあげていた。



「さて、どうする?」

「とりあえず町の人族から情報収集したいけど・・・」

龍緑は困っていた。


龍希様を人族と見間違えたって妻の言葉を疑いたくはないが、髪を黒くしたくらいで人族と間違われるなんて・・・

今だに信じられない。

のでフードを被ってきた。龍希様は人族の奥様のそばにいたから、妻は勘違いしたのでは?と思っている。


「なら、とりあえず酒場だな。」

龍景はそう言って歩きだしたが、龍緑は呆れた。

「は?いきなりサボる気か?」

「違う。俺が寒って人族から話を聞き出せたのは酒場だったし、龍希様も人族に酒奢ったら機嫌よく教えてくれたって言ってた。」

「ああ、そういえば。」



~水連町 大通り~

龍緑は、龍景を連れて前回来たときに一番広くて栄えていた【大通り】という往来に来たのだが、

「閉まってるな。」

酒場を4~5件見つけたが、どこも準備中となっている。

行き交う人族たちから酒の匂いもしないから、開いている酒場はなさそうだ。


5件目の酒場のシャッター前で龍緑と龍景が頭を抱えていた時だった。


「お兄さんたち、うちはどうだい? 食事も酒も出せるよ!」


背後から雄の人族の声がした。

龍景と顔を見合わせて振り返ると、向かいの店の前に初老の雄の人族が1人、龍緑たちを見て手招きしている。

「お!ラッキーじゃん。」

龍景はそう言ってその人族に近づいていくが、龍緑は驚いていた。


『え?人族の方から?え?まさか本当に同族と勘違いしてるのか?嘘だろ?』



~水連町 定食屋~

雄の人族に呼ばれて入った店は【定食屋】という名前らしい。

店内には客らしき人族が2人と、店員らしい雌の人族が1人。龍緑たちを呼んだ人族が店主のようだ。

店内から人族以外の獣人の匂いはしないから、人族専用の店か?

水連町には人族の出入りしか認めない店は少なくないと、使用人から聞いている。


雌の人族が水の入ったグラスとおしぼりとメニューを持ってきた。

「とりあえず酒と食事を頼むか。じゃなきゃ、店の人族に話も聞けねえ。」

「龍景、人族って言葉は使うな。それだけでバレるらしいぞ。妻が言ってた。人族じゃなくてヒトって呼べ。」

「そうなの!?あっぶねー。気をつける。」

龍景は驚いている。


「ご注文はお決まりですか?」


しばらくして雌の人族が龍緑たちのテーブルに来た。

「俺は唐揚げ定食とビールください。」

龍景は慣れた様子で注文している。

「はい。」

「あ~俺は豚の角煮定食とビール」

「はい。」

雌の人族が離れていって、2分ほどで店主がビールの入ったグラスを2つ持ってきた。


「お先にビールです。お兄さんたちは旅の商人さんですか?」

「ええ。さっきこの町についたとこです。腹が減ってたので助かりました。」


こういう時の物怖じしない龍景の性格は羨ましい。

龍緑は感心しながら2人の会話を聞くことにした。

なお、ビールはあんまり旨くない。


「それは良かった。うちは朝からやってますので。お兄さんたちは腹ごしらえしてから、ご商売ですか?どちらに行かれます?」

「え?いえ、仲間の到着を待つ予定で、この後暇なんですよ~」

「そうでしたか。はは!少し前までは何もない町でしたが、この数年で2倍近い広さになりました。是非、町を散策してみてください。」

「店主さんは昔からこの町に?」

「はい。生まれも育ちも水連町です。もう57年になりますな。」

「そりゃすごい。 あ~この町の売りというか、ここは行くべきって場所はあります?」

「え?う~ん、商人さんなら、新しくなった商工会議所と、あと病院に興味を示されてる方が多いですよ。水洞町よりも立派な病院らしいです。」

「!」

龍緑は驚いた。


病院は、昨年、父がカンポウとかいう人族の薬を買ってきた店だ。


「へ~病院ですか。確か新しくできたと聞いたような・・・」

龍景も気づいて病院について聞き出そうとしている。

「はい。5年ほど前に出来たばかりですよ。それまでうちの町には小さな薬屋しかなかったので、出来たときには驚きましたな。」


『えー!?もう出てきた!?』


龍緑はまた驚いた。

こんなにスムーズに聞きたいことを教えてくれる!?

だけど、人族から悪意は感じない。


「へ~その薬屋ってのはまだあるんですか?」


龍景は驚いた素振りは見せずに会話を続けている。

「いえ、病院が完成してすぐになくなりました。

病院の中で薬が買えるようになりましたからね。

それに、薬屋は前の店主が死んでから、娘は遠くに嫁に行き、跡取り息子は居なくなりで、経営に限界がきていたようですから。」

「・・・それはまた。今その場所は?」

「はは。お兄さんたち薬の商人さんですか?

薬屋があった場所は売りに出されて、今は病院の倉庫が建ってますよ。」


竜夢の情報通りだ。

水連町の薬屋は今はもう建物ごとなくなって、住んでいた人族の行方は分からないらしい。


「おまちどおさまです。」

いいところで雌の人族が食事を運んできた。


「ああ、お喋りが過ぎましたな。さ、熱いうちにどうぞ召し上がれ。」

そう言って店主が離れて行こうとするので龍緑は焦ったのだが、

「いやいや、店主さん。この町のこともっと教えてくださいよ。こいつと黙々と飯食っても旨くない。」

龍景がそう言うと、店主は満更でもない顔をして振り返る。


龍緑はまた感心してしまった。

龍景が、龍光様や龍範伯父さんに気に入られているのはこういうところかもしれない。龍緑はこの2人との会話は話題が見つからずにいつも困るのだが、龍景は会話に困るどころかこの2人を笑わせていることもあるのだ。


「はは。こんな年よりの話でいいんですか?」

店主の人族も嬉しそうな顔になっている。

「ええ。こいつより100倍面白いですよ。 俺は町の昔話を聞くのが好きなんです。」

龍景は笑いながら龍緑の方を指差してきた。イラっとしたが今は我慢だ。

龍緑は寡黙なキャラを演じることにして、黙って豚の角煮に箸をつけた。


『・・・肉の質が低すぎて不味い。あと、添加物が混ざってるな。』


「町の昔話ですか~この町は変わったところも変わらないところもありますからね~。

向かいの酒屋なんて・・・」

薬屋のことをもっと聞きたいのに、話題が変わってしまった。

だが、龍景は表情を変えることなく、唐揚げを食べながら相づちをうっている。

龍緑は任せることにした。


「・・・で、・・・」

「へ~、そういう怪我の時はどうしてたんです?確か、まだ病院はなかった頃ですよね?」

「ええ、あの頃は病院どころか医者もいなくてね。薬屋の親父が傷口を縫って事なきをえましたよ。」


食事がきてから20分近く後、ようやく龍景が話題を引き戻した。


「へ~そりゃすごい!大した親父さんですねぇ。」

「ええ。薬屋の前の店主は良かったんですけどね。息子があんなんじゃなきゃ、病院ができても薬屋の需要はあったのになぁ~」

「息子?なんか面白そうですね~教えてくださいよ。」

「あ~いや・・・面白い話では・・・」

今までご機嫌で話していた店主が急に口ごもる。


「あれ?どうしました?」


龍景も首をかしげている。

「いやいや、まあ跡取り息子はできが悪かったって話です。それに引き換え娘さんの方はいい子でねぇ。小学校にあがる前から店の手伝いしてた働き者で、ここら辺にもよく薬の配達にきてましたよ。」


娘・・・龍希様の奥様のことだ。

今回の目的は奥様の母親探しだが、正直、奥様の素性というか子どもの頃の話も気になる。

いや、あくまでも仕事としてだけど!

龍緑は心の中で言い訳すると、龍景に目配せした。


「へ~。なら、そっちの娘さんの話を聞きたいなぁ。」

「え!?構いませんが、もう嫁に行ってますよ。残念ながら。」

「ああ、さっきそう聞きました。今はこの町には居ないんですか?」

「はい。詳しい場所は知りませんが、遠くの町で子ども3人産んで、上級商人の夫と暮らしてるようですよ。いつか里帰りしてきてほしいけど、実家がなくなったから無理かなぁ・・・」

店主は遠い目をしているけど、

「・・・」

龍緑はまた驚いていた。


龍希様とお子様たちが人族に同族と勘違いされてるって話もやはり本当らしい。

人族の感性は理解不能だ。


「へ~。子どもが配達に来るってことは薬屋はここから近かったんですか?」

「いえ、子どもの足なら20分はかかります。雪の日なんて足元が悪いからもっとね。それを配達の籠背負ってきてくれましたよ。まだ小学校に入ってそう経ってない時だったなぁ。

兄貴はろくに店の手伝いもしないで遊び回って風邪ひいたとかで、あんな小さな女の子一人でねぇ。私の妻が気の毒がって、お湯と黒砂糖を出したら喜んでくれてねぇ。」

店主は懐かしそうな顔になっている。

「働き者だったんですねぇ。」

龍景はわざとらしくうんうん頷いている。

「ええ、中学にあがるころには一人で店番もしてましたからねぇ。あそこは山に薬草や茸とりに行ってたから両親は不在がちでね。」


「え?山に?自分で?」


「ええ、この町の北にある山は薬草が自生してるらしいですよ。素人には同じ草にしか見えないですけど。薬屋の主人たちは薬草を取ってきて薬を自作もしてましてね。これが下手な市販薬より良く効くんですよ。娘さんが店番しながら薬を作ってたこともありましたよ。」

「そうなんですか。すごいですねぇ。薬屋の親族はもうこの町には居ないんですか?」

「え?いえ、母親というか前の店主の妻がいますよ。今は一人暮らしです。

いや~寂しい老後ですよ。娘さんの結婚に反対して仲違いして、息子は子どもも作らず離婚しましたからねぇ。」

「え?離婚?」

これには龍景も驚いている。龍緑も初耳だ。

というか龍緑、龍景以外の一族は奥様に兄がいることすら族長から聞かされていない。


「ええ。隣町から来たまだ10代のお嫁さんでしたけどね。2年もしないうちに別れて実家に戻りましたよ。あの子も働き者で愛想のいい娘だったから、あんな息子には勿体無かった。」

「へ~。ん?隣町?」

龍景が首をかしげる。


「ええ、今はなき清水町です。気の毒に。彼女もどこかで生き延びててくれればいいんですが・・・」


店主はまた暗い顔になった。

「あ~それはそれは。息子は再婚しなかったんですか?」


「ええ。そんな話もなく町から居なくなり、もう死にましたよ。」


「え?」

「え?」

龍緑は龍景と同時に声が出た。

「え?ああ、そうです。息子の方は死んだことが最近分かりましてね。それで母親はがっくりきたみたいで、病院勤めも辞めちゃいましたよ。」

「え?病院?」

「おっと、喋りすぎた。この話、言いふらさないで下さいね。娘さんの夫は上級商人なんですから。家族の悪口を言いふらしたと思われては堪らない。」

店主がなにやら慌て始めた。


「ええ、分かりました。飯が旨くて店主さんが面白い話を聞かせてくれるいい店だ、とだけ宣伝しときますよ!どうも、長居しました。」


龍景は営業スマイルになってそう言うと、立ち上がったので、龍緑も立ち上がる。

「長話のお礼です。釣りは結構ですよ。また来ます!」

龍景は素早く身支度を整えると、店主に1万円札を渡して店を出る。

「え?いや、会計の2倍近くありますよ!?」

店主があわてて追いかけてきたが、龍緑も営業スマイルになって、手で制した。

「あいつのお喋りに付き合って下さってありがとうございました。遠慮なく受け取ってください。 ごちそうさまです。」

「ええ!?」

困惑した顔の店主を置いて、龍緑も店を出た。



龍緑は龍景と往来から離れて、路地に入った先にある空き地のような場所で立ち止まった。

「ご苦労さん。」

「お前もなんか喋れよ。たく!

にしてもなかなかの収穫だったな。」

「ああ、奥様の兄は死んで、妻子はいない。母親はまだ生きてるけど、薬屋を廃業した後、病院で働いていたがそれも辞めて・・・職場も家も分からない、と。」

「ああ。兄が死んでるのはラッキーだけど、母親の方は参ったな。

あの寒って人族のせいじゃん!

あいつが龍希様を人族の上級商人と勘違いして言いふらすから、人族たちは奥様の家族のことを話したがらねぇ。」

龍景はイライラしているようだ。


「離婚した兄嫁までは探さなくていいよな?」


龍緑は気にせず尋ねる。

「ああ。奥様と面識ねぇんだろうし、子どももいないなら必要ねぇだろ。」

「だな。」


その時、背後から悪意を感じた。


龍緑は動じることなく龍景と目配せする。

「おい!兄ちゃんたち、死にたくなけりゃあ、金出しな。」

そう言って空き地に5人の雄の人族が入ってきた。 皆、手に鉄のナイフを持っている。どいつも身なりが悪く、身体が臭い。

「めんどくせぇなぁ。どうする?」

龍景はうんざりした顔になっている。

「騒ぎは起こしたくないから殺すのはまずいな。」

「そうか?人族は鼻が弱いし、殺して死体隠せば問題なくね?」

「誰が、どこに隠すんだよ?」

「うちの使用人呼べばいいじゃん。何匹も潜入してるはずだ。」

「あ~そうだな。んじゃ、頼む。」

龍緑の言葉で龍景が人族たちに向かっていこうとした時だった。


「お巡りさん!こっちです!あそこの空き地!」


突然、雌の人族らしき声がした。なにやら叫んでいる。

「ちっ!」

なぜか雄の人族たちは舌打ちすると一目散に逃げて言った。

「なんだあ?」

龍景は困惑した顔で龍緑を振り返るが、龍緑も分からない。


『オマワリサンってなんだ? なんであいつら逃げてった?』


龍緑と龍景が顔を見合わせていると、雌の人族が物陰から出てきた。

「大丈夫でしたか?」

先ほど叫んだのはこの人族のようだ。さっきの定食屋の雌よりも年配に見える。

「ええ。おかげさまで。ありがとうございました。」

龍景が営業スマイルで答える。

「いえ、この辺は治安が悪くて・・・早く大通りに戻られた方がいいですよ。」

「そうでしたか。ご親切にどうも。 奥様はどちらに行かれます?あいつらが戻ってきたら危ないですから大通りまでご一緒しましょうか?」

龍景は今度はこの人族から話を聞き出そうとしているようだ。

「え?いえ、私はここの住人なのです。お気遣いありがとうございます。では。」

そう言って人族の老婆は空き地の隣のぼろ家に入っていった。


「ちっ!逃げられた!」

「まあいい。大通りに戻るぞ。」

龍緑はそう言うと、龍景を連れて来た道を戻った。


まさかこの老婆が探している芙蓉の母親だとは2人とも夢にも思わなかった。

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