第41話 人の世界とのつながり

~リュウカの部屋~  

「奥様~明けましておめでとうございます。」

そう言ってやってきたのは竜礼と竜冠だ。2人とも赤紫の豪華な着物を着ている。

「あ、明けましておめでとうございます。」

芙蓉はそう答えながらも驚いていた。

この挨拶は夫と出会ってから初めてだ。 紫竜も新年を祝う風習はあるらしいが、明けましておめでとうとは言わないと聞いたけど・・・


「うふふ~人族の新年の挨拶を勉強して参りましたの。 あ、よかったら若様たち、姫様と一緒にお召し上がりくださいませ~」


そう言って竜礼が差し出したのはお汁粉のもとだ。この薄い紅白の和紙でできた包み紙は水連町の高級和菓子店のもの。

当然ながら、芙蓉が実家に居たころには手が届かない高級品だった。


「お気遣い頂きありがとうございます。」

芙蓉は作り笑顔で受け取る。

「いいえ~龍希様は気が利きませんからね~

そうそう、今日は奥様にお知らせしたいことがあって参りましたの。」

竜礼はそう言って芙蓉の近くに座った。竜冠がその隣に座る。

前回もそうだが、竜礼の前では竜冠はかなり緊張しているようだ。


「実はですね。一昨日、マムシ族と人族の戦争が始まりました~」


「え!?」

「どうやら、人族が3年前の停戦協定を破棄して、一方的に攻め込んだようです。マムシ族も周辺の種族も大混乱らしいですわ。」

「ど、どうして?」

芙蓉は驚いていた。


人からマムシの獣人に戦争を仕掛けるなんて考えられない。

前の戦争は、人身売買を反故にされたことに怒ってマムシの獣人たちから仕掛けたと聞いている。


「私どもには人族の考えは分かりかねますが、マムシ族は昨年の本家炎上でかなり弱っていましたからね~

人族はかつてマムシに奪われた領地を取り返したいのかもしれません。」

「領地?でも町はもう・・・」


三輪の故郷の清水町はマムシの獣人に滅ぼされて跡形もないと聞いたけど・・・


「はい~かつての人族町は跡形もございません。

でも人族は壊れたものでも町でも作り直すのは得意ですからね~」

「え、ええと・・・」

芙蓉は何と答えていいのか分からない。

「あ!そうそう~もうひとつお知らせしたいのは鹿族のことですわ。鹿とマムシは領地が隣り合っていて仲がよいのですが、鹿はマムシと人族の戦争には介入しないと発表しました。

理由は公表されておりませんが、鹿領そばには奥様の故郷がございますからね~

我が一族は妻の種族の戦争には介入しませんが、鹿は奥様の逆鱗に触れないかを気にしているみたいです。」


「え?ええ?私?」


鹿族がマムシ族に加勢したら私が怒るかもってこと?

そんなことは・・・ 停戦協定を破棄して、戦争を再開したのが貴族ならなおさら・・・


「わ、私は人の世界を離れた身ですから、そんな、何も・・・」


「うふふ~奥様ならそう仰ると思いました。 そのことを鹿族に伝えてもよいですか?

まあ、伝えたところで鹿族長がマムシに加勢することはないでしょうけど。鹿族にはメリットがありませんから。」

「夫の許しが頂けるなら、お、お願いいたします。」

芙蓉は呆気にとられていた。


こんな話を聞いてもいいのだろうか?

隣の竜冠は明らかに困った顔をしているが、竜礼を制止するつもりはないようだ。

先月から夫の相談役になったという竜礼のキャラはまだよく分からない。

竜湖のように馴れ馴れしいが、芙蓉に命令したり、プレッシャーをかけてくる素振りはない。

今のところは。

竜冠にとっては頭のあがらない相手のようだけど、竜礼の柔らかいというか独特の話し方になんとなく警戒心が薄れてしまう。


「うふふ~族長にはお話を通してますのでご安心ください~

私は竜湖みたいに龍希様に隠れて奥様に悪さはしませんわ。龍陽様に殺されかけるのもごめんですし~」

竜礼はそう言って芙蓉のそばで険しい顔をしている息子に微笑みかけた。


「うそは言ってないよ。」


息子は表情を変えずに教えてくれた。

「ふふ。若様、ありがとうございます~

奥様と若様に信頼いただけるように精進いたしますわ~」

「い、いえ、そんな。ごめんなさい。私が息子に心配かけてばかりだから、その・・・」


「奥様も若様も何も悪くございませんわ。悪いのは竜湖です~

奥様に殺気を向けるなんてあってはならないことですから。これが雄だったら龍希様に殺されているところです。

竜湖だって、若様が反撃されていなければ、片腕を切り落としても制裁として足りないくらいですわ。」


「え?ええ!?」

「本当ですよ~ 奥様は我が一族にとって最も大切な妻だから尚更です~

あ!竜湖は謹慎はあけましたが、もう担当妻を持つことはありませんし、朱鳳からも見放されて序列を大きく落としましたから、もう奥様の前に現れることはないですわ~

会議で本家に来ることはあっても、宴会の参加は族長が許しませんし。」

「そ、そうなのですね・・・」


竜湖の謹慎は夫から聞いていたけど、そんな大事になっていたなんて・・・

芙蓉は呆気にとられていた。

夫は竜湖に頭が上がらなかったのに・・・何があったんだろう?


「龍希様にとって奥様より大切な存在はありませんからね~

だから竜湖といえども龍希様に隠れて悪さしていたのです。

それに龍陽様を怒らせたら、龍峰様がすぐに雷を落とされますからね~

我が一族ですらこのお二人には怯えてるので、獣人たちは尚更ですわ~」


「ええ!?」

龍陽が竜湖を攻撃して熱を出して倒れた後、夫と龍峰が大喧嘩していたと娘から聞いた。

龍栄たち補佐官は何の役にもたたずに傍観していたと竜縁は怒っていた。


「ただ~黄虎は別なのです~」


「え?」

黄虎の名前を聞いて、芙蓉は思わず身構えた。

黄虎に戸籍の処分を頼んで、竜湖を、いや夫の一族を怒らせたことは忘れられない。


「前から水連町には朱鳳や黄虎の眷属がうろうろしてるんですが、昨年末に龍緑が水連町にお邪魔した際には黄虎族長側近の虎豊が居りまして~

龍緑は付きまとわれて、逃げ帰ってきましたわ~」


「ええ!?」

「え?」

芙蓉と同時に竜冠も驚いている。

「あら~竜冠も知らない? 偶然とはいえ黄虎と紫竜が水連町に現れたから、獣人たちは大騒ぎしたらしいですよ~

人族たちは不思議と気にしてなかったみたいですけど~」

「え?な、なんで?」

芙蓉はまだ信じられない。夫からそんな話は聞いてない。

「龍緑はお仕事ですわ~黄虎の目的は分かりませんが、我が一族と無関係ではないでしょうね~

奥様の家族拐ってうちに高値で売り付けてくるくらいの悪さならいいんですけど~虎は油断なりませんからね~」


「拐う?え?買うのですか?」


「奥様がお願いすれば龍希様は私財を投じて買われますよ~」

「え?私はそんなこと・・・」

芙蓉はそこまで言って困った。


これまでなら、家族が生きてるかもどこにいるかも分からないと言えたのに。

龍景のせいでもう知ってしまったのだ。 母は水連町のアパートに、兄は町の外の刑務所にいることを。


「父はもう死んでいますし。母は・・・実家がなくなったなら、人の町で年老いた女1人で生きていくのは難しいですわ。」

芙蓉は嘘にならないように必死に言葉を選んだ。


「あら~そうでしたか。

ならば、私の杞憂ですね~

虎には存在しない奥様の家族を探し続けてもらいましょう~

うふふ~」


竜礼は愉快そうに笑いだした。

これが演技なら大したものだ。



「はあ・・・」

竜礼たちが退室し、芙蓉は肩の力を抜いてため息をついた。


『自分を売り払った家族がどうなろうが知ったことじゃない。』


そう思えたら楽なのに。

もしくは夫に復讐を頼めば・・・きっと夫は快諾するはずだ。

芙蓉は家族が・・・母と兄が憎くて仕方ない。

いまだに実家での惨めな日々を思い出すと涙が出てくる。

なんで自分を愛してくれなかったのか?

頭の中で何度も母と兄に問いかけている。

なのに憎みきれない。死んでほしい、殺したいとまでは思えない。

だけど、会いたいわけでもない。


『これ以上、私の人生に関わってほしくない。』


これが芙蓉の願いだ。だから黄虎族長に頼んで戸籍を燃やしてもらったのに。

いや、分かっていた。戸籍が失くなっても、故郷には芙蓉のことを覚えている人がたくさんいる。

自分と家族の繋がりを消すことは不可能だ。


血縁、思い出、人々の記憶・・・


様々なものが芙蓉と人の世界を繋いでいる。

芙蓉が人の世界と絶縁することは不可能なのだ。


『私はまだ繋がってる。』


芙蓉の喜びであり、絶望である。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る