竜礼編
第40話 再戦
1月、雲雀亭の守番は問題なく続いており、この日、龍希は妻子と娘の7歳の誕生月を祝っていた。
子ども成長は早いな。
長子の龍陽は今年で9歳になるから来年にはシリュウ香作りと取引の教育を始めることになる。
紫竜の雄は10歳になると父親の元で修業を始めるルールだ。
かつて俺と龍栄が使っていた本家の修行場の改修をしないとな。
それにしても、今年は守番中なので主要取引先が紫竜本家に新年のあいさつに来ることはないので楽だ。
今年は幸先いいな。
~マムシ領のある町~
「う~寒い!」
ジュウゴは悪態をつきながらマムシの獣人の町のはずれにある解放軍の隠れ家に戻ってきた。
10月の終わりの豊とその部下2人と一緒にマムシ領に来た。各地にある解放軍の隠れ家を回って、マムシの獣人に効く毒を渡したり、怪我人の治療をしたり、時にはマムシの獣人を解放軍の奴らが始末したりと忙しい毎日を送っていたら、もう新年だ。
当然ながら解放軍には盆も正月もない。
まあ、ジュウゴにも帰る実家はもうないからどうでもいいが。
しかし、ここも故郷と同じで毎日雪が降って2メートル近く積もっている。だが、そのおかげでマムシどもの動きは鈍く、追跡もほぼない。
マムシの町はどこも50センチメートルほどの木製の柵で囲われているだけで、柵と柵の隙間は獣人でも抜けられるほど広いから町への出入りも楽だ。
雪掻きが機能してない場所では柵は雪の下に埋もれているので注意が必要だが、ジュウゴの仕事は隠れ家の中で行うので、マムシを警戒しながら町を出入りすることはほぼない。
「ジュウゴさん!」
声をかけてきたのは、豊の部下のケンだ。
「なんだ?」
「こちらの部屋に。緊急事態です!」
そういうなり小走りで奥の部屋に向かうので、ジュウゴは仕方なくついていった。
部屋には解放軍のメンバー
ただし人間だけだ
が全員集まっていた。
「緊急事態だ。」
豊が話し始めたので皆、豊に注目する。
「マムシ領の北側から貴族配下の軍隊が攻め込んできたらしい。」
「は、はあ!?」
「どういうことです?」
約3年前、貴族たちはマムシ族と停戦したはずだ。
「貴族たちは停戦協定を破棄して、マムシとの戦争を再開したようだ。 マムシ族は昨年9月の本家炎上後、年末にようやく新しい族長が決まったけど、まだ全く落ち着いてないし、それに今年の冬は特に寒く、マムシ族は例年以上に弱ってるからかな。」
「そんな!?それは我らの!それを!」
「ああ。やられたよ。貴族どもは俺らの成果だけ利用するつもりらしい。北部にいる仲間たちは撤退中だ。貴族軍は俺たち解放軍も容赦なく殺すはずだよ。町に囚われている奴隷たちも!くそ!」
豊は激怒している。
「しかし、なぜマムシに?戦争を再開してなんのメリットが?」
「分からないが、停戦に不満をもつ人々のガス抜きか、ワニとも停戦して仕事のなくなった貴族兵に仕事を与えるためか・・・なんにせよ、俺たち解放軍にとってデメリットしかないことは確かだよ。」
「我らはどうします?」
「マムシ町から解放した人々を連れて離れるしかない。いつここも戦場になるか分からない。指揮は副隊長に任せる。俺たちは他の町に残る仲間たちを手伝いにいく。ケン、ツツジ、ジュウゴさんは一緒に来てくれ。」
「はい!」
「は!」
こうして1時間もしないうちにジュウゴは豊たちにつれられて、暖かい隠れ家を出ることになった。
だが、さすがのジュウゴも文句はない。
ジュウゴはかつて囚人兵としてワニの獣人との戦争に従軍させられている。
あの時の恐怖は今でも覚えている。
また戦争に巻き込まれるのだけは御免だ。
いつもどおり行き先は知らされていないが、豊を先頭に4人が一列に並び、ジュウゴは3番目だ。
前のツツジと、後ろのケンとロープで互いの身体をつないでいるので、暗い夜道でもはぐれる心配はない。
大雪が降るなかを1時間近く黙々と歩いているとさすがに服の下では汗が出てくる。
これまでは商人のふりをして雪掻きがされた街道を車やバスで移動していたのだが、今は夜だし、貴族による停戦協定破棄によって、マムシどもは人間を見ただけで無差別に殺しにくるに決まっている。
マムシの街に商売にきている商人たちはもう殺されてあるかもしれない。
貴族たちの命令に従って危険な獣人の街でも商売をしていたのに。
なんとも理不尽なことだ。
何時間歩いただろうか?
短い休憩をとりつつ、日の出ころにようやく目的地に着いたようだ。
洞窟にある隠れ家だが、贅沢はいえない。
さすがのジュウゴも疲労困憊だ。
ケンがストーブに火を入れ、スミレがその上に水の入ったヤカンを置いている。
洞窟なので当然、電気はない。
朝日が入ってくるのでランプは要らないが、外と気温はほぼ変わらない。
だが、ジュウゴと同じく皆、外套を脱いで、タオルで汗を拭き、服を着替えた。
そのままでは汗が乾いて風邪をひく。
毛布にくるまり、ヤカンで沸かした熱い茶を飲んでいるうちに眠気が襲ってきた。
ストーブもあるし、凍死する心配はないだろう。 ジュウゴはそのまま眠ることにした。
~タンチョウ領 隠れ家~
「マムシの戦況は?」
司令官は先ほどやってきたばかりのユリに尋ねる。
「はい。4日でマムシの街を2つ落としたようです。逃げ出したマムシを貴族兵はほとんど追跡していないそうです。雪の中を着の身着のまま逃げても生きていけないからでしょう。北部は特に街と街が離れていますので。 貴族兵たちは落としやすい町を選んでせめこんでいます。」
「やはりな。停戦してから、一般の商人たちに紛れて諜報部隊をマムシの街に忍び込ませて探っていたんだろう。考えることは私たち解放軍と大差ない。 違うのは、武器の規模と性能だな。」
「はい。雪でも使える火器をかなり持ち込んでいるようです。東の貴族の兵士たちですね。」
「解放軍の避難は順調?」
「はい。奴隷解放は断念して退避を最優先させています。悔しいですが・・・貴族軍相手に応戦できません。」
ユリは唇を噛む。
「私も気持ちは同じよ。でも無理して死んだら終わり。敗北も屈辱も飲み込んで生きなきゃならない。助けを待ってる人々がいるんだから。」
「はい。 ・・・ようこは無事ですよね?」
「そう信じたいわ。停戦協定を破棄して戦争を再開したせいで、マムシに限らず色んな獣人から恨みを買ったわ。
これから人間というだけで獣人に襲われるかもしれない。解放軍にいる獣人たちにも今まで以上に警戒しないと・・・」
司令官は珍しく険しい顔だ。
「ようこは獣人しかいないシリュウの巣でたった一人で・・・」
ユリはようこを思って涙ぐんだのだが、
「いや、シリュウに囚われていた真矢の話ではほかにも若い娘の奴隷がいたのでしょう。」
「あ!そうでした。確か・・・ミカとヨウでしたか!?シリュウに雇われた獣人に拐われたとか。」
「ええ。そう聞いたわ。人の奴隷を買ったり、誘拐したり・・・でも真矢は奴隷労働をさせられることも、拷問を受けることもなく・・・一体何が目的なのかしら?」
「それはオウコに囚われていたスミレ姉さんも同じですね。奴隷の怪我を治療して何年も生かしておくなんて聞いたことありません。 ましてや姉さんが解放軍だと知っていて・・・」
ユリもくびをかしげる。
「ようこなら何か知ってるかも知れないわね。東の隊長からの吉報を待ちましょう。」
「はい。」
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