第35話 ショウ

~寒の飴屋~

「やっぱりあんたの店か。」

先ほど妻の火葬が終わり、1人で店舗兼自宅に戻ってきた寒は背後から声をかけられた。


「・・・ショウさん?」


声をかけてきたのは、先月、町の外でカワウソの獣人から助けてくれた男だった。

「寒さんだったよな?鳥の獣人に飴屋が襲われたと聞いて、もしやと思ってな。無事でよかった。」

「よくないです。留守番していた妻が・・・うっうっう」

寒はまた涙が出てきた。


「ああ、気の毒だったな。実は俺もあんたと別れた翌日に獣人に襲われたんだ。」


「え?」

ショウの言葉に寒は驚いた。

「俺のとってる宿に来ないか?ここで立ち話してたら凍えちまう。」

「はい。喪服を着替えたら追いかけますから先に宿に。」

「あ~いや、なら着替える間、獣人に襲われた店の中で待たせてくれないか?」

「え?なんで?」

寒は眉をひそめたのだが、


「寒さんの奥様に黙祷だけさせてくれないか?俺の家族も獣人に殺されたんだ。他人事じゃない。」


「・・・ありがとうございます。」

寒は涙を堪えてショウを店の中に招き入れた。


店の屋根はほぼ壊されているので中も外と同じくらい寒いが、ショウは血の跡が残る床に片膝をつくと両手をあわせて黙祷してくれている。

寒はショウに深々と頭を下げると、奥の自宅スペースに移動して普段着に着替えた。こちらも寝室の屋根は壊されている。



「お待たせしました。」

寒がショウの元に戻ると、ショウは壊れた天井を見上げていた。

「鳥の獣人が屋根を突き破って侵入したらしいな。」

「はい。昨日の明け方、大きな鳥の獣人が2匹飛んできて、ここだけを襲ったらしいです。妻が寝ていた寝室の屋根も壊されて、中も滅茶苦茶ですよ。」

寒は葬式の前に隣人から聞かされた話をショウにした。

「寝室で襲われて、こっちの店に逃げてきたところを殺されたのか。酷いことを。」

ショウは眉をひそめて天井から床に視線を移した。

「ぐす。さ、ここは寒いですから、行きましょう。」

寒はショウを促して宿に移動した。



~ショウの客室~

「さてと、改めて話をしよう。俺は先月、寒さんと別れてこの宿に一泊し、翌日、町を出て西に向かっていたところをハイエナの獣人に襲われたんだ。」

「ええ!?」

寒は驚いた。

「ハイエナに?よくご無事で!?」


「ああ、ちょうど仲間たちと合流するところだったからな。さすがに一人じゃ無理だった。 それでな、ハイエナはシリュウの臭いがすると言って俺に襲いかかってきたんだ。」


「へ?なんですか?シリュウの臭いって?」

寒は初めて聞く言葉だ。

「やっぱり知らないか。シリュウっていうのは獣人さ。雲の上に巣があって人前にはまず姿を見せないらしい。

俺も見たこともないはずなんだが・・・ハイエナは俺からシリュウの臭いがするって言って襲ってきたんだ。」

「え?獣人?雲の上ってことは鳥の獣人ですか?」

「いや、鳥族ではないらしいが、どんな姿かは俺も知らん。それより、寒さんは俺と別れた後、獣人に襲われることはなかったのか?」

「は、はい。あの後から今日まで俺は獣人と遭遇してないです。」


「うーん。じゃあ寒さんは関係ないのかな。 あ、あのケイって商人の行方は知ってるか?」


「いえ、ケイさんともあの晩別れてそれっきりで。またこの町に来るとは言ってましたけど、まさかケイさんも!?」

寒は青い顔になる。

「分からんな。どこの商人か分かるか?」

「いえ。出身地も行き先も聞いてないです。俺の故郷の話ばかりしてたので。」

寒は今さらながらに後悔していた。ケイさんの無事を確認する術がない。


「故郷?同郷だったのか?」


ショウは首をかしげている。

「いえ、たぶん違います。確か知り合いの奥さんが水連町の出身だと。なんか戸籍の心配をしてましたけど、奥さんの戸籍は夫の町でしょうと言ったら、今度は解放軍の話題になりましたね。」

「解放軍の?」


「はい。噂話ですけど、水連町長が解放軍の拠点を作るのを断ったって。」


「ああ。俺も風の噂で聞いたよ。参ったな。手がかりなしか。」

「あ!」

寒は思わず大きな声が出た。

「どうした?」

「し、しまった!ケイさんから預かり物をしてるのに!」

「預かり物?」


「あ、はい。アロマキャンドルと釣銭を。あー棚も全部倒されてて、なんてこった。」


寒は頭を抱えた。

店の棚はすべて倒され、物が床に散乱していた。

ガラスに入ったアロマキャンドルは粉々になったに違いない。


「アロマキャンドル?なんでまた?」


ショウはまた首をかしげている。

「さあ。別れ際にまた会う時まで預かっててくれって、渡されたんです。釣銭ももらわずに店を出てってしまって、すぐに追いかけたんですけど、宿には入らなかったみたいで・・・見失ってしまいました。」


「なんだ、そりゃ?まあ、あいつも訳ありぽかったからな。」


ショウの言葉に寒は頷いた。

身なりのいい商人なのに、たった1人であんな場所にいたなんておかしい。

普通は商人仲間と宿をとってるはずだ。

それに追い剥ぎを返り討ちにするほどの実力がありながら、軍隊あがりには見えなかった。

むしろ会話した感じからかなり育ちがいいようだった。


「寒さんはこれからどうすんだ?あの店は・・・もう無理だろう。」

「はい。なにせ獣人に襲われて人が死んでますからね。大家は建物ごと壊すって。妻も店も家も失いました。

はは・・・やっと見つけた細やかな幸せだったのに・・・短かったなぁ。」

寒はまた涙が出てきた。


「あんたは何も悪くねぇよ。悪いのは獣人だ。」


ショウはそう言って手拭いを渡してくれた。

「う、すみません。」

手拭いで顔を拭いても、寒の目からは涙が溢れて止まらない。

「貴族どもは獣人と停戦して平和になったとかぬかしてるが嘘っぱちさ。町の外でも中でも変わらず人は獣人どもに襲われている。泣き寝入りしたり、死体が喰われて見つかってないだけさ。 獣人との戦いは終わってねぇ。」

そう言うショウの声は低く、怒っているのが分かる。


「俺、悔しいです。俺が妻と一緒に居ても、きっと獣人相手に守れなかったかもしれないけど、妻はたった1人で襲われて・・・どんなに怖かったか。

ううう・・・ごめんな、笹。」


「出稼ぎに行ってたんだろう?自分を責めるな。俺なんてもっと情けないんだ。家族を置いて1人だけ逃げ出して・・・」

ショウはそう言って唇を噛む。

「ショウさんの家族も獣人に?」

「ああ。家族どころか町ごとワニに滅ぼされたよ。」

「え?町ごと?もしや西都せいとですか?」


「いいや。鳶田新町とびたしんまちってとこだ。」


「え!?」

「知ってるか?」

「ええ、まぁ。」

寒は苦笑いしてしまった。


鳶田新町・・・この地方では有名な風俗街がある大きな町だった。

この神別町と西都の間あたりにあったらしい。西都がワニに滅ぼされた翌年に同じくワニに襲われて、跡形も無くなったと聞いている。


「俺は、あの時はワニに怯えて逃げることしかできなかった。家族も友人もみんな見捨てて一人で逃げたんだ。卑怯者だ。何の罪滅ぼしにもならないが、俺は今、獣人を倒して人を守ったり、獣人に拐われた人を助け出すことをしてるんだ。」


「え?それって・・・」

寒は驚いた。

「ああ。俺は解放軍のメンバーさ。 この町には鳥の獣人に襲われた事件の調査に戻ってきた。理由は分からないが、鳥どもはあんたの奧さんだけを狙って襲いにきたようだ。だが、襲撃がこれで終わりとは限らない。これ以上犠牲者を出さないために俺は自分がやれることをしたいんだ。」


「・・・俺にも協力させてください!解放軍に入れてください。」


寒はようやく涙が止まった。

「調査と言っても命の保証はないぞ。今じゃ解放軍と知られただけで獣人どもに殺される。」

「覚悟の上です。 こんな、こんな理不尽許せない。妻は何も、獣人たちに何もしていないのに!

なんで!? 妻の仇をうちたい。こんな犠牲は妻で最後にしたい!」

「・・・。分かったよ。なら寒も今から俺たちの仲間だ。明日、一緒に町を出られるか?近くの隠れ家に移動しよう。」

「はい!行きます!」

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